認知症は15年ほど前まで、多くの人にとって身近な病気とは思われてきませんでした。ところが現在、軽度認知障害(MCI)を含めると1000万人以上、つまり全人口の1割近くに当たる人がなり得る疾患と言われています。しかし臨床の現場では、診断が正しく行われていない場合も数多く見られます。
◆臨床現場での実情
認知症の原因は、アミロイドβやタウ・タンパク質が脳に沈着し、脳神経細胞の障害を起こすなど、現在のところ6種類の仮説がありますが、未だに解明はされていません。認知症の中核的な症状は、記銘力と認知機能の障害によって起こります。
記銘力とは、体で覚えた記憶や一般常識など、新しく体験したことを保持し再生できる力のことです。一方認知機能とは、言葉や行動での正邪、正誤の認識や分別、判断など人格を構成するうえで中心となる機能の一つです。そして、これら中核症状の本質的な治療法はありません。
ただ周辺症状と言われる、抑うつや不眠、イライラ感、徘徊、幻聴、幻視などに適応する薬は数多くあります。周辺症状の起こり方は個人差が大きく、認知症の進行具合によってさまざまですが、適切な薬の投与を行うと症状が緩和されます。しかし、周辺症状が正しく診断されず薬の投与が適切でないと、認知機能の悪化やADL低下など重篤な症状を引き起こす場合もあるのです。
また、物忘れが気になりだすと、まず地域のかかりつけ医に相談される方が多いです。しかしそこで、軽度認知障害でありながら「歳のせい」と見過ごされたり、他の疾患と誤診されたりして、適切な治療がなされないことがあります。これまで多くの患者さんを診てきた中で、そのような方々がどのような症状を見過ごされ、どのような誤診をされているのか、いくつか具体例を挙げてみます。
1.「ふらつき」の見過ごし
レビー小体型認知症の初期症状に「ふらつき」があります。これが「高齢者だからふらつきがあるのは当然」と思われて、適切な処置が遅れるケースを私は今までにたくさん見てきました。確かにふらつきは高齢者に多い症状で、フレイル(Freilty syndrome)、パーキンソニズム、サルコペニア、起立性低血圧症、良性発作性頭位変換目眩、小脳失調症状や神経変性疾患でも起こります。ただ「ふらつき」に注意していることで、レビー小体型認知症を発見できることもあります。
2.「幻視・誤認・錯覚」に関する誤診
レビー小体型認知症の中でも特に混合型で多く見られる「幻視・誤認・錯覚」も、他の精神疾患と誤診されることが多いです。主に統合失調症と誤診される場合が多いですが、一過性のストレス反応や、パニック発作、退行期うつ病、遅発性パラフレニーなどに誤診される場合もあります。
また、記銘力が落ちていなくても、注意力が比較的早くから大きく低下することは高齢者にはよくあることなので、「ついうっかり」や「ちょっとした勘違い」として「年とったわ~」と見過ごされてしまう場合も多いです。さらに、その症状が軽度であるほど見分けにくくなります。
3.てんかんと認知症の誤診
1,2の例とは逆に、他の疾患が認知症と誤診されている場合があります。その一例として「てんかん」があります。
てんかんは子どもや高齢者に多いですが、そのことが脳神経専門医以外ではあまり知られていないように思います。昼間によく居眠りをしたり、数秒間呆然としていたり、会話で返答がゆっくり返ってきたりするとき、てんかんを発症している場合が多々あります。相手の話を聞いていなかったり、何度も繰り返し質問したりする際も、てんかんで意識が朦朧としていることは実に多いのです。
これらのことが高齢者に起こるのは、病気というより、当たり前の現象とみなされているのではないでしょうか。高齢になるほど脳機能全般が低下し、日常で緊張する場面も少なくなくなります。そのためてんかんと認知症全般との鑑別は困難です。しかし専門医としては決して見落としてはいけないポイントですので、問診の際に重視しています。
軽度認知障害を発見するのは、優秀な専門医ですら困難なことがあります。しかし、最新の研究ではこの段階やそれより軽い前臨床段階のStage1~3において、認知機能の改善が可能であるとことが判明しています。そのため、さまざまなパターンがある周辺症状の適正な病態鑑別を、なるべく早い段階でできる医師が一人でも多く増えることが重要だと思っています。
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◆認知症のタイプ別特徴
認知症と他の疾患の誤診の例をいくつかあげましたが、認知症自体にもいくつかのタイプがあり、そのタイプ判別においても誤診されることが起きています。まずは、タイプ別に特徴を挙げたいと思います。認知症は、患者数別に以下のように分類することができます。
①アルツハイマー型(患者の約50~60%:諸説あり)*
②レビー小体型(約15%)
③脳血管性(約10%)
④前頭側頭型(約10%)
⑤その他約30種類の認知症(約10%)
一つずつ病態を見てみましょう。
■アルツハイマー型
アルツハイマー型は3段階に分けられます。一番重度のものがアルツハイマー、その前段階の軽度認知機能障害(MCI、有病者・推計約 380万人)、さらにその前の前臨床段階です。軽度認知障害は加齢にともなう物忘れではなく、重度の物忘れ状態ですが、検査をしても異常がありません。しかし、軽度認知機能障害患者の約30%の人が3~5年後にはアルツハイマーになる可能性があり、軽度の段階での薬剤服用はかなり有効性があります。また、薬物以外でも、運動不足や単調な生活環境の改善、脳トレーニングなどで進行を遅らせることも可能といわれています。
前臨床段階は治療が必要ではありません。しかし、先天的要因がある人、過去に脳の外傷や脳腫瘍など脳に関連する病気を発症した人は、50代頃にアルツハイマーが徐々に進行します。アルツハイマーは約20~30年の期間が経ってから発症するため、危険因子のある人に対しては、40代には無症状でも脳検診を受けることを勧めています。
■レビー小体型
レビー小体型は自律神経障害が主体で、パーキンソン病などの神経細胞の変性疾患と同じカテゴリーです。運動機能の低下や手の震え、体が固くなる、起立調節障害になり、日内変動が大きいのが特徴です。また薬剤に過敏となり、無気力になったり幻視が出現したりします。
■脳血管性
脳血管性は動脈硬化や脳卒中などが原因です。手足のしびれや麻痺、嚥下障害が出ない無症状の脳梗塞は、70代の方に多く発症します。これが蓄積されれば数年単位で脳機能が低下し、発症の可能性が高くなります。
■前頭側頭型
前頭側頭型は前頭葉、側頭部に特異的に障害を起こす認知症です。前頭葉は判断、情動制御、計画実行をする重要な部位です。側頭部は言語野があり、聞く・話す機能です。前頭側頭型は、認知機能こそあまり低下しませんが、衝動性高進や失語症になる可能性が高いです。計画的でなく突発的な行動に出るピック病のように自分勝手な性格や、行動面に変化が現れます。
■その他
残りの10%の認知症の中には、「治ることがある認知症」もあります。水頭症や血腫、甲状腺機能低下、仮性認知症の他に6種類ありますが、認知症であるかの鑑別が重要です。
また、認知症に似ている別の病気もあります。代表的なものは躁うつ病やうつ病、高齢者に多いてんかん、意識や思考などかはっきりしない状態が数日間続く、せん妄があります。これらの病気は薬の服用や環境の調整で劇的に改善されます。
* 参考文献
日本精神神経学会 紀要 112号 9巻 791-802
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◆認知症治療における4つのポイント
これまで日常100名を越す認知症の方を診察してきました。その経験から、現在診察する際に気をつけている4つのポイントがあります。
1.処方されている薬を全て知る
高齢者は10種近くもの科から、薬が処方されていることがありますので、それらを全部確認します。場合によっては薬を切り替えたり、やめてもらったりします。高齢者の場合、重症のうつ病や統合失調症、てんかん以外の方は、向精神薬を思い切って中止してもほとんど離脱症状は出ません。
内科や外科、泌尿器科、アレルギー科、皮膚科でなどではよく抗ヒスタミン薬が処方されますが、高齢者へ処方する際には注意が必要です。これらの薬剤は、臨床では不可欠なほど多くの疾患で大活躍するありがたい存在ですが、高齢者の場合、長期間服薬することで認知機能が低下したり、せん妄を引き起こしやすくなったりします。そのため原則的に回避するか、短期間の使用に留めるべきだと感じます。そこで私は、同じ効果を持つ違う薬剤に変更し処方しています。そのように変えるだけで、数日で明らかに認知機能が向上します。
2.処方薬の注意
日本では、ベンゾジアゼピン系の薬剤が100種以上の眠剤や抗不安薬として発売されていて、その使用量は世界でも断トツで多いです。しかしベンゾジアゼピン系の薬剤は、認知機能を下げたり、ふらつきや日中の眠気を起こしたりもします。また高齢者の場合、長期間の服薬による腎機能や肝機能の低下と、多剤による肝酵素阻害作用が重複し、体内の薬剤血中濃度が増加しやすくなるなど、副作用を発症することがあります。また「レビー・ピックコンプレックス」と言われている新たなタイプの疾患を引き起こす場合もあるので、「高齢者でも安全」と認識されている睡眠薬や抗不安薬の場合でも処方には注意が必要です。
3.食生活を知る
次に全般的な生活習慣を全て確認し、小さな問題も含めて細かく見つけていきます。
例えば炭水化物の摂取量がどの程度かということです。日本人の主食であるお米やパスタ、パンは美味しいものです。しかしこれら炭水化物は、睡眠中に脳内でインスリンがアミロイドβやτタンパク、αシヌクレインなどの有害成分を排除するのを妨げており、間接的に認知症を発症または進行させてることが分かってきています。
また、炭水化物を減量することでグルコースが減少し、その分のエネルギー源を補おうとケトン体が生成されます。このケトン体は脳に良好な成分として認知症の改善に注目すべき効用があると言われています。昨今話題のココナッツオイルもケトン体をつくり出すため、認知症予防にも良いと注目が集まっています。グルコース(ブドウ糖)が、脳で非常にエネルギー源として使用されているのは周知の事実ですが、ケトン体は脳にとってより一層良好な栄養成分であるとして、50年前から子どものてんかん治療にも用いられているほどです。
現代社会は何気なしに大量の糖分を摂取してしまう食習慣になっていますが、意識して炭水化物を減量することは、メタボリックシンドロームだけでなく、脳機能にとっても有効です。
4.心身トレーニングの喚起
高齢者でも楽しみながらできる心身のトレーニングが現在、数多く開発されています。インターネット内でも体験できるCogmedやLumocity、本邦で開発されたCogniciseやnintendo脳トレ、認知機能バランサーなどです。患者さんに応じて使い分け、毎日行うことを勧めています。