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健康な人の便は特効薬になる?

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記事

数年前より、健康な人の便でおなかの病気を治す治療法の研究が静かに盛り上がってきていま す。腸内の環境を変えてあげることで、腸の炎症や悪さをする菌を住みにくくすると考えられています。今回は、炎症性腸疾患の一つ、潰瘍性大腸炎の患者さん に行われた、注便療法についてお話します。

毎日食事をして、生きるための栄養を吸収し、そしていらなくなった成分は便として出ていきます。生まれてからずっとこの繰り返しです。身体からの「いらなくなったもの」が、おなかの病気を治す事ができるかもしれない、そのような時代となってきました。

人間の身体には何百兆個もの腸内細菌が生息しています。重さは2kg前後とされ、無視できない存在です。腸内細菌にも善玉菌、悪玉菌、そして多勢に 寄っていく日和見菌などに分けられます。腸の炎症や免疫反応、そして腸から脳への信号伝達に腸内細菌は深く関連していることがわかってきています。

近年クロストリジウム・ディフィシル(Crostridium difficile: CD)腸炎における効果が報告されて以来、いくつかの疾患で治療介入研究が報告されてきています。さて今回は、腸の炎症の中でも治療に難渋することも多い 潰瘍性大腸炎(Ulcerative Colitis: UC)に健康な人の腸内細菌を用いて治療効果があるか、中でも厳格なランダム化試験によって調べた研究をご紹介します。

腸内細菌移植によって活動期の潰瘍性大腸炎の改善を観察したランダム化比較試験

Fecal Microbiota Transplantation Induces Remission in Patients With Active Ulcerative Colitis in a Randomized Controlled Trial.

Gastroenterology. 2015;149:102-109

<方法>

・活動期UC患者75名をランダムに「腸内細菌移植群」(37名)と「プラセボ群」(38名)に分けた。

・毎週1回、それぞれ大腸に散布し、6週間施行

・健常便提供者は当初は2名、後4名追加

・治療開始前、治療開始後毎週参加者の便を採取、MiSeqで解析

・治療前、後に大腸内視鏡で粘膜の炎症状態を評価

<結果>

・70名がこのプログラムを完遂

・治療終了後、「腸内細菌移植群」では9名/34名中(24%)「プラセボ群」2名/36名中(5%)が症状改善

・副作用出現者なし

・UC歴が短い人のほうが反応性が治療反応性が良かった。

・特定の便提供者(A~Fさんのうち、Bさん)において、特に治療効果が高かった

今回の研究の目玉は、健常者の便を移植する治療が安全で効果がある可能性が高いとわかったことでした。更に、患者だけでなく、医療者も、腸内細菌か プラセボかわからない「ランダム化比較試験」として、研究の中立性、公平性を保った信頼性の高い研究デザインで行なったことでした。勿論、抗生剤や整腸 剤、治療薬などの既定なども決められています。

◆治療効果があった9名中8名は、1年後まで治療効果継続

薬剤の効果研究などで、内服をやめたらすぐに再発してしまう場合があります。今回の研究に参加した患者さんを1年以上治療、経過観察したところ、殆どの方において症状悪化を認めませんでした。また治療効果があった方は、便提供者の腸内細菌構成に似てきた事がわかりました。

◆「効きやすい」腸内細菌群がいそう

今回、便提供者は当初2名(Aさん、Bさん)でした。しかし1名(Bさん)が抗生剤内服が必要になり、一旦提供者から抜けたため、4名 (C,D,E,Fさん)が新たに追加されました。当初、Bさんの便しか効果がなく、その後、それぞれ1名ずつEさんとFさんの便で改善しました。Bさんが 抗生剤の影響が消えた後に復帰後、5名に治療効果があり、全てBさんの便を移植した患者さんでした。(1名凍結便使用に対し、他の参加者はすべてフレッ シュな便を移植)どうもBさんの便が特に効果があったとのことで、菌叢解析を行なったところ、AさんとBさんでは大きな違いがあることが判明。因みにBさんとFさんは似ていました。

以上より「健常者」といっても、菌叢のバランスは異なっており、「効きそう」な菌叢の研究が今後更に必要であることが分かりました。今後、「効きそ う」な菌の解析がどんどん行われ、安全な形で製剤化していくものと思われます。まだまだ研究途中の治療法なので、「便移植」に対して心のハードルが高い状 況です。この過渡期を超えて、どのような新規治療法が出てくるのか楽しみです。

自分のお腹に住んでいる腸内細菌達が患者を救うかも知れません。

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医師プロフィール

消化器内科 田中 由佳里

2006年新潟大学卒業、新潟大学消化器内科入局。機能性消化管疾患の研究のため、東北大学大学院に進学。世界基準作成委員会(ROME委員会)メンバーである福土審教授に師事。2013年大学院卒業・医学博士取得。現在は東北大学東北メディカル・メガバンク機構地域医療支援部門助教。被災地で地域医療支援を行うと同時に、ストレスと過敏性腸症候群の関連をテーマに研究に従事。この研究を通じて、お腹と上手く付き合えるヒントを紹介する「おなかハッカー」というサイトを運営。また患者の日常生活課題について多職種連携による解決を目指している。
【おなかハッカー】

http://abdominalhacker.jp/

消化器内科
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