「医療化」がもたらす弊害[2]
記事
「脱病院化社会」という著書でイヴァン・イリイチは、専門家だけに医療のコントロールを任せておけば、人々は医原病(iatrogenesis)という破壊的影響をこうむるといい、その被害は日々拡大しているといいます。そして、その医原病を阻止するには、医師ではなく、素人が可能な限り広い視野と有効な力とをもつべきであると主張しました。
フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、現代の医療化によって「積極的医原性」や「無際限の医療化」という事態が起きると述べています。
「積極的医原性」とは、「医原病」(iatrogenesis)と類似の概念で、「医療行為そのものにそなわる合理的な根拠に起因する有害な影響とその危険性」のことを指します。具体的には、薬剤耐性菌の登場など感染症治療による人間の自己防衛能の低下、生物兵器などへの転用の可能性、また遺伝子組み換えなどによる生命現象全体への医療の介入、などの事態を指しています。
また「無際限の医療化」という言葉によってフーコーは、健康診断などの組織的かつ強制的なスクリーニングによって健康な人も絶えず医療による介入の対象とされること、またセクシュアリティにまつわる一連の事象(同性愛、性同一性障害など)が医学の対象とされてきたことなどに警鐘をならしました。
生まれたときから死ぬ瞬間まで、出生前診断、健診や検診、脳死と臓器移植、再生医療、延命治療など、さまざまな場面で医療技術の介入や管理を受け、医療に関する意思決定を求められる現代の複雑な状況を考えると、イリイチやフーコーの言葉の先見性に驚かされます。
医師である私は「医療化」の概念に対して、ジレンマのような思いを感じていますが、医療化は必ずしも良くないこととは考えていません。
イリイチが主張するように、専門家に任せるばかりではなく、非専門家や素人が専門家に近い知識を学んでいき、主体的に意思決定を行ったり専門家とともに意思決定したりしていく形になれば、社会全体の啓蒙につながると考えることもできます。
みなさんはこの「医療化」という考えに対して、どのように感じるでしょうか。そして、どのようにすればフーコーが警告した「無際限の医療化」による弊害を避けることができるでしょうか。
私はみなさんと共にこうした問題を考えていきたいと思っています。
医師プロフィール
孫 大輔 総合診療医
日本プライマリ・ケア連合学会 家庭医療専門医プライマリケア、家庭医療、ヘルスプロモーションを専門。
「市民・患者と医療者の垣根を超える対話の場作りをしたい、そこから理想の健康・医療のあり方を考えたい!」 という思いから、みんくるカフェの活動を始めた。みんくるカフェHP http://www.mincle-produce.net/