「全身の痛みを取ることに携わりたい」と、麻酔科の中でもペインクリニックを専門にしている寺田哲先生。臨床医であると同時に「Mediverse City」という医療系メタバースの運営も行っています。将来的には、臨床医としての取り組みとメタバースを融合させることを構想しているとのこと。現在の取り組みと、今後の展望をじっくり伺いました。

◆メタバース空間でのつながりに期待 

―現在、どのようなことに取り組まれているのですか？ 

現在はペインクリニシャンとして臨床現場に立つ傍ら、株式会社mediverse OCDという会社を運営しています。メタバースOCDでは「Mediverse City」というメタバース（仮想空間）を作り、医師の研鑽のサポートや、患者さんへ正確な医療情報を届けることなどをしています。 

Mediverse City内にはA棟・B棟・C棟と3つの建物があり、基礎棟と臨床棟に分かれています。そして各棟にはそれぞれ8つの部屋があり、解剖学から循環器、精神医学、皮膚科に至るまで各分野の部屋（ワールド）が広がっているんです。 

各ワールドはワールドリーダーと呼ばれるそれぞれの専門の先生方が作っていて、セミナーの開催や情報共有などをしています。現在、200名以上の医師が登録していて、私がついていくのが大変なくらいの速さで広がってきています。企業が協賛として入ることもありますね。 

―なぜmediverse OCDという会社を設立したのですか？ 

もともと2020年に株式会社OCDという名称で設立しました。当初は論文を積極的に世に出したい医師の手助けをできるよう、翻訳やイラスト作成など、論文執筆の周辺業務をサポートする事業を行っていたんです。 

私自身、大学病院を出てクリニックで勤務するようになると、大学病院にいた頃のようには論文発表ができずにいました。その経験から、周辺業務を体系的にサポートするサービスがあったらと思い、会社を設立したのです。ところが生成系AIが急激に広がり、論文執筆の周辺業務は全てAIができてしまう時代に――。そんな時代の流れもあって、目をつけたのがメタバースでした。 

まだ日本ではメタバースを活用しようとする人が多いわけではありませんが、急激に普及している生成系AIと絡んで、今後広まっていくのではないかと見込んでいます。そこで2022年に社名を変更し、Mediverse Cityの運営に舵を切りました。 

Mediverse Cityで取り組みたいのは、医師同士はもちろんのこと、医師と患者や患者同士が地理的な条件を超えて、気軽にいつでもコミュニケーションを取れるようにすること。すでに患者会や障害者のワールドはできています。今後はセカンドオピニオンを求める医師を探したり、実際にセカンドオピニオンを聴いたりできるような空間にできたらと構想しています。 

―Mediverse Cityを広げていくことで、どのようなことを期待しているのですか？ 

一番は海外に暮らす人とつながれることではないでしょうか。海外在住の日本人はもちろん、海外の医療者とも気軽につながることができます。また、日本の医療を海外の人に伝えることもできます。 

もちろんZoomなどのWeb会議ツールでも可能かもしれませんが、それらは一時的。ミーティングルームを終了させれば、そこで終わってしまいます。ですが、メタバース空間はそこにあり続けるので、容易にコンタクトをとることができます。また、文章を介したコミュニケーションよりも人柄が伝わりやすいので、人となりを知ったうえでつながりを持てるのも利点ではないかと考えています。 

◆「全身の痛みを取ることに携わりたい」 

―臨床医としては麻酔科の道に進まれています。どのような理由からだったのですか？ 

私は全身の痛みを取ることに携わりたいと思って麻酔科に進みました。ですから、多くの麻酔科医とは少し出発点が違うかもしれません。 

そもそも初めは「全身の痛みを取れるのは整形外科」と思っていたので、整形外科に進むだろうと考えていました。しかし整形外科は、1つの部位の手術に特化して研鑽を積んでいくので、自分の性格には合わないと思ったんです。 

ペインクリニックという分野があることを知ったのは初期研修中。教えてくださったのは、研修を受けていた獨協医科大学越谷病院（現・同大学埼玉医療センター）麻酔科の奥田泰久教授でした。奥田先生はペインクリニックの第一人者のひとりで、ペインクリニックについて詳しく教えていただき「求めていたのは、まさにこれだ」と思い、麻酔科の門を叩きました。 

◆ペインクリニックの集大成とメタバースの融合 

―今後の展望はどのように思い描いているのですか？ 

2023年10月にペインクリニックを開業します。これがペインクリニシャンとしての1つの集大成だと捉えています。 

ペインクリニックを学ぶ中で感じたことは、麻酔とペインは根本的に全く似て非なるものだということです。もちろん麻酔の知識、特に区域麻酔の知識は必要ですが、学問が全く違うものだと感じました。そして、さらに言えば神経ブロックができるだけでは、ペインクリニックの本来の役割を務められないということ。つまり、理学療法に基づいた身体所見の取り方や整形外科の十分な知識と技術も必要ですし、痛みに対する考え方もきちんと学んでいなければならないということです。 

ところが、大学やその他の機関でそういった知識や技術を十分に学べる場所は多くなく、手術麻酔に時間の大半が取られてしまいます。そこは本当のペインクリニシャンの育成という意味では問題となると思ってます。ですので、ペインクリニックの普及にもメタバースやVRを使用することで貢献できたら良いと思っています。 

10月に開業予定のクリニックは「痛み、しびれを諦めない」をコンセプトに、痛み・しびれに対処するため、揃えられる範囲の全てのものを取り揃えたいと考えています。手技はもちろん医療機器もそうですし、パーソナルトレーニングやヨガ、VRを使った認知行動療法や運動療法も実施する予定です。そして開業地である静岡県三島市を、健康長寿日本一の街にすることを目標にしています。 

あともう1つの目標は、クリニックとメタバースを融合し、現在の医療の受診形態を変えること。まだ構想段階ではありますが、実現できたら患者さんにとって大きなメリットになるのではないかと考えています。第一歩としては、クリニックの図面をMediverse City内に入れて、8月11日にMediverse Cityでの内覧会を行う予定です。 

―最後に、読者へのメッセージをお願いします。 

ひんしゅくを買うかもしれませんが、私はこれまで、嫌だと思ったことはとことん避けてきました。でも、だからこそ今があると思っています。 

例えば修練ひとつをとってみても「自分がやりたい！」と思って続けるのと、苦行のように捉えてイヤイヤ続けるのとでは、明らかに成長度合いが変わってきますよね。しかし、意外と無理して嫌なことを続けている人は多いです。 

もちろん嫌なことにも取り組む時期は必要かもしれませんが、期間を決めずにズルズルと続けると、何者でもないよく分からない人生を送ることになってしまうと思います。ですからキャリア形成において、「嫌です」ときっぱり言えることも必要なことだと思います。 

（インタビュー・文／coFFeedoctors編集部）※掲載日：2023年7月18日