社会と健康の関連を扱う学問、社会疫学とは[4]
記事
大学院では、公衆衛生学、疫学を中心に勉強・研究しました。公衆衛生学も疫学も、聞きなれない学問名だと思いますが、簡単に説明しますと「個人ではなく集団を対象として病気の頻度や原因などを明らかにしていく学問分野」です。
医者が研究をするというと、細胞やネズミを使って実験をしているように思われるかもしれませんが、そうではなく、パソコンを使って巨大なデータを解析しています。例えば「1万人の喫煙者と非喫煙者を比較したら、喫煙者では肺がんになりやすいことがわかりました」というようなことを行う学問です。
大学院時代に、公衆衛生の教科書である『Oxford Textbook of Public Health』を手に取りました。非常に分厚い教科書には、健康の決定要因(Determinants of health)という項があり、そこには次のように書いてありました。
「健康は、遺伝的要因や行動要因だけではなく社会的、経済的、文化的、政治的な要因で決定される」
「社会的、経済的、文化的、政治的な要因」が健康に影響するとは、まさに自分が病院で働いていた時に関心を持った内容です。このような要因の例をあげれば、経済的に豊かで、学歴が高く、配偶者がおり、周囲と良好な人間関係を築いており、平等で豊かな医療福祉政策を行っている社会に所属している人ほど、疾病や死亡のリスクが低く、人々の病気の格差が小さい、というようなことが書いてありました。
また「社会疫学」という学問分野があり、社会疫学がそのような「社会と健康」の関連を扱う学問であるということもわかりました。社会疫学に関わっている研究者は既に世界中にいるらしいものの、他の先進国に比べると日本での研究は残念ながらあまり進んでいないこともわかりました。
「社会・経済・文化・政治」は国ごとに大きく異なります。社会が健康に与える影響も国によって異なるでしょう。また、研究結果を適切に解釈したり、その結果から政策を実行したりするためには、当事国の事情を理解する必要があるでしょう。欧米でのみこの研究が進んでも、どのような社会的要因が日本にいる人々の健康に影響を与えているか、病める日本社会をどうすべきかの処方箋は見えてこないのではないかと思います。
欧米の研究結果も参照しつつ、日本のデータを用いて、日本社会と健康について研究し発信していくことが重要ではないかと考え、現在も社会と健康についての研究を続けています。
医師プロフィール
坪谷 透 公衆衛生学
新潟県三条市出身。東北大学医学部卒業後、手稲渓仁会病院にて内科研修。東北大学大学院修了(博士(医学))し、東北大学大学院歯学研究科国際歯科保健学分野 研究助教。現在、Harvard School of Public Healthにて社会疫学の研究を行っている。
http://researchmap.jp/tsubo828/