泌尿器科医として初めて、医学教育の専門資格・認定医学教育専門家を取得した木村友和先生。泌尿器科と医学教育を軸に、幅広く経験を積みながらキャリアを築いてきましたが、「さまざまなことに携わってきたからこそ、この先のキャリアに迷い、立ち止まってしまった」と語ります。どのようにしてその状況を突破したのか、注力する医学教育の課題や今後の展望とともに伺いました。
◆意外な医学教育学「学びの効果」
ー現在、どのような取り組みをされているのでしょうか?
筑波大学附属病院の泌尿器科で臨床に携わるとともに、同大学医学教育学准教授として教育にも力を入れて取り組んでいます。
教育には、大学院博士課程を修了した2016年頃から特に力を入れて取り組んでいて、ありがたいことにベストティーチャー賞をいただいたり、指導した学生がポスター発表で優秀賞を受賞したりしてきました。そのような経験から2018年、改めて医学教育学をきちんと学びたいと思い、医学教育学会の認定医学教育専門家の講習を受講し始めました。2021年度には京都大学で開かれていた「現場で働く指導医のための医学教育学プログラム(FCME)」で医学教育学の学びを深めました。2022年1月に認定医学教育専門家を取得しましたが、泌尿器科医で認定を受けたのは、私が最初だそうです。
ーなぜ、改めて医学教育学を学びたいと思ったのですか?
大学院で研究に従事していたからこそ余計に感じたのかもしれませんが、臨床に戻って教育に力を入れ始め、エビデンスをもって医学教育に関われていないことに違和感を抱いたのです。
基礎研究や臨床研究では仮説を立てて研究し、その結果が集まってエビデンスとなり、診療や研究に活かされていきます。しかし教育現場に立つ私は、そういったエビデンスを知らないままに、これまで受けた教育や自分が良いと思ったことをベースに教育に携わっていました。
多くの場合、大学教員だとしても教育学を専門に学んでいるわけではないと思います。そのためこのような状況は、医学の教育現場においてある意味一般的かもしれませんが「本当にこれで良いのだろうか?」という疑問があったのです。そのため、きちんと教育のエビデンスを知りたいと思い、医学教育専門家を目指し、FCMEも受けることにしたのです。
ー医学教育学を学んでみて、教育現場で活かされていることはどのようなことですか?
実は、学生や研修医といった、教育を受ける側に対して目に見える形で活かされていると感じることはあまりありません。それよりも、教育していく上でどのように組織を動かしていくか、どのように医学教育学に基づいた教育を一緒に実践してくれる仲間を増やすか、といったことが重要だと改めて気付かされました。そういったことに気付けたことの方が収穫だったと思います。
また、教育に携わる先生方にアドバイスする時の説得力は、より増した気がします。今までは「〜と思いますよ」としか言えませんでしたが、理論・根拠に基づいた説明やアドバイスができるようになりました。ですから、先生方も理解しやすくなったと思いますし、だからこそ医学教育学に基づいた教育の輪が広がっている印象があります。それで横のつながりもできましたし、より一層、医学教育学を広めていく必要性を感じるようになりました。
「学生や研修医に対してエビデンスに基づいた教育をしたい」と思って医学教育学を学び始めたのですが、結果的には教育の最前線のことよりも、医学教育全体に目が向くようになりましたね。
ー医学教育全体に目が向くようになったからこそ見えてきた課題などはありますか?
臨床や研究と違って教育は、誰が見ても分かるような形で「良い教育」の成果を計りにくいので、注力している人がうまく評価されにくい分野です。そのため、医学教育に力を入れたいと思う人がなかなかいないですし、教育に注力している人に教育の負担が寄ってしまいがちです。そうすると、やりがい搾取のような状態につながってしまいます。
また、教育に携わる人の評価が、新人を何人勧誘できたかで計られてしまうことがあります。「良い教育」ができることと新人を勧誘することは、切り離して考えなければいけませんが、評価しにくい分、新人の人数で計られてしまうことがあるのです。そうして、教育に燃え尽き症候群になってしまう教育者が、決して少なくありません。
こういったことが課題だと感じています。医学教育学が広がっていくことはとても大事なことだと考えているので、教育者がきちんと評価されるようなシステムづくりもできたらと思っています。
◆オールマイティだからこその悩み
ーところで木村先生は、なぜ泌尿器科を専門にされたのですか?
大学卒業前、友人に誘われて泌尿器科の医局説明会に行ったのが最初のきっかけです。もともと手術がしたかったので外科志望で、漠然と、消化器外科か整形外科に進もうと考えていました。ところが泌尿器科の説明を聞いて、面白そうだと思ったのです。
泌尿器科では手術だけでなく、診断から内科的治療、お看取りまでに携わることができます。特にがんの手術に携わりたいと考えていた私にとって、手術だけでなく最初から最期まで携われることは、非常に魅力的でした。2年間の初期研修中に、がんの手術に携わりつつ最初から最期まで一貫して診られるのは泌尿器科くらいだと分かり、泌尿器科に進むことを決めました。
ー泌尿器科医としてのキャリアを築いていく中で、ターニングポイントになったのはいつですか?
筑波大学の腎泌尿器外科に入局して4年後の2011年、新しい教授が着任しました。そこがターニングポイントですね。
教授が変わり、大学から離れる医師がいる一方で、私は教授がどのような人か見極めてから自分のキャリアを考えようと思い、大学に残ることを決めました。そして直接、教授とお話をさせていただき、教育に力を入れたいと思っていることと、そして大学に残っても面白くないと思ったら辞めようと思っていることを伝えたのです。
医師7年目の若手が、かなり生意気なことを言ったと思いますが、そのように直接伝えたことで、ある程度戦略的にキャリアの道筋を立てていただけました。「教育に力を入れたいなら、大学院で学位を取った方が良い」とアドバイスをいただいたことで大学院に進学しましたし、「教育に携わりたい若手がいる」と各方面に伝えてくださっていたようで教育に関わる機会にも恵まれました。
ー戦略的なキャリアプランを立ててもらえた一方で、キャリアについて悩んだことはありましたか?
つい最近、半年近く悩んでいましたね。約15年、泌尿器科の診療から手術、基礎研究、臨床研究、教育と幅広く取り組んできました。さまざまなことに携わってきたからこそ、この先どのようなキャリアを積んでいくべきか迷い、立ち止まってしまったのです。
オールマイティに幅広く取り組んできたので、どの方面においてもある程度のスキルと経験を積んできました。しかし、どの方面にも特化したプロはいて、そのプロを超えられるほどの知見は持っていません。キャリアに幅を出した分、どこを見ても自分よりも「すごい人」がいることに気付き、自分の存在価値が分からなくなってしまったのです。
さまざまな選択肢を考えましたが、結果として、現在のポジションを引き受けることに。文部科学省のプロジェクトの一環で2023年度から新設されることが決まり、お声がけいただいたのです。7年間限定でその先どのようになるか分からないのですが、1つの軸である医学教育の方面でステップアップするためにも良いかもしれないと考えました。
ーオールマイティに取り組めるからこその悩みがあったのですね。
自分の特性やキャラクターは変えることができません。私は子どもの時から、器用貧乏なところがあり、定期的に悩む時期が訪れていましたが、それは何歳になっても変わらないもの。
むしろ開き直って、最近は「どれか1つが突き抜けているわけではないけれど、何でもできることにもう少し自信を持ってもいいのかもしれない」と思えるようになりました。1つのことに突き抜けている「すごい人」は、周囲からも注目されがちです。しかし「中途半端を極める」キャリアも1つの選択肢としてありだと思います。私自身、今後は「中途半端を極める」ことを自分のテーマにしていきたいと思っています。
◆人と関わり、自らの「得意」を活かす
ー今後の展望はどのように思い描いていますか?
1つは、やはり泌尿器科に医学教育を取り入れていくことで、泌尿器科をさらに発展させられたらと思っています。一方で、医学教育学に造詣が深い先生は内科系の先生が多いです。そこに泌尿器科医が入っていくことで、医学教育の方もより活性化できたらと考えています。これまであまり接点がなかった泌尿器科と医学教育双方に携わっている身として、双方の架け橋となり、良い影響をもたらしたいですね。
個人のキャリアの展望としては、オールマイティに幅広く取り組んできた分、ロールモデルとなる方がほとんどいなくなってしまいました。ですから、誰かをロールモデルに目指していくのではなく、悔いのないように自分が取り組みたいことに挑戦していきたいと思っています。
臨床・教育・研究だけでなく、実は文部科学省の技術参与を務め、政策立案などに携わったこともあります。これまでの経験を活かせば、大学間や病院間、診療科間、そしてそれぞれの組織の運営と現場とのつながりを、より滑らかにできるのではないかと考えています。先程の話に戻りますが、一分野で突き抜けるのではなく、オールマイティをさらに活かしていきたいですね。
ー読者に向けてメッセージをお願いします。
私は、キャリア形成には「人」が大きく影響すると思っています。同僚や上司、教授など、自らのキャリアを築いていく過程で多くの人と関わっているはずです。どのような組織でも良いと思いますし、途中で移っても構わない。自分にとって良い影響のある人と仕事をすることが、自らのキャリアを築く上で大切ではないでしょうか。
私が泌尿器科医になり、医学教育にも力を入れるようになったのは、さまざまな人と話をして自分の得意・不得意が分かり、取り組みたいことが明確になり、チャンスをいただけたからです。自分の興味関心や「この人と仕事したい」「この人の下で働いてみたい」という思いを大切にしながら人と関わっていく中で、気付けばある程度満足できるキャリアを歩んでいけると思います。
(取材・文/coFFeedoctors編集部) 掲載日:2023年4月26日