慶應義塾大学医学部眼科学教室の同期3人でベンチャー企業「OUI Inc.(ウイインク)」を立ち上げた清水映輔先生。海外医療支援での経験をヒントに開発した「スマートアイカメラ」は、どのような場所でも眼科の診察を可能にしました。開発途上国を含めた世界20カ国以上で導入され、SDGsへの貢献も期待されています。複数の医師と眼科クリニックも共同経営する清水先生に、起業やクリニック経営への思い、キャリアに対する考え方を伺いました。
◆SDGsにも貢献するスマートアイカメラとは
―スマートアイカメラとは、どのような医療機器ですか?
スマートフォン(以下、スマホ)のカメラ部分に取り付けると、眼科診察に必要な光を作り出し、眼の画像を撮影できる装置です。病院で診断を行う際に使う、据え置き型の細隙灯(さいげきとう)顕微鏡と同様の性能を持ち、白内障やドライアイ、アレルギー性結膜炎疾患などの診断が可能です。
専門医でなくても、撮影した画像を別の場所にいる眼科医に送ると遠隔診断を行えます。日本では2019年に医療機器として登録され、眼科専門医がいない離島の診療所などで使われています。海外でも開発途上国を含めた20の国と地域に100台以上が導入され、そのうちヨーロッパとケニア、ベトナムでは、医療機器として登録済みです。
―世界の医療状況に対してウイインクはどのような目標を掲げているのですか?
世界人口の増加と高齢化により、失明したり視覚障害になったりする人は年々増加しています。2020年のデータによれば、世界で失明した人は約4300万人。このまま何もしなければ、2050年には約1億2000万人になるとまでいわれています。失明の原因の第1位は白内障です。白内障は年を取ると誰もがかかる病気ですが、早期に発見して適切な治療を行えば視力の回復は可能です。
しかし開発途上国には、眼科医がいなかったり、十分な医療機器がそろっていない病院や診療所も少なくありません。そこで私たちは、スマートアイカメラを普及させ、2025年までに世界の失明人口の50%を削減しようと目標を掲げました。英文の論文も発表してスマートアイカメラの有効性や安全性を示しています。2021年には、SDGsへの優れた取り組みを行う企業や団体に贈られる「ジャパンSDGsアワード」で、外務大臣賞をいただきました。
―スマートアイカメラ開発の経緯を教えてください。
2017年に私たちが白内障手術のボランティアで訪ねたベトナムの片田舎には、細隙灯顕微鏡がありませんでした。医師はペンライトの光を患者の目に当てて診断していたのですが、電池がすぐに切れてしまいます。現地ではスマホは普及していたので、ペンライトの代わりにスマホが使用されていました。でも、スマホの光は診断に適していません。その様子を見て、スマホに何らかの仕掛けをすれば、診断に必要な光が出せるのではないかと思いついたのがきっかけです。
こだわったのは、電池交換が不要で、手軽に持ち歩け、どこでも診察ができるようにすることでした。3Dプリンターを使って試行錯誤を繰り返し、1年半かけて白衣のポケットに納まるコンパクトサイズのプロトタイプを完成させました。
◆起業もクリニックの共同経営も自分らしくあるための挑戦
―眼科を専門にしたのはどのような理由からですか?
強いて言えば、自分らしく生きられる環境がそろっていると思ったからです。中学、高校、大学と、独立自尊が理念の慶應義塾で学びました。性格的にも、自主性を重んじて、いろいろなことに挑戦させてくれる環境に身を置いた方が、自分の力を発揮できると思っていました。
当時、慶應義塾大学医学部の眼科教授だった坪田一男先生にも「サポートするから、何事もチャレンジしなさい」と常々言われていたので、先生の下で学びたいと思い、眼科に進むことを決めました。
―同期3人での起業にはどのような経緯があったのですか?
3人は中学からの同級生です。高校、大学、職場も一緒。しかも出向先の病院まで同じでした。「三人寄れば文殊の知恵」のことわざがあるように、将来について語り合ううちに、3人でなら何か新しいことができるのではないかと2016年に起業しました。その翌年に出掛けたベトナムでの医療支援で、スマートアイカメラ開発のヒントをつかんだというわけです。
―慶應義塾大学医学部が、医療系ベンチャー企業の創出支援に取り組み始めた時期と重なりましたね。
その流れにうまく乗れたのもよかったです。2017年度の医学部ビジネスプランコンテストの社会人部門で優勝し、スマートアイカメラを医療機器として登録。特許も取得しました。大学と共同研究を行い、その成果をいち早く世に出せるのはもちろん、特許などの知的財産の取得や、資金調達などのサポートを受けられるのも、大学発ベンチャーならではのメリットでした。現在は、医学部内にベンチャー協議会が設立されているので、より起業しやすい環境が整っています。
私たちが最も恵まれていたことは、慶應眼科が一人前の眼科医になることにチャレンジできる条件が揃っていたことだと思います。起業する医師は増えてきていますが、眼科専門医としての、しっかりとしたバックグラウンドのもと、起業にチャレンジできたことが非常に重要だったと考えています。
―起業後には、眼科クリニックの共同経営も始められました。
2019年に開院した「横浜けいあい眼科」は、慶應眼科で研鑽を積んできた5名で経営しています。大学病院の医師は、臨床や研究、教育などを行う傍ら、市中病院やクリニックでアルバイトをします。このアルバイトの時間を他のクリニックで使用するのではなく、自分たちのクリニックにあててはどうかと考えたのです。
医師個々の力は小さくても、みんなで力を合わせてクリニックを作れば、専門性を発揮して医療提供ができますし、クリニック経営から学べることはたくさんあります。複数の医師での共同経営は珍しいのですが、これも経営の新しいスタイルだと思って取り組んでいます。
◆何をしたいかより、どう生きたいかを考える
―事業、クリニック経営、研究の3つを軸に幅広く活動されています。先生のモチベーションはどこから来ているのですか?
私たちが臨床や研究を行う目的は、患者さんを失明から救うことにあります。眼科医であれば、誰もが目標にする、患者さんを失明から救うというところに、スマートアイカメラが役立っているのは大きな励みになっています。それにどの先生からも、スマートアイカメラを持った瞬間に「いいですね」と喜んでもらえるのも励みになります。1人が失明することで生じる経済的損失は約400万円といわれていて、世界経済の観点からみても、私たちの取り組みには大きな意義があると感じています。
―今後の展望はどのように描いていますか?
2025年までに世界の失明者数を半分に減らします。スマートアイカメラは、潜在患者を見つけ出して適切な診療につなげるためのものであり、既存の機器のリプレイスメントではありません。患者さん自身が自分の病気に気づけば、行動変容も起こり、受診が増えて失明も減らしていけると思います。
ウイインクも、ビジネスやエンジニア畑のメンバーが加わり、事業を推進する体制ができあがっています。撮影した画像をAI診断できるよう開発や認証手続きを進めています。海外での導入が進むよう、製造コストのさらなる削減も考えています。自由にチャレンジして患者さんを治療しながら社会貢献を行うことがキャリアパスですので、2025年に目標を達成した後も、今の取り組みは続けていると思います。
―最後に後輩となる若手医師にメッセージをお願いします。
キャリアに迷ったら、医師として原点回帰することが重要だと思います。他の医師の生き方と比較して、自分のキャリア選択が正しいのかと悩むこともあります。その度に原点に立ち戻ると、2025年までに世界の失明人口を半分に減らすという目標を再確認できます。これからも悩むことはあっても、自分は何をしたいのか、そこだけはぶれたくないと考えています。
医師は様々な働き方があると思うので、一度医局に入って、他の先生方がどのように生きているのかを見るのも良いと思います。やりたいことを見つけるのも重要ですが、やりたいことを達成するためにどのように生きるかを考えながら、日々、診療をしていくと、今まで見えなかったものが見えてくるように思います。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2022年2月16日