神戸市内の病院やクリニックをフィールドに、家庭医として働く松島和樹先生は、2023年度から始まる総合診療・家庭医療の専門医プログラムを立ち上げられました。同プログラム立ち上げの背景には、いくつもの想いがあるとのこと。これまでのキャリアや同プログラム立ち上げの経緯や背景の想い、そして今後の展望についてじっくり伺いました。
◆地元で暮らしながら研修を受けられるようにしたい
―現在はどのような形で活動されているのですか?
週4日は神戸市にある川崎病院の総合診療科に勤務し、週に半日ずつ神戸市立医療センター中央市民病院の外来と、同じく神戸市にあるおひさまクリニックで訪問診療に関わらせていただいています。あとは2023年3月まで月に1回、神戸市北区の家庭医療クリニックの外来もお手伝いさせていただいていました。
家庭医療の権威の先生も「1つの医療機関だけに所属しているより、さまざまな場所を転々としながらスキルを維持、ブラッシュアップできるのは家庭医・総合診療医らしい働き方」とおっしゃっています。そういった意味で、規模の違う複数の医療機関で働かせてもらえるのは、総合診療医である私にとって、大いにスキルアップになっていると感じています。
このように複数の医療機関で勤務させていただいている背景には、もう1つの理由があります。それは人脈づくりです。というのも2023年度から、川崎病院で総合診療専門医プログラムをスタートさせます。
私が川崎病院に勤務し始めた2021年から準備を進めてきたのですが、同院だけではプログラムの研修内容を網羅できないので、神戸市内の医療機関を巻き込む必要がありました。そうした観点から、複数の医療機関に勤務させていただいていたのです。
―なぜ総合診療専門医プログラムを立ち上げたのですか?
一番大きな理由は、私自身が神戸市で総合診療の研修を受けたいと思ったのに受けられなかったからです。私は兵庫県出身で神戸大学医学部に進学。大学に進学してから神戸市で暮らすようになりましたが、地元にも近く住みやすい神戸で総合診療医としてキャリアを積んでいきたいと思っていました。ところが私が研修医だった約10年前には、この地域で自分が思い描いたような総合診療の研修プログラムがなかったんです。
そのため私は初期研修修了後、福岡県の飯塚・頴田家庭医療プログラムで後期研修を受けました。でもやはり、暮らしたいと考えている街で、自らのキャリアも築いていきたいという思いがずっとあって――。
これからの社会では、総合診療医のニーズはさらに高まっていくと思います。また、神戸近隣に暮らしながら総合診療の研修を受けたいと考える後輩たちが、その希望を叶えるためにも、神戸市内に総合診療の研修プログラムが必要だと考えたのです。
―総合診療専門医プログラムを立ち上げるまでに苦労したことはありましたか?
一番苦労したことは、どの医療機関とどのように連携を取っていくか、ということです。総合診療専門医の研修では6カ月間へき地医療に従事する義務がありますが、神戸市内には、へき地に該当するエリアはありません。そのため市外の医療機関と連携する必要があります。ただこなすだけではなく確かな学びにしてほしいので、これまでの縁を頼りに、日本でも有数の家庭医療の教育機関に依頼・交渉をしました。
あとは当然、1人ではプログラムを運営できませんので、どのようにして指導医を集めるかは非常に悩ましいです。知り合いに声をかけたり、SNSで広く認知してもらえるよう発信したり、地道にコツコツ進めるしかないと思っています。
ただ幸いなことに、川崎病院の上司がとても協力的で応援してくれていたので、それがモチベーションにもなって、ここまでこぎつけたと思っています。
◆「自分の専門しか診られません」とは言いたくない
―ところで松島先生は、なぜ家庭医の道に進もうと思われたのですか?
大学受験の頃、救急患者のたらい回し問題がたびたびニュースで取り上げられており、医師になるからには「自分の専門しか診られません」と言う医師にはなりたくないと思ったのです。もちろん臓器別に専門性を極めていくことも医師としての1つのキャリアですが、私自身はどのような疾患でも診られる、総合的に全身を診られる医師に憧れました。これが家庭医の道に進むことになった、最初のきっかけです。
神戸大学医学部に入学後は、総合診療で有名な洛和会音羽病院(京都市)で実習を受けるなどしていました。そして5年生の時、神戸大学の卒業生で、アメリカで家庭医療のトレーニングを積んだ先輩の講演会で、家庭医療を知ったのです。
その先生のお話を聴くと家庭医は、専門分化された内科で診るような疾患を総合的に診るだけでなく、小児や妊婦まで、本当に幅広く診ることができる医師なのだと知り、家庭医に興味を持ち始めました。
その後、大学6年生の時に、北海道家庭医療学センターの草場先生の講演で「診療の幅が広いだけではなく、心理面や社会面までも含めて全部まとめて診るのが家庭医だ」という話を聴き、自らも家庭医になろうと決めました。
―キャリア形成の過程で、ターニングポイントになったのはいつですか?
1つ1つのキャリア選択がターニングポイントと言えますが、あえて1つ挙げるとすると、飯塚・頴田家庭医療プログラムで後期研修を受けたことが大きかったのではないかと思います。プログラム内での学びはもちろん、同じく家庭医を志す同世代との横のつながりをつくれたのが、私にとっての大きな収穫でした。
同プログラムの先輩に、日本プライマリ・ケア連合学会の「若手医師のための家庭医療学冬期セミナー」の実行委員をされている先輩がいました。その方に誘われて冬期セミナーに参加したことで、全国にいる家庭医志望の若手医師と知り合うことができたのです。このつながりのおかげで、病院単位の活動だけではなく、全国的な活動にも関わりやすくなりましたね。
◆神戸市のプライマリ・ケアの質向上を
―2023年度から川崎病院での総合診療・家庭医療ブログラムがスタートします。プログラムを通して実現したいことを教えてください。
何よりもまず、このプログラムを通して神戸市のプライマリ・ケアの質をより高めていきたいと考えています。これが一番の目標ですね。
私は、神戸市立医療センター中央市民病院で初期研修を受けていました。同院の初期研修医は、年間を通じて救急外来当直があったんです。その現場では、繰り返し救急搬送されてきてしまう患者さんや、もう少しプライマリ・ケアレベルで対応できたのではないかと思うような患者さんが運ばれてくることが、少なくありませんでした。
もちろんプライマリ・ケアの現場にも、さまざまな事情があると思いますが、同時にそこでできることも、まだあるはずです。ですから、まずは総合診療の教育拠点病院を市内に1つ作り、教育現場から質の高い総合診療を波及させていくことで、市内のプライマリ・ケアの底上げができればと考えています。そうすることで将来、自分が年老いた時にプライマリ・ケアの勉強をしっかりした医師に診てもらえたら嬉しいですよね。
あとは、都市部に暮らしながら総合診療・家庭医療を実践していきたいと思う医師が、その希望通りにキャリアを選択できる世の中にしていきたいと思います。「家庭医になると、へき地に行かなければいけないんでしょ」というイメージは、まだあると思います。
もちろん医療資源が少ない地域において、総合的に診られる総合診療医や家庭医の存在はとても貴重です。しかし、都市部であってもそのスキルは求められています。都市部でも総合診療が必要だという認識を広め、都市部で働きたいと思っている総合診療医や家庭医が、気兼ねなく働けるようにしてていけたらと思います。
―最後に読者へのメッセージをお願いします。
1つは、総合診療医・家庭医は患者さんの医学的ニーズだけでなく、思いや希望、人生全体を通したニーズを叶えてあげることができる職業だと伝えたいですね。
例えば末期がんの患者さんに対して総合診療医や家庭医は、ただ痛みを取ってあげるだけが役割ではありません。患者さんが最期に1つでも希望を叶えられるように、ご本人やご家族と一緒に考え、取り組んでみる――。医療の枠組みを超えて患者さんに寄り添えるのが、総合診療の良い点だなと感じています。この点には、学生のころに思っていた以上のやりがいがありますね。
もう1つ伝えたいのは、医師としてキャリアを積んでいく過程で悩むことはあると思いますが、一番頼りになるのは人との縁だということ。
私自身、初期研修時から現在の川崎病院に来るまでに、いくつかの病院に勤務させていただきました。それらの病院で働くことになったのは、全て人とのご縁があったからこそです。先々のことを考えて思い悩むことはあると思いますが、まずは今あるご縁を大切にしていれば、自ずと道は開けていくと思います。
(取材・文/coFFeedoctors編集部) 掲載日:2023年3月29日