医師13年目の木村奈津子先生は、臨床医、医療ベンチャー企業での事業参画と並行して、新たに女性医師を支えるための「JOYLABO」というコミュニティづくりを始めました。背景には、ご自身がこれまでに、キャリアやプライベートで悩んだ経験がありました。
◆女性医師が安心して相談できるサード・プレイス
―現在の取り組みを教えていただけますか?
私は3つの柱で活動しています。
1つは臨床医としての軸。新東京病院(千葉県松戸市)に耳鼻咽喉科・頭頸部外科医長として勤務しています。
2つ目は株式会社メドレーでオンライン医療事典「MEDLEY」の作成をしています。多くの頭頸部がん患者さんを見送る中で、自分の手で救える人が少ないことに絶望し、もっと多くの人にアプローチしたいと考え参加しました。
「MEDLEY」は正しい医療情報を提供し、患者側と医療者側双方が「納得できる医療」を実現できる社会を目指しています。はじめは患者さん側に良いサービスだと思っていましたが、今は医療者にも役立てると感じています。正しい医療情報に辿りつける人が増えれば、医療者が間違った医療情報や、不要な受診に対応する時間が減って、本当に時間を割くべき患者さんや、やりたい研究や教育、プライベートなどに使える時間を増やせるのではないかと思っています。
3つ目は「JOYLABO」という女性医師コミュニティづくりの活動です。女性医師同士がキャリアやプライベートの悩みなどを相談できる、職場でも家庭でもない3rd placeを目指しています。職場でも家庭でも頑張りすぎてしまいがちな女性医師が、ホッとできるような居場所を提供したいと思い、2018年から本格的に活動を始めました。
-JOYLABOについてもう少し詳しく教えてください。
昔の私が欲しかった、女性医師同士でキャリアからプライベートまで幅広く、安心安全に相談できる居場所を目指しています。具体的には出逢いと学びの場を提供しています。
現在は定期的に勉強会やミートアップを開催して、女性医師同士が学びながら出逢える機会を提供しています。勉強会は医学知識の勉強会ではなく、キャリア・ライフを充実させるような内容にしています。これまで、キャリア系だと産業医や医系技官、子育てを両立する医師の話を聞く会、ライフ系だと資産形成やメイクの勉強会などをしてきました。
医療界以外に目を向ければ同じようなことを学べる会はありますが、参加者層と仕事や生活環境などが大きく違い、話が合わないと感じることもありました。女性医師同士で、かつ同じことに興味を持った人同士が集まれば、交流が深まりやすいと実感しています。
実際、何回か参加してくださる方がいたり、「アドバイスを実践して子どもと過ごす時間が増えて楽しい」「子育ての先輩の話を聞けてよかった」「医者友達が増えて嬉しい」などの感想をいただき、私も幸せをもらっています。
◆悩みを打ち明ける場がなかった
―なぜJOYLABOを始めようと思ったのですか?
大きなきっかけは私自身の離婚の経験です。離婚で悩んでいた時は仲の良かった同級生が結婚や出産のタイミングだったんですね。なんとなく相談ができなかったし、職場にも相談できる人がいませんでした。孤独感が強く、同じような仕事環境で、同じ経験をした人に相談できる場が欲しいと思ったのです。キャリア選択の時も相談できる相手が少なかったこともあり、女性医師の情報交換の場が必要だと感じました。
もう一つ、離婚を通して世間一般の「幸せのカタチ」が必ずしも自分の幸せではない、ということに気づいたことも大きなきっかけです。自分の離婚の辛さに追い討ちをかけたのは自分自身で貼った「離婚する自分は不幸だ」「もう幸せな人生を歩めない」というレッテルでした。離婚前の私は両親が歩み、そして多くの人が歩んでいる結婚出産が唯一知っている幸せの道だったんです。そして離婚した人で幸せそうな人が身近にあまりいませんでした。なので、その幸せの道から外れる自分はもう幸せになれないと思っていましたし、離婚する不幸な自分は周りからどう見えるんだろう、などとも思っていましたね。当時は他人の目をすごく気にして生きていました。
離婚を不幸と決めつけるのは今思えば偏見ですし、視野が狭すぎて笑えますが、当時は人生詰んだと本気で思っていました。その後、いろんな人との出逢いを通して「幸せのカタチ」は無数であることを学び、本当の幸せとは他人からの評価とは関係なく、自分自身で納得した人生を歩むことだと気づけました。その経験から、女性医師一人ひとりが自分自身の人生に納得して生きるために必要な知識やスキルを身につける学びの場や、いろんな働き方をする女性医師や、悩んだ時に話ができる仲間に出逢える場を作りたいと思うようになりました。
◆女性医師がやりたいこと見つめ直し実現できる社会を
―今後は、どのような展開を考えているのですか?
現在は定期的なオフラインのイベントがメインですが、今後はオンラインも充実させ、オンラインとオフラインで相互につながれるコミュニティプラットフォームを提供していきたいです。そして、まずは女性医師同士が安心安全に匿名で相談できて、お互いの経験や知識をシェアできる場をつくりたいですね。
その他にも、自分自身にあうライフキャリアを見つけられるメディア、学生向けのキャリア相談などを考えています。参加してくれる女性医師が増えたら医療相談サービスなどもやりたいと思っています。
事業の根底にあるのは、女性医師が一人ひとりの「幸せのカタチ」を見つけることができて、納得した人生を歩むお手伝いがしたいという思いです。そうすることで、社会に提供できる医療もよりよくなると思っているからです。
私が知っている女性医師はみんなとても頑張り屋さんで、仕事も家庭も完璧にこなさなければいけないと考えています。昔の私もそうでしたが、完璧にできないことに罪悪感を抱いて、肩身の狭さを勝手に感じていました。しかし離婚を通して、周りは完璧さよりも、笑顔で幸せに暮らすことを望んでいると分かりました。
確かに、感謝されることが多い職業だけに、大変でも一時的な幸せを感じることができますが、どこか無理をしているようなら、少し立ち止まって「自分の幸せ」を考えても良いのではと思います。なぜなら、自分が幸せでないと周りに十分な幸せ、すなわち持続して良い医療を提供していくことは難しいと思うからです。
女性医師同士でなんでも話し合える居場所で、一人ひとりの女性医師が今よりも少しだけ幸せになることで、社会にも良い医療を持続して提供できるようになったら嬉しいです。
(取材・文/北森 悦)