自分は何をすべきか

どのような経緯でここまで来られ、メンタルケアに携わるようになったのですか？

最初は大学病院の神経内科で診療をしていました。神経内科には難病の患者さんが多く来られます。診断はできても治療はできない患者さんを診ながら、何か他によい方法はないかと毎日考えていました。そこで興味を持ったのが東洋医学です。診断名がなくても症候で治療できる点に魅力を感じました。

神経内科の診療をしながら東洋医学を勉強し続けていたところ、長野県の諏訪中央病院に東洋医学センターがつくられることになり、私は大学から派遣されてセンターの医局長になりました。諏訪中央病院といえば、赤字の病院経営を立て直し、住民とともに地域医療を進めたことで有名な鎌田實先生がいらっしゃる病院です。私は当時院長を務めていた鎌田先生と一緒に地域医療に取り組み、その中でさまざまなことを学びました。医師としての診療技術だけでなく、地域の人たちの生活習慣を把握し良い方向に導いていくマネジメント能力も必要だと気がついたのも、そのような経験の中でのことです。

その後阪神・淡路大震災が起き、私はボランティア医師として神戸市東灘区の小学校に入りました。現地で活動しているとだんだんとスタッフが集まってきて、医師だけでも20名を超える巨大なブースになりました。そこでマネジメントが必要であることに気がついたわけです。私はボランティアで入ってきた人たちをまとめ、行政と連絡を取り、地域を分割して管理するといったことを行っていきました。地域医療を通して鎌田先生から学んだことやそこでの経験が生きたのだと思います。これが非常にうまくいき、長野に帰った後は、さらにマネジメントを勉強したいという気持ちが湧いてきました。そこで、当時の厚生省の医療病院管理研究所に行き、行政の仕組みを学ぶことにしました。

その後もさらに勉強したいと考え、コンサルティング会社の医師募集で採用されると、その後は会社のヘルスケアグループの仲間と一緒にコンサルティング会社を創業しました。こうして飛ぶ鳥を落とす勢いで活動を続け、がんがん仕事をしていたら大腸がんになってしまったのです。ここまでずっと勢いよく進んできたのだけれども、ふと立ち止まって足元を見ると、家庭も子どもも自分の体もぐしゃぐしゃになっていました。壊れたものを再生させるために私が取った方法は、家族とともに東京を離れ、原点から再生することでした。

移住先に選んだ福島では、会津大学の客員教授として地域の医療イノベーションに従事し、日本大学工学部の客員教授も務めました。そうしているうちにがんになってから5年が過ぎ、気がついてみると、福島に移った目的、つまり自分の体を守り家庭を再生して成長させるということはすべて達成できていました。そうすると、自分の人生でやるべきことは終わったなという気持ちになったのです。これから自分は何をすべきなのかと考え、今までしてきたことやこれまでの診療、自分の生き方を振り返ったとき、思い浮かんだのはメンタルヘルスでした。ビジネスに没頭していた時やがんの手術をした後に、自分自身がメンタル面の問題で悩んだことがあったからです。

もう一つの理由は東日本大震災です。震災時、私は会津の竹田綜合病院で診療をしていました。原発事故が起こった大熊町から移住してきた方の中には、苦しい、眠れないという患者さんがたくさんいました。薬を出すのだけれどもなかなか治らず、むしろ薬が増えていくのです。これはもともと薬で治す病気ではないのではないかと思いはじめ、哲学療法、論理療法、アメリカの認知行動療法など、新たな治療方法を探し、学びました。

勉強していくうちにわかったことですが、軽症のうつ病では、抗うつ薬とプラセボとの間に効果の差がないため、アメリカでは非薬物療法を行っています。日本では容易に抗うつ薬が処方されていますが、このことを知って、私も非薬物療法を始めました。患者さんの話を聴いて共感し、再生の道を送ってもらう。患者さんに寄り添うだけであっても、医師の重要な仕事の一つであることを理解したのです。

薬に頼らない治療

クリニックをつくろうと思ったのはなぜですか？

自分自身がビジネスの世界にいたので、ビジネスの世界にいる人の気持ちはよく分かります。会津には大企業の工場もあったので、診療を行う中で、M&Aで会社が変わって駒のように異動させられたり、業績評価で追い込まれて発病したりする人たちを見てきました。患者さんの話を聴きながら、そういう人たちは他にももっとたくさんいるはずでそれを治す仕組みが何かできないかと考えたときに、うつにさせないメンタルケアと薬に頼らない治療が出てきたのです。

しかし薬を使わない治療をしても病院は儲かりません。売上というのは「単価×人数×回数」です。薬を出していればずっと通院してもらえますが、薬に頼らない医療をすれば、患者さんを増やすところは頑張ったとしても単価は低いし回数も少なくなります。それであれば自分でやるしかないと考えて、ビジネスで出会った仲間とクリニックをつくりました。

コンサルティングを行っていた私たちになぜメンタルケアができるのかと思うかもしれませんが、コンサルティングで使っていた問題解決の手法は、実は心理療法の一つでもあります。メンタルヘルスの疾患が発生しやすいのは主に、外部環境で発生している問題が解決できない場合と重要な対人関係がうまくいかない場合の二つで、このどちらかが解決できれば両方ともがうまくいきます。その治療法として、問題解決療法と対人関係療法があり、この問題解決療法というのがコンサルティングスキルそのものなのです。

薬に頼らない治療としては、ほかにどのようなことを行っているのですか？

うつ病などの薬物療法では、脳に対してSSRI（選択的セロトニン再取り込み阻害薬）などの薬を投与します。でもメンタル疾患を改善する方法は、薬による脳の治療だけではありません。体の治療で良くなる方も多いのです。例えば、眠れないために脳が不安定化してイライラするのであれば、眠ることができればいいわけです。他に心に対する治療として、心理療法や瞑想療法（マインドフルネス）も効果があります。

薬に頼らない治療というのは、脳に対する薬を投与するだけではなく、体や心への治療を厚くすることで薬を減らしていく方法です。脳は睡眠と休養、食事、運動でまわっていて、その脳が心をつくりだしています。ですから脳の働きを安定化させる体をつくること、そのために生活習慣を正すことも大切なのです。

非医療とのコラボで新しい治療法を

さまざまなことを経験されてきて、今はどのような気持ちですか？

これまで西洋医学、東洋医学、地域医療、マネジメントとやってきて、医療からビジネスの世界にも行き、さまざまなことを縦横無尽に経験させてもらいました。けれどもその結果、無理が生じて病気になってしまいました。その原因には家族に対するおごりもあったと思います。

自分ががんになる前はいつも周りと競争していました。成長し続けるためには、どこまで行っても常に自分の未熟な領域を発見しなければなりません。ようやく目標に到達しても、その先に現在の自分を否定するさらに優秀な未来の自分が現れるのです。だけど、自分は自分にしかなれません。以前の私はうまくいかないことを外的環境のせいにしていたために家族との関係が悪くなり、孤独になり、そうなると周りも敵になって感謝を感じることもありませんでした。

病気を治していくプロセスには家族への感謝がありました。感謝の気持ちを感じられるようになるには内観療法が適しています。過去に自分がどれだけのことをしてもらったか。その人にどれだけのことを返したか。何もしてくれなかったと思っていても、本当はたくさんのことしてもらったのにそれに気づいていないだけのことが多いのです。大腸がんになったことも今は、その経験があったから自分の人生を再構築することができたという感謝に変化しています。

今後の目標を教えてください。

医療の発達により、私たちはさまざまな病気を克服してきました。しかし今までの医療では捉えられなかった病態があり、それがこれから取り組むべき分野なのではないかと思っています。それは例えば、仕事をする意味や生きがいを考えていく医療です。

メンタルの病気については、脳に対する薬を使うケースも当然あると思います。しかし、薬で治せない病態については、医学以外の治療法の中にもっと良い方法が埋まっているのではないかと感じています。いま考えているのはフィットネスや整体、カイロプラクティクなどと医療とを組み合わせてみるといったことです。

現在私自身が行っている治療は脳の薬の調節の部分だけですが、クリニックではさまざまな方に支援してもらい、一人の患者さんをチームで治していくことにも取り組んでいます。薬物療法以外についても、EFT（Emotional Freedom Technique）やNLP（神経言語プログラミング）、バッチフラワーなど、他の方々とのコラボで今世の中にあるいろいろな方法を取り入れながら、まだない新しい治療法を手探りでつくっているような感じです。

今後は、今やっているクリニックを使いながらさまざまな治療法と医療とをマッチングさせる場をつくっていきたいと考えています。医療の中に閉じこもるのではなく、医療以外の分野の人たちともコラボレーションしていけたらいいですね。

インタビュー・文 / 木村 恵理