社会と健康の関連を扱う学問、社会疫学とは[2]
記事
救急部で、自殺された患者さんを診るうちに抱くようになった思い。総合内科で、重篤になってから緊急入院となる患者さんを診ていて抱くようになった思い。そこにあった共通点は――。
救急部で毎日のように自殺された方を診療しお話を聞くと、失業、借金、離婚、信頼していた人に裏切られた等、社会経済的に困難な状況が、自殺の原因であるように思われました。
一般の方には当たり前に思えるかもしれません。しかし、医師として働き始めたばかりの私の頭にあったのは、違う原因論でした。当時の私の「自殺」に対する認識は、以下のようなものだったのです。
「自殺の原因の多くは、うつ病や統合失調症をはじめとする精神疾患で、うつ病の治療にはさまざまな抗うつ薬があり、特に最近開発された神経伝達物質のセロトニン濃度を増やす薬が、比較的副作用が少なくて効果も良くて……」
正直なところ、大学や国家試験の勉強では、失業、借金、離婚、信頼していた人に裏切られた等、社会・経済的な要因のことはあまり重要視されていないように認識していました(単に私が不勉強だったという可能性も大いにありますが……)。
確かに良い薬も大切でしょう。しかし、どんなに良い薬ができてもそれは自殺に対する根本的な対策ではないように思われます。根本的な対策は、自殺を引き起こす辛い出来事ができるだけ起こらないようにすることではないかと考えました。
その後私は、総合内科に異動し研修を続けましたが、そこでも同じような思いを抱くことになります。
救急車で運ばれてきて緊急入院になる患者さんは、重症化してからギリギリの状態で運ばれてくる人が多い印象がありました。例えば糖尿病は、初期では症状はありませんが、重症化すると目が見えなくなったり、心臓や腎臓の機能が悪くなったりして息苦しくなります。
まじめに毎年健診を受けている方は、このように重篤な状態になって緊急入院することはあまりないかもしれません。しかし健診も受けず、自覚症状が出ていても受診しないでそのまま生活している方は、重症化した後で救急車を呼んで緊急入院、となってしまうかもしれません。
このような方をたくさん診て、それまでのお話を教えていただいているうちに、私はある思いを抱きました。
「本当は早く受診したくても、お金が無かったり、十分な教育を受けていなかったり、家族がいなかったり、仕事が忙しすぎたりすると、重症化してしまうのではないか?」
医師プロフィール
坪谷 透 公衆衛生学
新潟県三条市出身。東北大学医学部卒業後、手稲渓仁会病院にて内科研修。東北大学大学院修了(博士(医学))し、東北大学大学院歯学研究科国際歯科保健学分野 研究助教。現在、Harvard School of Public Healthにて社会疫学の研究を行っている。
http://researchmap.jp/tsubo828/