医師10年目の押谷知明先生は、「小児科×海外医療」に携わろうと、小児循環器内科専門研修を終了後、NPO法人ジャパンハートの長期ボランティアに参加しました。帰国後、キャリアパスに悩み――プライマリケア領域へのキャリアチェンジを決意します。どのような想いから、キャリアチェンジを決めたのでしょうか?
◆ジャパンハート長期ボランティアで海外医療を実現
―海外医療に携わろうと思ったきっかけを教えていただけますか?
父が医師なので一番身近な職業が医師だったことと、子どもが好きだったことから将来は小児科医になりたいと考えていました。一方で、東南アジア旅行が好きで海外で働きたいという思いもり、その両方を叶えるフィールドとして海外医療に興味を持つようになりました。
ただ大学入学後はラグビー部に所属し部活三昧。海外医療に関連することを何もできないままに、大学生活を終えようとしていました。「初期研修が始まれば忙しくなり、このまま一生、海外医療に携わる機会がないかもしれない。」そう思って、初期研修が始まる1週間前に、NPO法人ジャパンハートのスタディーツアーに参加したんです。そこで改めて、将来自分もジャパンハートの長期ボランティアで海外医療に携わろうと決意しました。
そして小児循環器内科の専門研修まで終えた医師9年目のタイミングで、ジャパンハートの長期ボランティアに参加しました。
―ジャパンハートでは具体的にどのような活動をしたのですか?
私が長期ボランティアに参加したのが2018年4月〜10月。ちょうど「カンボジア・ジャパンハートこども医療センター」2018年6月開院にあたり、準備が進められている時期でした。現地スタッフ6割、日本人スタッフ4割という構成でしたが、小児を診たことがない現地スタッフも一定数いたので、小児科がどんなことをするのか、どのように子どもを診るのかレクチャーしました。
また、病院のシステム自体もゼロから自分たちで作っていたので、それこそ面会時間は何時から何時にするべきか、警備員はどのように配置するか、どんな水を提供するべきか、水には塩素をどれくらい入れる必要があるのかなど――小さいことから大きいことまで決めなければいけないことが無数にありました。それら1つ1つを話し合い、決定し開院にこぎつけるという活動に加わっていました。
他にも、現地の日本人スタッフに教わりながら成人の診療や保健活動に携わり、医療機器が少ない中でどのように診療していくのかを教わることもできました。海外医療について学べたのはもちろんのこと、病院開院のプロジェクトに携わったことで、医師がどれだけ周りのスタッフに支えられているのかを身を持って経験しました。
◆国内で、海外医療の垣根を低くする活動に従事
―帰国後は主にどのようなフィールドで活動されているのですか?
日本にいる家族が体調不良になり11月に帰国したのですが、そこから約半年間はジャパンハートに小児科医が参加しやすくなるような体制づくりに注力してきました。
海外医療に興味のある医師は一定数いると思いますが、経済面や家庭事情などでなかなか一歩踏み出せず、結局諦めてしまっている方が大勢います。そのような人たちが、少しでも海外医療の現場に関われる機会をつくりたいと思いました。
一方、ジャパンハートに関わる医師が充足しているかというと、決してそうではありません。また現地のことで精一杯で、日本でジャパンハートの活動に関わる医師を増やすための活動をできる医師も多くはありませんでした。
そこで私は母校の大阪市立大学小児科に、医局員として在籍したままジャパンハートのボランティア活動に参加できる制度をつくっていただきました。他にも、小児科学会のブース出展やポスター発表でジャパンハートの活動をPRしたり、同学会国際協力部門とは、小児科研修プログラムの一環で、新設したカンボジア・ジャパンハートにこども医療センターでも研修を受けられる制度構築を掛け合ったりしています。
◆プライマリケアにキャリアチェンジした理由
―今後のキャリアパスはどのように考えているのですか?
実はジャパンハートの長期ボランティアから帰国後、半年程ずっと悩んでいました。
小児循環器内科専門医としてのキャリアは楽しく、自分の技術を極めて、その技術を持ってもう一度カンボジアに行き、心臓病の子どもたちの治療を普及させるプロジェクト立ち上げに貢献したいとも考えていました。
一方で学生時代から、赤ちゃんから高齢者まで地域全体を診て、地域の活性化も担う「町医者」にも憧れを抱いていました。そして途上国に行ったことで、地域コミュニティの力の大きさに触れたり、地域の人たちにとって何が本質的に幸せなのかを考える機会が多かったりしました。そんな中で、日本でも地域のコミュニティ力を取り戻すことや、地域の中でそこに住む人たちの幸せに寄り添い、医師として活動したいという思いも湧いてきました。
悩みに悩んだ末、日本の地域に貢献できるプライマリケア領域へキャリアチェンジすることを決意しました。2019年6月からは、改めて成人内科などの研修を始め、ゆくゆくは父が開業した医院で、小児科も含めたプライマリケアや、小児在宅医療に取り組んでいきたいと思っています。
―プライマリケア領域を選んだ決め手は何だったのですか?
子どもの心臓病を治療したいのか、患者さんと深く関わり合いながら地域も動かしていきたいのか――その両者を天秤にかけた時、わずか に後者のほうが、自分の中でのワクワク感が強かったからです。
小児循環器内科医として研修する中で、医療的ケアが必要な心臓病の子どもに出会うことが一定数あり、それも後押しになったかもしれません。心臓病の子どもやご両親に接するたびに、日本ではまだまだ医療的ケア児を受け入れる体制が十分に整っていないと感じてきて、そのような子どもたちやご家族を支える医療、つまり小児在宅医療の体制を整えていきたいと考えるようになったのです。
アイデアは色々と出てくるのですが、まだ成人内科などの研修を始めたばかりなので、まずは研修をしっかり積み、プライマリケア領域で活躍できる医師になりたいですね。
(インタビュー・文/北森 悦)