日本から海外への持続可能な医療の提供
林先生が責任者をされている「病院丸ごと輸出」について教えてください
簡単に言うと「持続可能な形で途上国に医療を輸出する」仕組みです。
これまでもボランティアとしてアジアやアフリカで日本の医師や看護師が診療をするといった事はたくさん行われていましたが、ボランティアではどうしてもできる事に限界があります。
一つは設備の問題です。私の専門である脳外科の分野では、顕微鏡などの複雑な器材も使用するので、現地でやろうと思ってもできない事がたくさんありました。
もう一つはマンパワーの問題です。ボランティアは支援する側の熱意に支えられた活動であり、熱意が続く間は良い医療が提供できるとは思いますが、資金面での問題や、個々人の状況の変化によって途絶えてしまうリスクがあります。
私達の「病院丸ごと輸出」では、まず十分に設備が整った施設を作ります。この際、全てではありませんが日本製の医療機器を中心に輸出していきたいと思っています。
また医療を提供する医師や看護師などのスタッフの一部は、日本から派遣する事を考えています。ただし全員を日本人で運用していては現地に根付く事は難しいでしょうし、何より人件費が上がってしまいます。そこで、派遣された日本人スタッフは医療を実践しながら現地の医師や看護師を育成し、共に現地に根ざした地域医療を提供する予定です。
設備、人、教育システムなどのノウハウ、これら全てをまとめてパッケージ輸出するという意味で、「病院丸ごと輸出」と言っています。
もちろん病院を維持していくためには、持続可能な事業として成り立たなければなりません。カンボジアには日本のような国民皆保険制度はありませんので、診療した人からいただく治療費でもって病院を運営していく事を目指しています。
私達は2008年からこのカンボジアプロジェクトを開始し、紆余曲折ありましたが日本政府の後押しやカンボジア政府の協力、企業の出資などを得て、2015年末頃にカンボジアで開院するところまで到達したという段階です。
※救命救急センターは、北原国際病院・日揮株式会社・株式会社産業革新機構らが協同出資し、2015年末頃にカンボジアの首都プノンペンにて開院予定。総事業費は総額40億円程度。病床数は50床で、日本人医師も現地に派遣する。
カンボジアで開院との事ですが、なぜカンボジアなのですか
カンボジアはアジアの中でも特に医療が不足している国だからです。
内戦や政治の影響で国内医療が崩壊してしまい、医師や看護師も、設備も不足しています。
特に脳外科医などの専門治療ができる病院がほとんどなく、年間で21万人ものカンボジア人がベトナム、タイなど国外の病院に診療を受けに行っています。
しかし、国外の病院に行くとなると、車で5時間以上かかります。救急で治療が必要な場合などは、とても間に合いません。
日本にいてはなかなか想像できない事ですが、国内で満足できる医療がない事は、カンボジアの抱える大きな問題なのです。
アジアには外国の資本を取り入れた「お金持ちのための病院」があるところは多いですが、私たちが目指すのは、現地の人が日常的に使える病院です。そのためにはカンボジアの人たちのニーズを汲み取り、どんなものを提供できるのか、プロジェクトチームで日々調べたり、考えたりしています。
ゼロからイチを作り出す
病院をつくるにあたって苦労される点はありますか
日本では国民皆保険の形で医療が税金で支えられていて、患者さんが払う医療にかかるお金は診療保険点数としてすべて決められた金額ですが、カンボジアでは何も決められていません。
治療費をいくらにするかなども私たちが決めるので、ゼロからイチを生み出す事の連続ですから、そこが大変なところですね。
また、カンボジアは医師法・医療法などの法整備もまだきちんとされていないので、一見医療の分野に参入はしやすいように見えるのですが、実際はすべて一つ一つ認可を得ていく必要があります。
病院を建てる、日本人が働くなどの認可を、時間をかけて交渉していくのに苦労しました。
例えば交渉する役人から、暗にワイロを要求される事がありましたが、私たちはもちろんワイロには一切応じない事にしているので、思い通りに進行しない事がありました。
そのあたりは日本政府が積極的に支援してくれるようになり、クリアする事ができました。
カンボジアで実際に働かれて、日本とのギャップを感じる事はありますか
海外で働くのは、現地の人と一緒に働くという面で一様に苦労があると思います。日本人同士のような「あうんの呼吸」は期待できないですから、すれ違い、勘違いのような事はたくさんあります。言うべき事はしっかり言わないと伝わりません。
ですが、カンボジア人は真面目で言われた事をきちんとやってくれる人も多く、日本人に近いところがあると感じています。
また医療面でも日本の医療をそのまま実践するという訳ではうまくいかないと感じています。カンボジアで治療をする際は、日本人なら当然知っているような医療知識をほとんど知らない事があるので、日本以上に丁寧な説明をするように心がけています。
例えば高血圧で内服が必要であると判断した場合、日本人の場合は平易な説明でも分かってもらえますが、カンボジア人の場合、高血圧がなぜ悪くて、なぜ薬を飲む必要があるのか、一から説明しないと納得してもらえません。 おそらく文化的な違いもあるのでしょうね。ですからカンボジアでは特に、分かりやすい資料をお見せしながら説明するようにしています。
医療者目線から、事業者目線で物事をみる
2013年の12月よりこのプロジェクトの責任者に任命され、それまでと変わった事はありますか
今まで患者さんを診る、医療者を教育すると言った事をやってきましたが、それに加えて医療から離れた会社の人とやりとりをする事が増え、そこが大変ですがやりがいも感じています。
今回のプロジェクトのような、収益が上がるまで何年もかかる事を行うには、出資してもらう方々に納得してお金を出していただく必要があります。無駄に使えるお金はありませんから、事業を成り立たせるためには、医療者だけでなく事業者の目線で見ていく事が大切です。
「本当にその器材や人は必要なのか?」といった事は、よくよく考えるようになりました。医師として働いているときは、器材は新しいほどいい、人は多いほどいいと思っていましたが、事業者目線で考えると、ただ人やお金を使えばよいわけではない事がよくわかります。
実際、日本では最新機器・器具が求められる場でも、カンボジアでは数パターン前のものでもよいのではないか? と思う事はたくさんあります。
少し前のもののほうが、その器具に初めて触れる現地の人には使いやすい事もあります。
今後の目標を教えてください
医師として10年目で、北原国際病院に勤めて5年目になりました。まだ若手の域ではありますが、仕事の幅が広がっていき面白さを感じているところです。
今は、月の3分の1が手術や外来などの臨床、3分の1が臨床教育活動、そして残りの3分の1が交渉など事業関係の業務を行っております。元々人に何かを教えたり、新しい事を作り上げるのが好きだったので、とてもやりがいを感じています。
「病院丸ごと輸出」はカンボジアや海外の国々のためであると同時に、日本の医療が海外で活躍する場を増やす、日本のための事業でもあります。 大げさな言い方かもしれませんが、これからも日本と世界の期待を背負っているつもりで働こうと考えています。
ライター・インタビュアー/吉田 伸・山岸 祐子