社会と健康の関連を扱う学問、社会疫学とは[3]
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健診も受けず、自覚症状があっても受診しないで、重症化してから救急車を呼んで緊急入院、というような方をたくさん診て、それまでのお話を教えていただいているうちに、ある思いを抱きました。「本当は早く受診したくても、お金が無かったり、十分な教育を受けていなかったり、家族がいなかったり、仕事が忙しすぎたりすると、重症化してしまうのではないか?」
これもおそらく大学での医学教育や国家試験ではほとんど言及されていないことだと思います。しかし私には、直感的にとても重要なことに思えました。
仕事が忙しい人が平日の昼間しか開いていない外来に行ったり、健診を受けたりすることは困難だと思います。また、受けたいと思ったとしても、自己負担分の医療費を払えるのかと心配してしまう状況では、受診することをためらうのは当然だと思います。
お金が無ければ健康な食事を続けることも難しいのです。野菜や果物は値段が高く、逆に健康に悪いものほど値段が安いものです。また、病気のことを十分に理解することは難しいと感じておられる方は多く、医師としてはちゃんと説明したと思っていても、どのような食生活習慣を送るべきかをしっかりと理解できる患者さんはそれほど多くない印象でした。理解できたとしても、それを実行するかどうかは別問題です。禁煙できない人が日本中にたくさんいらっしゃることがいい例でしょう。まわりに喫煙者ばかりいたら禁煙は難しいと思います。
医学部で使う教科書には、それぞれの病気について、難解な分子レベルでのメカニズムや、薬がどのように作用するかといった説明は(私にとってはとてもすべて覚えきれないほどに)詳細に記述されていましたが、「どのような背景の患者さんがどのようなことを思って行動し」「どのような背景の患者さんがどのようなことで困ることが多いのか」などは記載されていなかったと思います。
教科書では「糖尿病」といえば、それは疾患としての糖尿病でしかなく、その中に社会経済状況が異なる患者さんがいることは想定されていないように思われます。しかし現実の社会で人々の健康を本当によくしたいと思ったら、このような問題に取り組む必要があるのではないかと思うようになりました。
社会と健康の関連はどうしたら解明できて、どうしたら「みんなの健康」が良くなるのだろう。そのようなことも考えつつ、私は母校の大学院(博士課程)に進学して勉強しなおすことに決めました。
医師プロフィール
坪谷 透 公衆衛生学
新潟県三条市出身。東北大学医学部卒業後、手稲渓仁会病院にて内科研修。東北大学大学院修了(博士(医学))し、東北大学大学院歯学研究科国際歯科保健学分野 研究助教。現在、Harvard School of Public Healthにて社会疫学の研究を行っている。