会員数2500名を突破した、手術動画を見ながら手技を学べるセミナー「OSVD(Online Surgical Video Discussion)」。始めたのは、長野県で婦人科を専門としている堀澤信先生でした。どのような課題感から堀澤先生は「OSVD」を始めたのでしょうか?
◆会員数2500名超の手術セミナー「OSVD」を始めたわけ
―現在取り組んでいることについて教えていただけますか?
長野県で産婦人科臨床医として病院に勤務する傍ら、オンラインで手術動画を見ながら手技を学ぶセミナー「OSVD(Online Surgical Video Discussion)」を運営しています。1時間程度に編集した手術動画を見て、動画提供者とファシリテーター、コメンテーターがディスカッションしながら、参加者がチャットに書き込んだ質問にも答えていくスタイルのセミナーです。
もともとは婦人科領域の内視鏡手術ばかりを扱っていましたが、最近は開腹手術も取り上げているほか、コルポスコピー検査(子宮頸がん検診で異常があった場合の精密検査)、胎児エコーなどの産科領域もテーマにしています。また2022年からは、他の診療科でも開催していただいています。
扱うテーマにもよりますが、婦人科領域だと1回の開催で平均150名、多い時には200名以上の方が参加してくれることもありますね。
―ホームページを拝見すると、会員数が2500名を超えていますよね。
コロナ禍前の会員数は150名程度でしたが、オンライン勉強会が普及する前から取り組んでいたことに好感を持っていただいたのか、コロナ禍の2020年に一気に350名ほどまで会員数が増えました。
その後、国立がん研究センター東病院の竹中慎先生から一緒に運営しないかとお声がけいただき、竹中先生が立ち上げられたベンチャー企業の傘下に入ることに。それまでは手術動画の個人情報保護の観点から、既存会員の紹介がなければ会員になれなかったのですが、企業が会員管理を担いセキュリティが向上したことから、紹介制ではなく医籍番号を登録すれば会員になれるように変更しました。そのおかげで、会員数がかなり増えましたね。
現在は、その企業に宣伝まわりも頑張っていただいていることや、学会等で発表の機会をいただけることが増えたことで、ありがたいことに毎月100名ほどのペースで会員数が増えています。2023年6月に2500名を超えました。
―なぜ「OSVD(Online Surgical Video Discussion)」を始めようと思ったのですか?
たまたま私は、上司が積極的に腹腔鏡手術に取り組んでいたので教えていただくことができましたが、約10年前の長野県で婦人科の腹腔鏡手術を行っている産婦人科医は、大学病院などいくつかの基幹病院にしかいませんでした。そのため、県内の多くの患者さんが開腹手術を受けていたんです。しかし、都市部ではもっと腹腔鏡手術が進んでいて「長野県でもできるはずだ」という思いがありました。この思いがきっかけとなり、最終的にはOSVDを始めることにつながっていきました。
当時はこの思いと共に、私自身もさらにスキルアップしたいとも考えていました。そんな時ひょんな出会いから、鏡視下縫合結紮や手術の知識が学べる「TRYセミナー」を教えていただいたのです。5〜6倍の競争率でしたが、申請書類で腹腔鏡を学びたいという強い気持ちをアピールしたところ参加できることに。同セミナーで腹腔鏡を学び、全国に同じ気持ちを持つ仲間ができたことが、腹腔鏡手術へのさらなるモチベーションとなっていきました。
TRYセミナーでは「腹腔鏡に関わるテーマで5分間のプレゼンテーションを行う」という課題がありました。私はそこで「長野県の腹腔鏡手術〜歴史と現状、将来への課題〜」というタイトルで発表し、長野県の現状を変えるために①自分が教育できる立場になれるよう腕を磨くこと、②若手を巻き込んで空気を変えていくことを宣言したんです。
TRYセミナーを修了したのち、1年間は順天堂大学に国内留学させていただき、2015年に腹腔鏡技術認定医を取得。翌年から長野県内で実際に教える側としての活動を始めました。
◆対面セミナーに限界を感じ、オンラインセミナーも始めたが…
―当初からオンラインセミナーとして開催していたのですか?
いえ、実は2016年にまず、STEPS(Shinshu Training and Education Program for minimally invasive Surgeries)という対面セミナーを立ち上げたんです。現在もSTEPSは対面セミナーとして継続していますが、対面で開くとなると場所選びや準備などが大変で、頑張っても年に2〜3回しか開催できず、定員も20名ほどが限界でした。広大な長野県内に点在している、やる気ある産婦人科医にさらにアプローチするためには、対面セミナーだけでは無理だと思ったのです。
そこでSTEPSを始めた次の年の2017年から、当初はSTEPSを補完する長野県の参加者向けの試みとして、YouTubeでのライブ配信方式でOSVDを開始しました。2019年からはZoomを利用しています。
―オンラインセミナーの立ち上げで苦労したことはどのようなことですか?
倫理的な問題を指摘されることがかなり多かったです。2017年当時は、まだほとんどオンラインセミナーが開かれていなかったので「個人情報保護や倫理面はどうなんだ?」と言われましたね。そこで所属先の長野赤十字病院の倫理委員会を通そうと思い、どのような形だったら許可をもらえるか相談し、結果的に患者さんの同意を得ることと、視聴者を正確に管理することを条件に許可をいただきました。
そのため、自分でホームページを作れるサービスを活用してOSVDのホームページを制作し、会員情報を管理できるように。冒頭にもお話したように、既存会員の紹介がある人のみ参加できる仕組みで始めていきました。そういった方面に明るいわけではなかったので、かなり苦労しながら作りましたね。
―これまでの成果はどのように捉えていますか?
長野県の患者さんでも腹腔鏡手術を受けられる環境をつくることが最初の出発点で、それを達成できたかというとまだ道半ばだと思います。しかし変化は随所に感じています。例えば腹腔鏡技術認定医の数でいうと、私が取った2015年にはまだ私を入れても4名しかいませんでした。それが2023年には25名になりました。もちろん全員が私のセミナーを受けたわけではありませんが、腹腔鏡技術認定医を取りたいという空気感をつくることには一役買っているのではないかと思っています。
また長野県の課題は、他の多くの地方都市の課題でもあったのだと思います。新型コロナウイルス感染症による影響でオンラインセミナーが市民権を得て活発になる中、私たちが地域格差を乗り越えるために頑張ってきたOSVDが他の地域の医師たちの目に留まり、多くの方に役立ててもらえていることをとても嬉しく思っています。
◆どの地域・施設にいても、勉強する機会を平等に
―今後の展望は、どのように思い描いていますか?
2016年からSTEPSを始め、2017年にOSVDを開始し、2019年頃までは長野県の産婦人科医を対象として運営してきました。2020年に運営が切り替わったことによって全国の人たちが対象となり、2022年からは産婦人科以外の診療科にも対象を広げています。
このようにフェーズが変わってきてはいますが、当初から私個人の思いとしては変わっていません。医師にとって勉強する機会は平等ではありません。病院や地域によってそれぞれ異なります。そして必ずしも自分が望む環境に身を置けるわけでもありません。私自身、過去に産婦人科医としてもっと研鑽を積んで自分の腕を磨きたいと思っていた時期に、それが叶わなかったことがありました。
そういった環境によって生じる不平等を少しでも解消するために「少し探せば勉強する機会はある」という環境をつくりたいと思っています。そうして施設間格差や地域間格差を減らすお手伝いができればと思います。
―最後に後進へのメッセージをお願いします。
目の前にある仕事を大事に、まずはそれに精一杯取り組むことを大切にしてほしいですね。目の前の仕事に一生懸命向き合っていれば、自然と「こうしたらもっと良くなるのではないか」「これが足りていないのではないか」といった、現状の不足部分が見えてきます。そうすれば、自ずと自分の次のキャリアも見えてきますよね。
反対に、目の前の仕事にしっかり向き合っていないと問題点は見えてこないですし、次に自分がするべきことも分からないままになってしまうと思います。ですからまずは、今できることにしっかり向き合っていくことが、キャリア形成には大切だと思います。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2023年11月21日