椎間板ヘルニア最新の手術法
早速ですが、椎間板ヘルニアの最新手術、PED(ペド)手術とはどのようなものですか。
PED手術とはレントゲンと内視鏡を使って行う、身体への負担が大変少ない(=超低侵襲)手術です。これまでの椎間板ヘルニアの手術では、全身麻酔で背中側を5㎝以上切開して、椎間板から飛び出た「髄核」と呼ばれる組織を切除するものが一般的でした。この術式は傷口が大きくなるため身体への負担が大きく、入院期間も1週間以上かかるのが通常でした。
最新手術のPED法では、腰の後方または横側から管を入れ、レントゲンを使って位置を確認しながら、内視鏡で大きく拡大された患部を見て手術を行います。内視鏡を通す部分だけを切開するので、傷口はわずか7〜8ミリと大変小さくなります。
○「椎間板ヘルニア内視鏡PED法…出血少なく 入院1泊」
(読売新聞、吉原 潔先生 医療ブログ「腰博士の腰痛でどっと混む」)
http://ameblo.jp/koshihakase/archive1-201407.html
それによってどのようなメリットがあるのでしょうか。
従来の手術法に比べて劇的に傷が小さくなるので出血もほとんどなく、筋肉への影響も少なくなります。多くは局所麻酔で手術できるため、入院期間も短い人であれば1泊2日で済み社会復帰も早く可能になります。急性期で疼痛がひどい方や、すでに麻痺が出ているなど重症度の高い方、高齢の方だと入院期間は少し長くなりますが、私の病院だと8〜9割の方は1泊2日で退院できています。
椎間板ヘルニアの治療法としては、これまでも身体への負担が少ないものが考えられてきました。レーザー治療はその一例となりますが、ヘルニア部分を直接焼くことはできません。椎間板の中心部を焼くだけの間接的な治療になるので効果も一定ではなく、健康保険も適応されませんでした。確実な治療を望む場合は通常の切開をする方法、顕微鏡を使う方法、MED法という内視鏡を使う方法などがありますが、これらの方法はPED法と比べると数倍の手術侵襲があると言っても過言ではありません。
PED法は10年ほど前から最も低侵襲な手術法として広まってきました。専用の手術機器が必要なことや、高度な技術と経験が必要ということもあって、現在、整形外科学会技術認定医はまだ全国で11名しかいません。私はこれまでにPED法を用いた手術を約400件行ってきて、多くの方に満足いただいています。
椎間板ヘルニア、腰痛に対する正しい知識を
そもそも椎間板ヘルニアとはどのようなものなのでしょうか。
椎間板ヘルニアとは、背骨を作っている骨と骨の間にある軟骨(=椎間板)が何らかの理由で老化(=椎間板の水分が抜ける)し、変性してしまい、髄核という組織が飛び出てしまう病気です。髄核が飛び出て神経に触ることで、腰や下肢、お尻の辺りに激しい痛みが出ます。ひどい場合は下半身のしびれや麻痺、排尿・排便障害などにもつながります。
椎間板ヘルニアになりやすいのは20代〜40代の人ですが、早ければ中高校生でもなることがあります。また、男性の方が女性の2〜3倍なりやすいと言われています。原因ははっきり分かっていませんが、腰を酷使する重労働をしている人や、激しいスポーツをする人に多いといわれています。それ以外に、喫煙が椎間板の老化を早めるという報告も出ています。
腰痛との違いは何でしょうか。
「ヘルニア」という言葉は、「ある組織が正常な場所から逸脱して他の場所に移動すること」を意味しています。椎間板の場合は椎間板ヘルニアですが、それ以外にも腸の場合は腸ヘルニア、脳の場合は脳ヘルニアと呼び、体のさまざまな場所で起こり得ます。
椎間板ヘルニアと腰痛は同じものと捉えられがちですが、必ずしもそうではありません。椎間板ヘルニアは病気の名前であるのに対して、腰痛は症状名なのです。すなわち、椎間板ヘルニアから腰痛や坐骨神経痛が起こることはありますが、腰痛の人が全て椎間板ヘルニアとは限りません。椎間板ヘルニアでなくても運動不足やけがなどによって起こる腰痛もあるからです。よく、交通事故で椎間板ヘルニアになったという人がいますがそれは誤りで、先ほどの通り、椎間板ヘルニアは椎間板の老化によって起こる病気です。交通事故で腰痛が起こることはありますが、追突されたことで椎間板が飛び出してヘルニアになることはありません。
また、仕事で長時間同じ姿勢をとっている人や、運動不足の人が椎間板ヘルニアになりやすいというイメージを持つ方も多いのですが、このような人が椎間板ヘルニアになりやすいかというと必ずしもそうとはいえません。ただし、これらの人は腰痛にはなりやすいかもしれません。
椎間板ヘルニアになったら、必ず手術をした方が良いのでしょうか。
椎間板ヘルニアは、基本的に9割の人は手術をしなくても治ります。それは、椎間板ヘルニアは一度膨らんで大きくなっても、そのうちにしぼんでくることが多いからです。そのため大抵は保存療法といって、痛み止めや湿布、リハビリなどで様子を見ます。場合によっては神経ブロック注射といって、局所麻酔やステロイド剤を注射する場合もあります。
では、手術が必要になるのはどのような人かというと、保存療法を十分に(通常は2〜3カ月間)行ったにもかかわらず痛みが強く日常生活に支障が出る場合や、スポーツ選手が試合で十分なパフォーマンスを発揮できない場合などです。その場合の手術の決定は、本人の希望・意思によるところが大きくなります。
椎間板ヘルニアは多くの場合、急いで手術をする必要はなく保存的治療で治ります。そのため、今日腰が痛くなったから、来週MRIを撮って、ヘルニアが見つかればすぐ手術というのは性急過ぎます。それよりも、痛みが強いときは安静にして、薬を飲んだり神経ブロック注射をしたりして、痛みが治まってきたらストレッチ、柔軟体操、筋トレなどで様子を見てから……というくらいのペースで良いと思います。
一方、医師から手術を勧める場合は、麻痺や障害が出ているときです。髄核が飛び出て神経を圧迫しており、急に足が動かなくなった、尿が出ない、便が出ないという場合は緊急で手術しないといけません。
椎間板ヘルニア治療の今後
椎間板ヘルニアの治療は今後どのようになっていくのでしょうか。
現在はPED法が最も低侵襲な手術ではありますが、ナビゲーションシステムとレーザーよりも副作用の少ないプラズマ焼灼が発達すれば、さらに低侵襲な治療が可能になると思われます。また、椎間板にMMPという酵素を注射するとヘルニアが縮小される現象も確認されており、臨床応用に期待がかかっています。しかし、まずは椎間板ヘルニアにならないような生活を送ることや、もしなってしまっても保存療法で治療可能な範囲にとどめるという心がけが何よりも重要です。
椎間板ヘルニア・腰痛にならないためにはどのようにしたらよいでしょうか。
喫煙は椎間板の老化を早めてしまうため、避けた方が良いですね。それから腰痛の予防として重要なのは、体の可動域を広げることです。腰痛になりやすいかどうかは体の柔軟性があるか否かが大きなポイントとなります。体が硬いと、急な衝撃をうまく吸収できないので体に無理な負担がかかり、それが痛みに変わります。そのため、ご自身で「体を動かして治す、予防する」という意識を持つことが重要です。
運悪く椎間板ヘルニアになったからといって、痛みが完全になくなるまでずっと横になって安静にしているというのも考えものです。激しい痛みのある急性期は安静にしている必要がありますが、そのままずっと動かずにいると筋肉は衰えますし、体も柔軟性が一層低下して硬くなってしまいます。それによって治りがさらに遅くなるため、ある程度痛みが収まってきたら無理のない範囲で、軽いストレッチなど体を動かすことをおすすめします。私たち医師は診療したり手術をしたりすることはできますが、まずは医師任せではなく患者さん自身が「自分の体は自分でメンテナンスする」という気持ちを持つことが必要なのです。
もちろん患者さんそれぞれに合った適切な運動指導や体調管理のために、整形外科医自身がもっと知識を付けていかなければならない部分も多くあります。ちまたにあふれている筋トレやダイエットの情報はさまざまなメディアでもてはやされますが、実は玉石混淆で、誤ったものも多く見受けられます。例え医師であっても医学部で教育を受けている分野ではないので、その知識は一般の人と大差がないのが現実です。私は栄養学やトレーニング学を検証して、医師の立場から正しい知識の普及を心がけています。今後も脊椎内視鏡専門医として、ただ単に手術をするだけでなく、人と人とのコミュニケーションを大切にして人間味のある治療を行っていきたいと思います。