医師8年目の永芳友先生は、熊本大学大学院生命科学研究部加齢医学寄附講座の特任助教として、熊本県の膨大な健康データの利活用や、同大学病院バイオバンクによる研究基盤構築、そして自らの研究成果をシーズとしたバイオベンチャーの立ち上げなど、多岐にわたる取り組みを進めています。そんな永芳先生ですが、基礎研究の道に入ったのはひょんなきっかけからでした。どのような経緯で現在のキャリアパスを歩むことになったのか、そしてどのような展望を思い描いているのかお話しいただきました。
◆アカデミアとして、自治体や企業のハブとなる
― 現在はどのような取り組みをされているのですか?
2023年度から熊本大学大学院の加齢医学寄附講座で、高齢化社会に対応するための研究基盤の構築を進めています。
2024年2月、熊本県菊陽町に、台湾の半導体生産企業「TSMC」が工場を稼働させたことで現在、周辺地域が活気づいています。熊本県では、この勢いの半導体ビジネスに次ぐ、第2、第3の産業活性化を目的とし、ライフサイエンスを基軸とした「UXプロジェクト」をスタートさせました。
UXプロジェクトではライフサイエンス産業を加速させるべく、大学等アカデミアのシーズによるベンチャー企業の支援を行ったり、熊本県というフィールドにおける産官学ネットワーク構築を行ったりしています。プロジェクトの中でも大きく期待されているのが「くまもとメディカルネットワーク」の利活用です。このネットワークには、熊本県医師会が中心となり、熊本県民10万人以上の健康データが蓄積されています。このビッグデータを活用し、たとえば健診結果から今後の疾患を予測する技術など、新しいシーズの開発が期待されています。私はこのビッグデータを利活用する基盤構築を行っています。
またその他には熊大病院バイオバンクの利活用事業にも参画しています。熊本大学病院は熊本県内唯一の特定機能病院として、重症患者さんや希少疾患の患者さんの診療を担っています。熊大病院バイオバンクでは、患者様から同意をいただいた上で検体をバイオバンクに蓄積し、将来の研究に利活用する事業を行っています。一方で、大学病院では健康な方の検体が集まりにくい特徴があります。そこで熊本県内の健診センターと協力し、健常な方のサンプルを、熊大病院の患者様と同じプロトコルで収集する準備を行っています。この基盤が構築された暁には、活用しやすく国内でも唯一のバイオバンクシステムになると考えています。
また、私の専門が腎臓内科であることを活かし、全国と比較して透析患者が多い熊本県で、腎臓疾患にフォーカスした研究をこれらの基盤を用いて行いたいと思っています。自主的に研究実例を提示することも、加齢医学寄付講座の大きな役割の1つとなっています。
― 永芳先生はどのような点にやりがいを感じますか?
大学教員というと研究に注力しているイメージがあるかもしれませんが、実際には自治体や企業の方との関わりも深く、さまざまなプロジェクトのハブのような役割を担っています。その中で私たちにしかできないのは、研究の切り口の提案。提案した研究が形になるよう育てていくことに面白さを感じますね。
また、私自身の基礎研究の成果をもとに、企業の方々に協力していただきながらベンチャー立ち上げにも取り組んでいます。現在の熊本県は、立ち上げに対して地域全体でサポートしてもらえるため非常にありがたく、研究を加速させていけることに大きなやりがいも感じています。
—アカデミアにいながらも、地域との関わりも濃いですね。
おそらく今後は、大学教員にもダイバーシティが求められていく時代になると思います。基礎研究者という立場から、1つのテーマを深く掘り下げ解き明かすことも重要ですし、それが医療を大きく前進させることにつながるのは皆さんもご存知の通りです。
ただ一方で、地方大学の熊本大学としての強みや地域からのニーズを踏まえて、アカデミアとしてできることを掘り下げていくことも、とてもやりがいがありますね。地域の皆さんに必要とされ、信頼される大学作りは、今まさに熊本大学が目指しているところだと思います。私もいち大学教員として貢献できるように頑張っていきたいですね。
◆学生時代に基礎研究の道へ。きっかけは……
―永芳先生は、医学生時代から研究に関わられていたそうですね。
私の実家は天草市でクリニックを営んでいます。そのため自然と医学部への進学を意識するようになりました。ただ入学してしまうと、受験のストレスから解放された上に、新しい環境で楽しいことも多くて勉強しなくなってしまい……(笑)。ある時、友人と分子細胞生物学の試験結果を教授に聞きに行き、ギリギリ試験をパスしたことに安堵していたら、教授から「君たち、そんな低いレベルで一喜一憂しているなんて医学生としてどうなのか。心を入れ替えるために、研究でもしてみたらどうかね」とお叱りを受けたんです。
友人が「やりたいです」と即答したため、私も研究室に出入りするようになりました。友人は剣道部が忙しく3日ほどで来なくなってしまいましたが(笑)。教授が実験台まで用意してくれたのに使わないのはもったいないと思い、私はそのまま研究室に通い続けていました。これが基礎研究との出会いです。
半年ほど経ってその教授から、病気の治療に専念するため長く指導するのは難しいと話がありました。半年あまり取り組んだので「研究はもう終わりでいいかな?」と思っていたのですが「別の研究室を紹介するから」とどんどん話が進み、紹介された研究室へ面談に行ったところ、その日のうちに自分専用の実験台とデスクが用意されていて——。気づけばその日から十数年経っていて、自分でも驚いています。
紹介された研究室の教授に今もご指導いただいています。最初は全く研究を続けるつもりはなかったものの、やはりアカデミアの先生方のエネルギーはすごくて、その爆発的なエネルギーに巻き込まれて刺激を受けたことが、結果的に良かったと思っています。ある時、自分で行った実験結果から、世界中で自分しか知らない現象がぽろっと現れた瞬間には「こんな世界があるのか!」と鳥肌が立ち、基礎研究ならではの面白さに魅了され、のめり込んでいきましたね。
―医学部卒業後のキャリアについて教えてください。
卒業後は初期研修と研究を両立したいと思い、初期研修をしながら大学院に進学できる「柴三郎プログラム」という熊本大学のプログラムに参加し、初期研修を始めると同時に大学院に進学しました。そして3年目には腎臓内科に入局。3〜4年目は病棟医として働きながら、夜間か休日に実験する生活を続け、博士課程を無事卒業し、5年目から熊本大学の助教として学生教育にも携わるようになり、今に至ります。
―これまでのキャリアでターニングポイントとなったのは、どのような出来事でしたか?
大学4年生の時に、全国の大学生が自主研究の成果を発表し合い切磋琢磨する「サイエンス・インカレ」(文部科学省主催)に出場し、最優秀者1名に授与される文部科学大臣賞を受賞できたことです。実は前年にも出場したのですが、ファイナリスト止まりで何も受賞できませんでした。その悔しさから1年かけて準備をし直した経緯があります。この経験を通して、研究は面白さもさることながら、競争的な要素があることにも気付かされました。
この受賞に関しては、指導教官が喜んでくれることはもちろん嬉しかったのですが、クリニックを営んでいる両親が非常に喜んでくれたことに正直驚いたんです。将来クリニックを継ぐにあたっては、正直基礎研究は必要ないと思います。「そんな時間があるなら臨床スキルを磨いてほしい」と思うのが普通だと思っていました。しかし、この受賞を自分のことのように喜んでくれた両親を見て、研究は大いに頑張りがいがあると強く感じました。ここから臨床と研究を両立しようと思うようになりましたね。
◆基礎研究のシーズをバイオベンチャーに!
― 今後の展望について教えてください。
まずは、熊本大学大学院の加齢医学寄付講座の教員として、先ほどお話ししたくまもとメディカルネットワークや熊大病院バイオバンクの利活用を推進するとともに、腎疾患の研究成果を出して、熊本県に暮らす方々の健康に寄与していきたいと考えています。
また私たちのグループでは「修飾ヌクレオシド」というユニークな物質が、新型コロナウイルスと関連していることを突き止めました。そして京都の企業とともにプレスリリースを行い、研究成果を商品として世に出すという貴重な経験をさせていただきました。この経験をもとに、基礎研究のシーズを使って新たなバイオベンチャーを立ち上げることも今後数年の展望として思い描いています。
― 最後に、キャリアに悩む若手医師にメッセージをお願いします。
現代社会において、医師のキャリアパスは非常に多様化しています。ただ、どんなキャリアを選ぶにしても、心身ともに健康であることが最も大切だと思います。どのような道を選んでも、疲れ切ってしまう方が多いのも事実だからです。さらに結婚や子どもの誕生、親の病気や介護など、ライフステージも刻一刻と変化していきます。
だからこそ、困った時に相談できる先輩やメンターを学生時代など早い段階から見つけておくことをおすすめします。道に迷ったり暗闇に包まれたりした時、そういった先輩やメンターとコミュニケーションが取れると、違った視点や新しい解決策など光明が指すことが多いです。ぜひ、信頼できるメンターを見つけ、自分らしく楽しく医学・医療の世界で活躍していただきたいと願っています。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2024年10月22日