2009年より医系技官として厚生労働省で活躍し、2020年4月から新潟県の福祉保健部長として活躍されている松本晴樹先生。医系技官として「地域医療構想」に携わってきた経験をお持ちです。現在は新潟県という地方で「地域医療構想」に注力。その中で研修医向けの「海外留学支援」と「イノベーター育成臨床研修コース」を立ち上げました。その背景の想いとは――?
◆チャレンジとシステム構築の連続の日々
―2009年に医系技官として厚生労働省に入省されました。厚労省時代にはどのような業務に携わっていたのですか?
私は最初、母子保健課に配属されたのですが、配属されたその日から新型インフルエンザのパンデミック発生により、いきなり対策本部に行くことになりました。メディアの問い合わせに必死に答えていたら自然と慣れてきて、2週間後には大臣の国会答弁の原稿を作成するのを手伝ったりしていましたね。
2年目は広報室に配属し、1年が経とうとしている時に東日本大震災が発生。有事の広報対応を任され四苦八苦……。その後、2011年の秋に診療報酬改定の部署に異動したのですが、ここは医系技官のエースが集まる場所で、当時の自分の能力では非常に辛かったですね。
大量の通知を書いたり、1日に何十人もの医師と打合せをしたり、とにかくスピーディに物事を決めなければならなかったんです。最初は「場違いなところに来た」と思ったのですが、周囲のサポートで徐々に慣れて。2回目の診療報酬改定の際は、嚥下リハや急性心筋梗塞に点数の加算や、医薬品医療機器等の費用対効果の制度設計を行なったりと、多くの改定に携わりました。思えば最初から新しいことへのチャレンジや、システム構築の連続でしたね。
―2014年から携わられた「地域医療構想」も、まさにシステム構築ですよね。
税と社会保障の一体改革が一気に推進される中、「医療介護総合確保推進法」により「地域医療ビジョン(のちの構想)」が議論されはじめた当初は、現在のように、病床を高度急性期、急性期、回復期、慢性期という4つの医療機能に分ける考え方はまだありませんでした。どちらかというと「病院」の機能に着目して、「大学病院みたいな高度急性期病院」と「地域密着の病院」というように考えていたんです。でも本来、病院の機能はもっと複雑なものです。それで、病棟単位で細かく医療機能を分けて「見える化」する方向に議論が精緻化されました。
もちろん全く初めてのことでしたので、仮説を立てて、専門家と共にDPCやNDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)を何百回も分析したり……。大変でしたが、内閣官房の社会保障参事官室の方、財務省からの出向者もいましたし、現場の医師、医師会など、各分野のステークホルダーやプロフェッショナル、仲間と議論を繰り返して1つの「構想」として作り上げていく経験は、非常にエキサイティングでした。
―2016年からはハーバード公衆衛生大学院に留学して医療政策を専攻されたそうですね。
ハーバードでは「自分が世界を変えられる」とみんなが本気で信じていました。それまで、自分は厚労省で結構チャレンジしてきたと思っていたのですが、そこで学ぶ人達に比べると「普通」。自分も頑張ろうと、気持ちを新たにできましたし、良い出会いとたくさんの学びがありました。
◆新潟で医療再編実践の旗手として
―2020年4月からは新潟県に出向され、福祉保健部長を務められています。現在はどのようなことに注力されているのですか?
まず、現在のエフォートの半分以上は新型コロナウイルス感染症対応ですが、さらに中長期な視点でいうと、テーマはやはり「地域医療構想」に基づく医療再編・強化、医師確保です。医師確保のための対策としては、2022年4月から「海外留学支援」というコースがスタートします。
内容としては、新潟県内の臨床研修病院で初期研修をしながら2年間、休日や時間外にオンライン授業の受講+コースによっては数カ月の現地留学をする形で、ハーバード公衆衛生大学院のMPHをはじめ、さまざまな海外の大学院の学位を取得できるというものです。
今の学生には「臨床だけでなくプラスαの能力を身に着けたい」と思っている人が結構いるんです。MPH(公衆衛生修士)についての問い合わせもよく受けます。ですが実はMPHは、入口みたいな学位で、海外で勝負するならPhD博士号がないと認められないところがあります。そういう意味ではMPHは早めに取得しておいた方が絶対いい。そういったお話をしたところ、県内の4市が「留学費用を出すから面白い学生に来てほしい」と手をあげてくださって、5病院で立ち上げの準備を進めています。
―同時に「イノベーター育成臨床研修コース」というプログラムもスタートされます。
こちらも初期研修を受けながら受講できるコースです。月2回程度、スタンフォードMBA(経営学修士)、慶応MBA、ハーバードMPHなど、多彩なキャリアを持つ講師陣によるオンライン講習の受講と、一流イノベーターの特別講師のレクチャーやディスカッション、課題やグループワークをこなしていくことで、イノベーション、起業に必須なマネジメント・変革力を、座学+実践を通して身に付けていただきます。
また新潟県では現在、生活習慣病予防、救急医療、小児・産婦人科の3領域でICTを活用した課題解決に取り組む「ヘルスケアICT立県」を行っています。これを支える人材育成構想も進めていて、希望するイノベーターコース受講生にはこのプロジェクトにも参画し、より実践的な力を身に付けていただきます。
というのも一般的には、再編や改革など新しいことを始めようとすると、必ず反対する人がいます。必ず壁にぶつかるんです。ですからあらかじめ実践で壁にぶつかり、改革の現場で活かせる思考力、創造力、実践力、人脈力、そして何よりもチャレンジする心を学問として学んでほしいと思っています。
反対する人と向き合って挑戦することに尻込みする人も多いのですが、困難を乗り越えなければ、人も資源も集まってきません。スキルを身に付けて実践して振り返り、また実践する。困難を乗り越えられるプロジェクト推進能力とリーダーシップを身に付けてほしいですね。
―それがひいては医療再編・強化にもつながるということでしょうか?
人材育成と医療再編・強化は両輪だと思います。形だけ再編しても、人を育てて定着させなければ「1+1=2」になるだけです。医療再編・強化は1+1を3や4にしようとするもの。それには教育力が必須です。再編にはトラブルがつきものなので、イノベーターとして改革をリードできる人材を育てたいと思っています。
実は、医療再編・強化と人材育成を同時に行うプロジェクトも始まります。
―どのようなプロジェクトですか?
アウトドアブランド「スノーピーク」などで有名な、ものづくりのまち・燕三条を擁する「県央医療圏」で進めているプロジェクトです。
2023年度、同圏内にある5つの病院の急性期機能を統合して「県央基幹病院」を開院、救急車6000台の受け入れ可能なER救急を立ち上げます。これに先駆けて、再編対象病院である県立燕労災病院では2022年4月、プレER救急を始動予定です。
現在、ER救急の立ち上げや組織づくり、教育システム構築に携わる医師を全国から募集しています。応募していただいた即戦力である医師向けにも「オンライン海外留学支援制度(2021年11月12日に説明会を開催予定)」を創設。MBAやMPHの取得を目指しつつ、新病院立ち上げや地域課題の解決に取り組み、さらには世界にも貢献できる人材に育っていってほしいと考えています。そういった人材こそが医療再編・強化には必要なのです。
◆医療、社会の仕組みそのものを変えたい
―ところで松本先生は、なぜ医師を目指したのですか?
高校2年生の終わりに進路を考えるようになりました。当時、理系に進むことは何となく考えていましたが、ちょうどその頃、神戸連続児童殺傷事件があって、それをきっかけに人の心に興味が湧きました。「精神科に行こう」という本を読んだら「うつやパニック障害は、脳の神経伝達物質がエラーを起こしているだけで、心が弱いからなるわけではない」とあり、衝撃を受けました。
近年の精神医療の発展に驚くとともに「未来ある子どもの精神を支える医療システムをつくるべき。子どものせいにして『最近の若者は……』と言う大人や社会が身勝手なのでは」と精神科医療システムに興味が湧いたのです。高校3年生ではスイッチが入りきらず一浪し、千葉大学に入学ました。
―医系技官を知ったのは大学時代ですか?
外部講師の中に元医系技官の方がいて「結局世の中はシステムで動いているから」と授業でおっしゃっていました。それを聞いて仕組み化の重要性を再認識しました。
そこから医療政策に興味を持ち出した頃、たまたま寄生虫の基礎研究室に、早稲田大の政治経済学部を卒業した助手の先生がいて。「俺のところに来たら医療経済を教えてやるよ」と言ってくださったので、みんなが寄生虫を学んでいる横で、医療政策・医療経済について学んだんです(笑)。
その後、千葉大の先輩に厚労省で医療観察法をされた方が課長でおられ、その方のお話を聞きに行ったり、学園祭の取材で元厚労省のOBの方が、対がん10ヶ年総合戦略の一発目を中曽根康弘元首相と作られた話などを聞いて、ああ面白いなと。
自分の性格的に、遠い未来には興味が持てません。近い未来にしか興味を持てないので、あまり先のことを考えずに、面白いと思う方に進んでいったという感じです。出身の宮城県で初期臨床研修を修了し、もう1年だけ臨床経験を積んでから、厚労省に入省しました。
―最後に今後の展望をお聞かせください。
今後も医療制度の改革に、逃げずにチャレンジしていきたいと思っています。新型コロナウイルス感染症で医療のパラダイムが変わったので、さらに新しいチャレンジをしたいです。
ただまずは、今注力している医師確保や医師育成のプログラムの成功が目標です。パラダイムを変えるような、非常に大きな仕組みだと思うので、成功することで、次の学びにつなげていきたいと考えています。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2021年11月2日