「脳神経内科×教育×テック」で適切な医療を届けたい
記事
◆AIを活用した支援ツールを医療機関に実装する
—現在はどのような仕事をしているのですか?
ヘルスケアスタートアップ企業のUbie株式会社で、医療機関向けプロダクトを統括するプロダクトマネージャーを務めています。医療機関向けに生成AIを活用した、紹介状や退院サマリーといった文書作成の支援ツールを提供しています。2022年の入社当初は、症状検索アプリの問診アルゴリズムの監修に関わっていましたが、2024年頃からは自ら医療機関に出向き、文章作成支援ツールの実装を支援するのが主な仕事です。
文章作成支援ツールによってカルテ入力の全自動化や、退院サマリーの作成時間を42%削減するといった成果が出てきています。2025年4月にアメリカ・ニューヨークで開催されたGoolge Health基調講演のThe Check Upに招待され、成功事例を共有する機会も得て、Ubieの取り組みが認められてきたと感じています。
—医療機関が生成AIを活用したサービスを実際に使い始めるまでのハードルが高いと思いますが、実際にはいかがですか?
その通りです。まず、生成AIというテクノロジーを導入して業務を効率化すること自体に前向きになってもらうこと、そして実際に導入を決めてもらうことには、とてもハードルの高さを感じています。
現状では現場での活用が根付くまで、実際に足を運び、丁寧にコンサルテーションしています。加えて、医療従事者の皆様と生成AIの活用を通して一緒にエビデンスを作り、その実績を学会等で発表することで活用を進めています。そのためマンパワーを考慮すると、サポートできる医療機関の数に限りがあります。より多くの医療機関を支援するにはどうすればいいかという点が、大きな課題ですね。
—どのような経緯で、医師7年目からUbieで働くようになったのですか?
大学を卒業後、脳脳神経内科を専門に卒後教育にも積極的に関わっていました。ほかにも、自分なりに腰椎穿刺を学ぶためのVRゴーグルを作ったり、YouTubeでレクチャーコンテンツを作ってみたりするなど、教育とテクノロジーの融合に挑戦していたんです。
しかし、なかなかコンテンツを充実させられなかったり、浸透させられなかったりと、スケールの難しさを感じていました。そんな悩みから、Facebookに「教育を推進するためのアプリを開発できないだろうか」と投稿したら、総合内科を専門にしている知り合いの先生から「今、Ubieで働いているけど話しませんか?」と声をかけてもらったんです。
実際にお会いすると、ちょうどUbieが症状検索アプリの問診アルゴリズムを開発している時期で、医師としてその評価をくれないかと依頼されました。卒後教育とテクノロジーの融合とは直接関係しません。しかし、テクノロジーを活用して「誰かに教える」という点では共通項があると感じ、業務委託として関わり始めたのです。
そして数年経った2022年から、本格的に社員として関わるようになりました。現在は週4日Ubieの業務を行い、週1日、亀田総合病院や沖縄県立中部病院で脳神経内科外来や救急、研修医の教育に携わっています。
◆臨床の比重を減らす? キャリア転換点での決め手
—なぜ教育とテクノロジーの融合に挑戦していたのですか?
琉球大学医学部に入学後、ポリクリやクリクラを通して「屋根瓦式の教育」の素晴らしさを感じていました。1つ下の学年に教えることによって、その人の臨床能力が上がっていく。そんな姿を間近で見て、教育へのモチベーションが高くなっていったのです。初期研修先の沖縄県立中部病院でも屋根瓦式の教育を経験し、より一層教育に積極的に携わりたいと思うようになっていきました。その熱意を汲み取っていただき、脳神経内科の後期研修を受けた亀田総合病院では、卒後研修センター長補佐として、初期研修医の教育に携わっていました。
このように研修医の教育に携わることができて充実していた一方、目の前の研修医だけを教育するのでは、教えられる研修医の数に限度があると感じるようになったんです。教育をより多くの研修医に教育を届るには、テクノロジーの活用が不可欠だとも思っていました。
もともとテクノロジーには強い関心があり、初期研修医時代に自分のキャリアの軸は「脳神経内科×教育×テクノロジー」だと決めていました。それもあり、自らVRゴーグルやYouTubeを活用しながら、試行錯誤していたのです。
—2022年に外部委託から正社員に転換したことで、臨床に関わる時間が減ったと思います。そのキャリアの転換に葛藤はありませんでしたか?
やはりありました。それまで、脳神経内科の専門性を極めることが自分のキャリアで最も比重が高かったのですが、それが5分の1に削られることには結構不安を感じましたね。専門医は取得できましたが、5分の1になる臨床の時間で、どのように専門性を維持していくのかが一番大きな不安でした。
一方で、臨床の比重を重いままにすれば、脳神経内科の臨床と教育は続けられますが、どうしてもキャリアの軸の1つであるテクノロジーが抜け落ちてしまいます。自分のキャリアの中で、テクノロジーの比重を上げたいと考えていたのも事実です。
Ubieは月間1200万アクティブユーザーがおり、医療機関との接点も多く持っています。このような企業で働くことで、私が取り組んできたテクノロジーを活用した教育を、より多くの人に広められるかもしれないという期待感もありました。失うものと得られるものを天秤にかけた時、やはり得られるものの方が大きいと考え、働き方を変えました。
医師プロフィール
原瀬 翔平 脳神経内科
株式会社Ubie プロダクトマネージャー
2008年、University of Washington理学部分子細胞生物学専攻を卒業。同年11月よりApple日本法人で勤務。2010年3月に退職後、2011年琉球大学医学部に入学。2016年に卒業し、沖縄県立中部病院で初期研修を開始。2018年4月より亀田総合病院脳脳神経内科にて後期研修。同年より卒後研修センター長補佐を兼任。2021年には国立循環器病研究センター脳血管内科で超急性期脳卒中診療を経験。2022年5月より株式会社Ubieに入社し、亀田総合病院および沖縄県立中部病院で非常勤医師として臨床業務を継続しながら、AIを活用した医療機関向けプロダクト開発に従事。