東貴大先生は、2024年3月に外国人向けオンライン診療を展開する「株式会社メディ・エンジン」、同年10月に「日本健康経営専門医機構」を立ち上げました。根底にあるのは「誰ひとり取り残さない」という信念です。小児外科を専門に学んでいましたが、ある時、道が閉ざされたように感じたと話す東先生。どのようなキャリアを歩み、起業へと至ったのでしょうか? 外国人が安心して医療を受けられる環境づくりや、医師が健康経営を学び専門資格を得られる仕組みの構築など、新たな挑戦を続ける東先生に、その思いと取り組みを伺いました。
◆誰も取り残さない社会にするために
―現在の取り組みを教えてください。
私は2024年3月に「株式会社メディ・エンジン」を創業し、在日・訪日外国人向けオンライン診療プラットフォームを立ち上げました。多言語対応が可能な医師を集め、オンラインクリニックで患者さんが母国語や英語で問診を受けることができる環境を提供。さらに患者さんの症状に応じて適切な医療機関を紹介しています。また、2024年10月には「日本健康経営専門医機構」を設立しました。この機構では、医師が健康経営や経営に関する知識を学び、そのスキルを専門医として認定する仕組みを整えているところです。
―株式会社メディ・エンジンはどのような思いから設立に至ったのですか?
学生時代に参加したタイとミャンマーの国境付近での難民キャンプのボランティア活動は、まるで野戦病院のような状況でした。そこの指導医の先生が政治にも携わっていて「一流の医師は国を治す。目の前の患者さんも大事だけど、国に貢献する活動も大事だ」とお話しされていたんです。そして私も、誰も取り残さない医療を提供するために社会を変える活動をしたいと考えるようになりました。
また在日外国人にフォーカスしたのは、海外で体調を崩したときの経験からです。その時は現地の医療制度が全くわからず、困惑しました。同じように、日本に滞在する外国人は病気になってもどの病院にかかればいいのか、保険は使えるのか、会計で説明が理解できるかなど、多くの不安を抱えています。そこで、外国人が安心して医療にアクセスするための「窓口」を作りたいと考えました。
ー反響はどのように感じていますか?
オンラインクリニックの稼働も徐々に増加していて、多言語対応のオンライン診療に興味を持つ方が多いと感じていますね。また私たちは企業と契約し、その企業の外国人従業員や、お客様として来日された外国人に対してサービスを提供していますが、すでに5社と提携しています。また大企業からも興味を持っていただいており、社会的なニーズや市場性が十分にあることを実感しています。
―なぜ、日本健康経営専門医機構を立ち上げたのですか?
新たな専門医機構を作るというのは大胆な挑戦ですが、それでも立ち上げたいと思った原点には、私自身の経験があります。
これまで産業医として企業に関わる中で、「健康経営をしたいけど、それを提供できる医師がいない」という声を聞くことがありました。またコンサルティングファームで働いていた頃、経営を学びたいと思っていても、医師が経営やビジネスの観点を体系的に学べる場はほとんどありませんでした。そのため医師が健康経営や実践的な経営手法について学べる場を作り、学んだ証を社会的に認められる仕組みを作りたいという思いを強く抱くようになったんです。若手医師の中にも、健康経営を学び、企業に貢献したいという思いを持つ方たちがいます。それなら私が学べる場を提供しようと、この機構を立ち上げました。
専門医の第1期募集は2025年4月からの予定ですが、すでに様々な企業や先生方から問い合わせをいただいています。一方で、「専門医」とすることで、ある程度の反発も起こるでしょう。この取り組みの社会的責任の大きさを自覚しています。そのためコンプライアンスを徹底し、信頼される組織を作り上げていかなければならないと強く感じています。
ーどのような信念を持って、これらの活動に取り組んでいるのでしょうか?
私のキャリアの軸は、医療現場の感覚をもちながら、医療×経営の観点から医療界の問題解決に関与していくこと。現場の視点を失わず、大きな課題にも挑む姿勢を大切にしています。また活動の根底には、「No one left behind(誰ひとり取り残さない)」という信念があります。社会の中で富裕層など特定の人だけが恩恵を受けるのではなく、平等性や均一性を自分の活動で示していきたいと思っています。
◆一度は目の前の道が閉ざされた
―小児外科を専門にしたのは、なぜですか?
大学の授業で産婦人科の母体内治療を知り、このような革新的な手術があるのかと衝撃を受けたことがきっかけです。母体内治療に取り組みたい、そのためにまずは、小児について詳しく学びたいと思い小児外科医を目指すようになりました。また公衆衛生にも興味があり、胎児医療は小児における予防医療につながるのではないかと考えたことも理由の1つです。
そして全国から高い志を持った医師が集まると評判で、救命救急と産科のどちらも多く扱っている沖縄県立中部病院で初期研修を修了。その後、より多くの臨床経験を積むために、症例数が全国的にも多いと言われる順天堂大学医学部附属順天堂医院で小児外科の後期研修を受けることにしました。
―その後、大きくキャリアチェンジされていますね。
後期研修中、病気を抱える多くの子どもたちの治療に携わり、回復する姿をみてきました。一方、私が目指していた母胎内治療は流産のリスクも背負わなければなりません。ほとんどの病気は生まれてからでも治療ができるのに、母胎内で治療する意味はあるのだろうかーー。そのような疑問を抱くようになり、この時は、自分の進む道が閉ざされたように感じました。
これからのキャリアに悩んでいた時、後期研修中に接した子どもたちが「病気が良くなっても、どうせ未来は明るくない」と話していたことを思い出したんです。高校生の女の子は「これまで多くの人に助けられたから、自分も医療従事者になりたい」と夢を持って勉強していましたが、病気の影響で出席日数が足りず退学寸前となり、夜間学校へ転校せざるを得ませんでした。法律や制度は7割ほどの人に対応できるよう作られていて、残りの3割ほどは生きづらさを感じている、その現実を目の当たりにしてきました。
しかし別の視点から見れば、どんな人でもその3割に入ることがあるでしょう。そう気付いた時に、子どもたちのためにも、誰ひとり取り残さず健康的で生き生きとした社会をつくりたいと思うようになったんです。
―起業は、この時から構想していたのでしょうか?
社会を変えるための活動をしたいと常に考えています。起業を考える際に「Why(なぜ起業するのか)」「What(何をするか)」「How(どのようにするか)」という3つの要素がありますが、私の場合「誰ひとり取り残さない社会を作りたい」という「Why」をすでに持っていました。しかし「What」と「How」に関しては、まだはっきりとは思い描けていませんでした。
学生時代に学習塾を起業した経験はありますが、営業利益はある程度までしか上げられず、本当に社会のためになっているのかもあやふやのまま。社会でのビジネス経験がないことも自信のなさにつながっていました。そこで数年間は「How」の力を磨くことに注力することにしました。
そしてまずは産業医として働くことに。その理由は2つあります。1つは、医師が社会に溶け込みやすい環境であること。もう1つは、企業内で健康情報を介して多様な人に平等に分け隔てなくコミュニケーションをとれることに魅力を感じたからです。産業医として経験を積んだ後は、経営について学ぶためにコンサルティングファームで約2年半働きました。
ーどのようなきっかけで起業へと踏み切ったのですか?
ある大手企業の子会社で、オンライン診療に特化したヘルスケア事業を展開する会社の社長として就任しないか、というスカウトを受けたことです。そのとき「自分でもできるのではないか」と直感的に感じました。普段は慎重になることも多いですが、時折「これなら挑戦できそうだ」と思えることがあります。何か挑戦をするときには、その感覚を大事にしています。また大企業でいかにビジネス面が整っていても、医療の知識を必要としていること。経営と医療の知識を併せ持つ人材に社会的ニーズがあることを実感しました。
さらに、医療が届いてない人たちにオンライン診療で医療を届けることに大きな価値があると気づきました。そして、これまでの自分の経験を振り返ったとき、海外で医療にアクセスできずに困っている外国人を助けたいという「What」が明確になり、起業を決意したのです。
◆今の事業を最後までやり遂げる
―今後の展望はどのように考えていますか?
まずは、現在取り組んでいる事業を最後までやり遂げることが最も重要だと考えています。メディ・エンジンに関しては、競合他社も含めて外国人診療におけるプラットフォームを確立することが目標です。また、地域医療にも少しずつ関わり始めています。地域医療は日本にとって今後ますます大きな課題となると認識しているので、この分野でも成果を生み出したいと考えています。
日本健康経営専門医機構では第1回の専門医募集を完遂し、第2回、第3回と継続的に展開していくことを目指しています。最終的には1万人を超える会員数を目標にしており、こうした取り組みが健康経営の認知度向上にもつながると考えています。
―後進へのメッセージをお願いします。
私自身、キャリア形成の過程で何カ月も悩み苦しんだ経験があります。そんなときに支えとなったのは、私をかけがえのない存在として見てくれる友人・家族・諸先輩方との対話でした。対話の中で自分の考えや言葉を整理していくことが、悩みを乗り越えていく方法ではないかと思っています。だからこそ、私はこれからも周りにいる人を大切にする人生を歩んで行きたいと思っています。
もし何か挑戦したいことや悩みを抱えているのなら、ぜひ気軽に相談してください。ビジネスや海外での経験など、私のようなキャリアだからこそ共有できる話があると思っています。一緒に考え、力になれる機会を楽しみにしています。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2025年4月1日