心に残った、褒められて悲しそうな女性の姿
形成外科医を目指したきっかけは何ですか?
私が研修医だった時のことです。19歳の若い女性が難病を患い、人工肛門(ストーマ)を造る手術を受けました。人工肛門とは、おなかから腸管を出して便を排泄できるようにした、便の出口です。
手術自体はうまくいきましたので、外科医やナースは「きれいなストーマですよ」と褒めていました。でも、そう言われた彼女の顔は全然晴れやかじゃない。当たり前ですよね。人工肛門にするとたまった排泄物を定期的に取り出さなければならないし、そのときは臭いもします。まだこれからという一番多感な時期です。病状は良くなったにもかかわらず、病院の陰で彼女が泣いている姿も目にしました。
当時は研修医で、患者さんの立場に近い感覚だったのもありますが、そのとき、医師の「患者から遠い感覚」に違和感を覚えました。そして彼女のような人のためにできることはないかと思い、外科の中でも新しい分野である形成外科医になることにしました。
患者さんが選べる状態をつくる
形成外科ではどのようなことをしているのですか?
形成外科は主に「体の表面にある病気を治療する医療」です。外傷や腫瘍、生まれつきの病気などで起こった変形を治したり、失った体の一部や機能を新たにつくったりします。一般的には、「美容整形」と呼ばれているものも形成外科の一種です。
また、日本ではまだ行われていませんが、海外においては「移植」も形成外科の仕事です。例えば、事故などで顔に深い傷を負った人や手を失ってしまった人に、亡くなった方から顔や手を移植する手術も行われています。ほかにも生まれつき子宮のない女性や子宮がんで失った方に、亡くなった方の体から子宮を移植し、妊娠できるようにするといった手術も行われ、最近ニュースになりました。移植によって、男性でも妊娠できるようになる可能性は……まだ難しいと考えます。
しかし、このようなことが技術的にできるようになっても、やっていいのかどうか倫理的な面については常に考えなければなりません。移植には大きなリスクが伴うため、本当にやる必要はあるのかと反対する声も必ず出てきます。それでも、患者さんがどれだけ困っているか、それによってリスクとベネフィットを考えた上で選べる状態にしておくことは必要だと思っています。
○先天的に子宮がない患者から出産、世界初の閉経後ドナーからの移植
ロキタンスキー症候群(先天的に子宮がない)の36歳の女性が、61歳の閉経後のドナーから子宮移植を受ける。移植1年後に妊娠、その後から免疫抑制剤を開始し拒絶反応も出るが無事に出産。
http://www.thelancet.com./journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2814%2961728-1/abstract
移植のほかに、今後、形成外科が求められていくのはどのような分野でしょうか?
これから増えていくと思われるものの一つは、乳房の形成です。乳がんの治療で乳房を切除せざるを得ない女性はたくさんいますが、その喪失感は大変大きいものです。切る前とまったく同じとはいきませんが、現在では、シリコンバッグを入れたりおなかの組織を使ったり吸引した脂肪を注入したりと、さまざまな方法でもとの乳房と近い形のものをつくる努力が行われています。このようなオプションがあるということは、患者さん自身がそれぞれのメリットとデメリットを把握し、方法を選択できるということでもあります。そのためには、形成外科医もさまざまな方法を知り、適切なアドバイスができるようにしておかなければなりません。
ほかにも伸びると思われるのが、美容やアンチエイジングです。「年齢を重ねても美しくありたい」という女性の願いを叶えるこの分野でも、形成外科の果たせる役割は大きいといえます。
さまざまなことが可能になっているのですね。形成外科の研究について、もう少し教えていただけますか?
例えば人工肛門の例でも、なんとかしようといろいろな研究が行われています。人工肛門にした患者さんは、便意がないので自分の意志とは無関係に排泄が行われますが、自分の意志で排便できるようにするために、おしりの筋肉の一部を切り取ってきて巻きつけたり、人工的に閉じたり開いたりする人工括約筋が開発されたりしています。しかし、あまり機能が良くなかったり問題があったりして、まだ実際に応用できるところまでは至っていません。
他にはやはり再生医療の研究が盛んに行われています。形成外科の扱う組織だと皮膚・脂肪・軟骨・骨などですが、これらが細胞レベル、組織レベルで自在に作れるようになれば、外傷や先天奇形、がんの切除後などで困っている患者さんに非常に多くの恩恵をもたらしうると考えられています。皮膚には付属器である毛包も含まれており、研究室には毛髪再生の研究を行っている先生もいます。
○日本人医師(荒木医師)が犬の肛門自家移植に成功
http://www.realclearscience.com/journal_club/2014/09/22/first_face_
transplants_now_anorectal_transplants_108858.html
求められる「よりよく生きる」ための医療
先生が考える形成外科の仕事とはどのようなものですか?
形成外科が扱うのは、直接命に関わる病気でないものも多くあります。例えば、指が一本多く生まれてきたり口が裂けて生まれてきたりしても、それが死に直結するわけではないですよね。でも、見た目を良くしたり失った機能を取り戻したりすることは、その人のQOL(Quality of Life:生活の質)を大きく向上させます。
私が考える形成外科の仕事は、患者さんのQOLを向上することです。ただ生きるだけでなく、自分らしい生活をしたり楽しく人生を送ったりするために、私たち医師に何ができるのか。社会が豊かになるほど形成外科のニーズは増えていき、求められるものも多様化していきます。患者さんはどんなことを求めているのか、それを知るためには医師も世の中の情報を得ていないといけないと思っています。
患者さんに分かりやすい「ハッピー」を提供したい。命を救うだけでなく、QOLを高め新しい価値観を作り出すようなクリエイティブな医療をしていきたいと思っています。その過程においては、命の安全を保ち、人としての倫理観を持って仕事に臨むことを大切にしています。
治療とは「医師とのキャッチボール」
最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。
「こうしてほしい」「こういうことはできますか?」といった要望をどんどん伝えてほしいですね。医師は皆、患者さんが困っていることをなんとかしたいと思っています。もちろんできることにも限界はあります。でも、最初に人工肛門のお話をしたように、「何に困っているのか」がわからなくなることもあります。要望を聞かせてもらうことでニーズを理解し、本当に求められることをしていけば、医療も良い方に進んでいくと思います。治療というのは「医師とのキャッチボール」、そんなふうに思っていただければうれしいですね。