鈴木顕先生は今年、日本で過去最大となるゲノム研究のデータ解析を行い、糖尿病のなりやすさを決める遺伝子領域を数多く見つけ、米国の一流科学雑誌Nature Geneticsに報告しました。医学部1年生の時に、DNA配列などの生物学的データを情報科学で解析するバイオインフォマティクスに惹かれたことがきっかけで、研究者を志した鈴木先生。研究の方向性に葛藤を抱えながらも、先生が導きだした将来の展望とは――?お話を伺いました。
◆統計学で代謝疾患を解き明かす
―なぜ、医師の道から研究の道を志したのですか?
そもそも医師を目指したのは、小児科医である父が、私が子どもの頃に患っていた小児喘息をよく診てくれていて、そんな頼もしい父親の姿を見て医師に憧れを抱いたからでした。その後、数学に夢中になり数学者になろうと思った時期もありました。しかし、最終的には数学を使い医学の研究ができたらいいなと思い、医学部に進学しました。
その頃、全てのヒトゲノムの解読に成功した研究が話題になっていて、DNA解析が重要視されるようになっていました。それがきっかけでDNAなどの生物学的データをコンピューター上で解析する「バイオインフォマティクス」という分野に興味を持ち、これは現在の研究につながっています。
―現在の研究内容を詳しく教えてください。
私は現在、遺伝情報と形質情報の結びつきを統計学的に評価する「遺伝統計学」を用いて、糖尿病などの代謝疾患を研究しています。遺伝情報はDNAに保存されて、親から子に受け継がれます。形質情報には身長や体重、病気のかかりやすさなどが含まれます。背の高い人の子供はやはり背が高くなる傾向があるように、糖尿病などの病気のかかりやすさも遺伝に影響を受けています。
博士課程の学位論文では、遺伝統計学の手法を使って、糖尿病のかかりやすさに関わる遺伝子変異を数多く発見し、特に糖尿病治療薬の標的遺伝子であるGLP1受容体が日本人集団における糖尿病のなりやすさにも関わっていることを世界で初めて報告しました。また、欧米人と日本人で糖尿病の遺伝的素因にどのような共通点や相違点があるかを明らかにしました。今年の3月に遺伝学研究で、最も権威あるNature Geneticsという雑誌に掲載していただき、国内外の学会でも高く評価していただきました。私は解析や論文執筆を担当しましたが、多くの先生方のご協力があったからこそ、今回の結果につながりました。共同研究者の先生方には深く感謝しております。
私は糖尿病や肥満といった代謝疾患を専門とする内科医なので、現在はそれらの疾患を数学や統計学の手法を使って明らかにしていきたいと考えています。そのため遺伝統計学の達人、大阪大学遺伝統計学の岡田随象教授の下で学びたいと思い、大阪大学へ移り研究活動をしています。
◆研究者としてのキャリアパスには何度も悩んだ
―医学生1年の頃から研究に主軸を置くことを考えていたそうですが、当時はどのような活動をされていたのですか?
最初は分子生物学の研究室に通っていましたが、あまり実験に興味を持てませんでした。プログラミングや数理解析に興味があったので、他学部のバイオインフォマティクスが学べるサマースクールに通ったり、システム生物学の研究室に通い、がん細胞のシグナル伝達を数理モデルで解析する研究をしたりしていました。
―研究者を志しながらも、総合病院国保旭中央病院で初期研修を受けたのはなぜですか?
医学生後半の頃には、そのまま基礎研究へ進もうと考えていましたが、周囲の研究者からせっかく医学部に入ったのだから研修は受けた方がいいのでは、とアドバイスを頂くことが多かったのです。臨床経験を積むかどうかは、正直悩みましたね。
しかし臨床経験なく研究に進むと、ただでさえ3~4年生で研究を始めている生物学部や理学部出身の人と比べて2年遅れてのスタートになり、かつ医師としてのアドバンテージもほとんどありません。そこで、医師としての強みを得てから研究に進むため、初期研修を受けました。旭中央病院を選んだのは、短期間で1人前になれるよう、忙しいことで有名な病院で研修したいと思ったからです。
その後、大学院は基礎の研究室ではなく、研究の強い臨床の教室である東京大学の糖尿病・代謝内科を選びました。
―他学部出身の学生と比べ研究のスタートが遅れることに悩んだ鈴木先生。他にキャリアパスで悩んだことはありますか?
大学院に進学した後、最初は分子生物学的な実験研究のテーマを頂きました。しかし、医学生の時と同様にあまり興味が持てず、このままではいけないと思ったのです。そこで思い切ってデータ解析研究の道へ路線を変えようと思いました。この決断をするには、かなり勇気が入りました。
自分の周囲には実験を専門にしている人が多く、医学部出身でデータ解析系の研究に進んでいる人はほとんどいませんでした。そのため、データ解析への転向は難しいのではないかと助言を頂くこともありました。しかし、指導教官の山内敏正先生、門脇孝先生に相談したところ、糖尿病のゲノム研究をやってみるかと提案して頂き、それが結果的に博士論文となり、一定の成果も得られたので、移って良かったと私は思っています。
◆臨床経験×統計学を活かした研究を
―研究を通じて今後実現したいことは、どのようなことでしょうか?
今後は、新しいアルゴリズムや解析手法を使い、糖尿病などの代謝疾患の新たな知見が得られるような研究がしたいですね。その一方で、ゲノム研究に役立つ数理統計学的な手法を自分で作りたいとも思っています。
また、私は臨床医も経験しているからこそ、代謝疾患の治療や予防に役立つような研究を続けていきたいです。例えば、病気のなりやすさを予測し、早期予防につながる研究や、一人ひとりのゲノムや体質の個人差に合わせて適切な治療法を選択できるような研究をしたいです。
―研究の道へ進みたくても一歩を踏み出せずにいる後輩たちへメッセージをお願いします。
まだ駆け出しの研究者なので人にアドバイスできる立場にはありませんが、迷った時は、自分が本当は何をしたいのか、自分が昔から好きだったことは何かなど、心の声に耳を傾けることが大事だと思っています。やりたくないことをやり続けるのはつらいですから。後悔しないように自分のやりたいことをよく考えて、人生選択をしてほしいですね。
(インタビュー・北森 悦/文・岩田 真季)※掲載日:2019年12月17日