麻酔科医として秋田県の医療に貢献しつつ、医学教育DXに関連したアプリケーション開発にも取り組んでいる鵜沼篤先生。ほかにも日本禁煙学会認定指導医を取得したり、社会人大学院で医学教育の研究を進めたりと、活動が多岐にわたります。その理由と展望について、じっくり伺いました。
◆日々得られる臨床実習での学びを蓄積する
―現在、開発されているアプリケーション(アプリ)について教えてください。
医学生が臨床実習で学んだ知識を、実習のグループ内で共有するに留まらず、より広く発信し、蓄積・共有できるようにするようなアプリです。文部科学省が公募する、大学の授業に焦点を当てて「大学教育のデジタライゼーション」を目指すプロジェクト「Scheem-D」に採択していただき、実現を目指しています。
医学知識は、書籍や論文などで得ることはできますが、臨床現場に出て間もない医学生にとって臨床の知識は、意外と得られる場が限られています。そして実習では学生それぞれ多様な学びを得ている一方で、個々の学びを共有し合う場も少ないのが現状です。一方、医学生が発信した知識は、学習者視点の等身大の情報になりますし、特に初期研修が始まり壁にぶつかった時には役立つと考えています。
また、医学生はさまざまな診療科を回ります。1つの疾患について、複数の診療科でアプローチを学ぶこともあります。そういった各診療科で学んだことも蓄積していけば、疾患へのアプローチ方法をより多角的に理解できるようにもなります。
このような考えから、医学生みんなで学んだことをデータベースとして蓄積していき、国家試験や初期研修以降に活かせるようなナレッジデータベースにしていきたいと考えています。とはいえ、アプリをゼロから作るのはものすごく難しいと痛感していて、現在は、どのようにしたら今お話したような理想を実現できるか、既存ツールを使いながら研究しているような状況です。
実際に運用してみて課題が浮き彫りになってきましたが、ニーズは強く感じています。そのため、これを活用することで得られるアウトカムは何かを見極めていきたいですね。また、急速に浸透しつつあるChatGPTなどの生成系AIとの関わり方も、新たに考える必要がありそうです。
アプリはあくまでも手段。すでに多くのナレッジマネジメントツールがあるので、ゼロからのアプリ開発にこだわらず、医学教育における新しい学習スタイルを見出していこうとしています。
―アプリのアイデアを思いついたきっかけは何だったのでしょうか?
きっかけの1つは、東日本大震災での経験です。発災時、仙台市内にいた私は、短い期間でしたが避難所暮らしを強いられました。その時、炊き出しや交通、津波についての情報などをTwitterで得ることができたんです。お互いを思いやる人の温かみを感じると同時に、離れていても誰かを助けようという思いで、多くの人たちが発信してくれている。そのことにもとても助けられ、不特定な人でも何かを発信することは人の役に立つということを、身に染みて感じました。
もう1つは卒業試験や国家試験前、同級生と勉強会をしたときのことです。私は、これまでに解いた問題の番号と一言メモをWordファイルにストックしていました。探したい問題のキーワードを検索すると、模擬試験や過去問題の番号が瞬時に見つかります。これが勉強の効率化につながり、同級生にも喜ばれました。必要な時に必要な情報を検索して簡単に引き出せることが、デジタルツールの強みだと気付きました。
このような思いがベースにあって、臨床実習で学んだ知識をみんなで共有・蓄積できたらいいのではと、アイデアへつながっていきました。
◆麻酔科医の道に進んだわけ
―ところで、鵜沼先生はなぜ麻酔科へ進まれたのですか?
臨床実習で手術室に入ったときのことです。患者さんの生命を守るために、さまざまなことを黙々とこなす麻酔科医に興味を持ち始めました。1つひとつのアクションはシンプルですが、その行動にたどり着くまでにさまざまな情報を総合的に分析し判断する。それをずっと一人の患者さんのために寄り添い行っている。そこに魅力を感じました。
初期研修時には救急医療にも興味を持ったのですが、サブスペシャリティとして外科研修を受けられている救急医に出会ったことで、自分のやりたいことを見つめ直しました。その医師から「漠然としていてもビジョンを持っていれば自ずとそこに辿り着く。順番は必ずしも大事でなく、むしろ今一番興味があることに最大限打ち込めばいい」とアドバイスをもらい、全身管理の中でもより周術期に関心を抱いていた初心に戻り、麻酔科を専攻することにしました。
―将来的には救急医療の道に進むことを考えているのですか?
救急医療にも関心を持ちつつ、予防医療の重要性に着目しています。秋田県では長年、がんが死因の第一位。また、死因全体の半数以上に生活習慣病が関連しています。いま私が問題視しているのはタバコです。秋田県の喫煙率は非常に高いですし、いまだにコンビニの前に吸い殻入れが置いてあるなど、禁煙を進めにくい環境です。加熱式タバコをタバコではないと誤解されている方も一定数おられます。
せっかく手術で身体を良くして社会復帰を目指される時に禁煙を促すことは、健康増進を考えるきっかけづくりにもつなげられるのではと期待しています。まだ禁煙外来はできていませんが、麻酔科医ならではのテーマで講演させていただくなど、少しずつ取り組みの幅を広げていこうとしています。
◆麻酔科・予防医療・医学教育…軸は「行動変容」
―今後の展望を教えてください。
まずは麻酔科医として臨床の現場に立ち続けて、秋田県の医療に貢献すること。大学入学を契機に秋田に移住しましたが、住み心地がとても良く、卒業後も秋田に残りました。一方、喫煙をはじめとする生活習慣病だけでなく、少子高齢化、過疎化、自殺率の高さなど、秋田県には医療と関連するさまざまな社会的課題があります。このような課題を抱える秋田県で、自分の良さを活かせるスペシャリティは何かを模索し、身につけていきたいと考えています。
そして、冒頭にお話した教育DXなど新しい学習スタイルを取り入れつつ、医学教育にも深く携わりたいです。2023年4月からは現場で働く指導医のための医学教育学プログラム(FCME)で学ばせていただきます。社会人大学院で医学教育の研究も進めています。小児麻酔シミュレーション教育の普及にも携わらせていただいており、先日はオンラインでICTツールを用いて、全国の周術期スタッフの方々と大規模な「学びの共有」を実現することができました。
麻酔科や予防医療、医学教育とやりたいことは多岐に渡りますが、共通するキーワードは「行動変容」だと思っています。周術期を契機に健康増進を促す行動変容。生涯にわたって自己主導的な学習ができるような行動変容。まだ答えが明確に見えているわけではありませんが、このテーマを探求し、各活動をうまく融合できたらと考えています。
―最後に、キャリアに悩む後進に向けてメッセージをお願いします。
私もキャリアは本当に迷ってばかりです。ただ、誰もが長所を持っていますし、自分が苦手なことを得意としている人もいます。ですから人と協力し、良さを最大限活かし合っていくことで、道が拓けて皆が魅力溢れる医師になれるのではないでしょうか。
まずは自分の言葉で発信することと、勇気を持って一歩踏み出して行動してみることです。核となるリーダーがいれば、興味を持った人が集まり関わりが生まれ、そこからさらに新しいアイデアやプロジェクトが芽生えます。
ですからまずは自分の良さが活かせそうなところに飛び込んでみて、考えながら進んでみることが大事なのではないでしょうか。迷って寄り道したように感じても、そのときの一番大切だと思うことを追求していくと、最後には自分の取り組みたいことにつながっていくと思います。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2023年5月23日