医師5年目の江角亮先生は現在、救急車のたらい回しを無くすため、積極的な若手の活動を支援することから、救急体制の向上のため尽力しています。湘南鎌倉総合病院や伊勢赤十字病院での研修を通して気づいたのは、「救急に対して病院全体が前向きな体制」と「教育」の重要性でした。三重県の救急体制を立て直し、医療者を目指す全ての若手に伝えたい江角先生の思いとは――?お話を伺いました。
◆市民が安心できない救急体制
―現在の取り組みを教えてください。
私も医学生の時に参加していた、三重県内の救急車のたらい回しの問題を解決するべく活動する団体MUSHで、定期的に学生に対し救急の勉強会をしています。また、Blue seaという団体では、救急車の適正利用をお願いするために救護活動を行っている学生たちに対して、事前学習として救急外来に連れて行き、学んでもらっています。
また、医学部1年生から臨床を経験したいと考える熱意ある学生たちに、市中病院の救急外来で診療に同席させ、臨床現場を体感してもらう活動をしています。学生達からの「大学の授業は基礎医学が中心なので、今学んでいる知識がどのように臨床現場で活かされるのか分かりづらい」との声をきっかけに始めました。医師になってから基礎医学の大切さに気付くより、医学生のうちに臨床に触れ基礎医学を理解することが、医師になった時に役立つと思いました。そんな臨床に触れる機会として最適なのが、救急でした。そして、人手の足りない救急外来では医学生の存在に私たちも助かっています。
さらに、年に4回ほどJAZZBAR IN THE HOSPITALといわれる、軽音楽部の学生と接客を得意とする学生が院内で患者とその家族向けに、JAZZBARを開催しています。その中で学生たちは多職種連携の重要性や、音楽や落ち着く雰囲気、綺麗な飲み物、気の利いた接客といった医学以外の要素でも患者さんを癒すことができると感じているようです。いずれの活動も全て学生主体で進めていることであり、私はそれを手伝っているだけにすぎません。彼らのやる気や行動力にはいつも頭が上がらないです。
―さまざまな活動で若手たちと積極的に関わる江角先生。その原動力はどこからくるのでしょうか?
自分が医学生の時、当時三重大学前にあるバズーカというバーを手伝っていたことがありました。そこで、地域の方たちとお話する機会がたびたびあったのですが、「なぜ救急車が三重大学の前を通り、隣の市にいく必要があるのか」と言われることが多かったのです。そんな地域の方たちの声を聞いて、必要な時にすぐに診てくれない救急体制を未来に残すべきではないと感じました。現在の活動の原動力は、まさにこの経験からです。それから三重県の救急体制を見直すために模索し、医療者を目指す若手への救急教育がなによりも重要だと感じるようになりました。
◆救急に前向きな体制を、教育の力で
―なぜ、若手への救急教育が重要だと感じたのですか?
湘南鎌倉総合病院での初期研修がきっかけですね。救急車のたらい回しを無くし、適切な医療をすぐに受けられる環境を作るにはどうすればよいか考えた結果、日本有数の救急車受け入れ台数の多い湘南鎌倉総合病院を研修先として選びました。ここならば、たらい回しを無くすためのヒントがあるのではないか、と思ったのです。同病院では、ERの判断を他科が決して拒まず次々と入院させていくので、救急車を迅速に受け入れることができる体制ができていました。看護師さんもそれをよく理解して、病床が無ければ入院待ちという形で対応していましたし、救急車を病院が購入して救急隊の出動回数を削減するなど、「病院全体が救急に対して前向き」だったのです。これがきっかけで自分は救急医として、三重県内の病院に救急に前向きな体制をつくりたいと考えました。
また三重県では、救急外来で初期研修医を専攻医が教える屋根瓦式の教育が定着していなかったため、しっかりとした教育体制のある名古屋の有名病院へ優秀な人材が流れていました。このことから、自分たちの県で救急医の育成や安定した救急医療体制を作れるようにするためにも、若手への教育の重要性を改めて感じました。こうして三重県内の病院でも救急に対して前向きな体制をつくるため、教育面から取り組んでいこうと考えたのです。
―その後、伊勢赤十字病院へ行かれたのはなぜですか?
伊勢赤十字病院には外科技術を学びに行きました。それとは別に同病院は救急車の受け入れ台数も多く、救急に対する理念もしっかりされているため教育を学ぶため研修を受ける目的もありました。将来的には伊勢赤十字病院は私の考えるER教育を実践できる場所になると思います。
―救急科、外科、教育について学んでこられた江角先生。これまで苦労したことはありますか?
他科の医師とのコミュニケーションはやはり難しいです。とくに大学病院は専門思考がとても強く、対等の立場で話すことが難しいのが現実です。同じことで悩むジェネラリストの医師たちは多いと思います。そのため、私が他科とコミュニケーションをはかる上で意識していることは、粘り強く接すること。他科の先生に対して知識量で及ばない部分はさらに勉強をして、対等な立場で接することができるよう、努力をしています。
◆若手へ医療の本質を伝える
―今後の展望を教えてください。
今後は、医師だけでなく看護師、薬剤師、放射線技師など医療者を目指す学生たちや他職種の学生たちにとって、救急が馴染み深く親しみやすいものになるようにしたいです。そして彼らが社会に出て立場ができた時、改めてその時の救急について共に考え三重県全体で当たり前のように不安な時はすぐに病院にかかれるような救急体制をつくりたいです。
―キャリアパスに悩む後輩たちへメッセージをお願いします。
研修医たちに「5年後、10年後の目標は?」と聞くと、大抵の場合「それは何科に進みたいか、ということですか?」と言われます。しかし私は、何科に進みたいかではなく、「将来医療者としてどんな仕事をしたいのか」を聞きたいのです。若手の子たちはどの科に進むか、どの学位をとるか、どの学会に入るかなど、キャリアの枠ばかりにとらわれて、本来の医療の持つ意味を忘れかけているように思います。本来の医療とは、常に患者さん本位であるということを忘れないでほしいです。
キャリアパスに迷うことは自分もありますが、本来の自分の目的に立ち返り、もしも患者さんが自分の身近の人だったら、と患者さん本位で考えてみる。すると、医療者として自分が今何をすべきかおのずと見えてくると思います。
(インタビュー・文/岩田真季)※掲載日:2020年1月16日