医療に「チーム」が必要な理由
診療科や職種の壁を超えたチームづくりに注力しているのはなぜですか?
いま私が診ている患者さんは、6割以上が70歳を超えています。私は心臓病が専門ですが、病院に来る高齢の患者さんたちは心臓が悪いだけではなく、ほかにもさまざまな病気を持っていることがほとんどです。若い人たちとは違って、一つの病気が治ればそれで終わり、とはなりません。
年を取って全身がもろくなっていると、病気を治すことだけでなく、体というシステム全体を良くしていくことを考える必要があります。そのためにはいろいろな診療科の先生が協力し合って体全体のバランスを考慮しながら「みんなで患者さんを診る」という体制が重要になってくるのです。
私の師匠である先生は「患者さんが最初に内科に来たから内科で治療する、外科に来たから外科で治療する、という時代はもう終わるよ」と教えてくれました。昔は、外科は内科に頼まれたら手術をし、内科は外科に頼んだら終わりというところがありましたが、それでは患者さんにとって良い医療は提供できません。
今後高齢化が進んでいけば、チームで一人の患者さんを診る必要性がさらに増してきます。私は以前から、診療科の壁をなくし、お互いの意見を尊重し合って患者さんにとってのベストな治療をディスカッションできるチームをつくりたいと、ずっと考えてきました。そのために必要なのは、お互いが持つスキルを理解し合い、自由に話し合える関係を築いて、それを維持し続けていくことです。
現状では、内科と外科が相互乗り入れで一緒になって勉強できる場はまだ限られています。それなら自分たちでそのような場をつくろうと考え、東京ハートラボを立ち上げました。この心臓病勉強会には、各科の医師以外にもさまざまな職種の人たちが毎年300人ぐらい参加してくれています。今後も繰り返し開催していくうちに、この輪が少しずつでも広がって、日本全体にいい影響を与えられたらと思っています。
○東京ハートラボ
http://heartlab.umin.ne.jp/index.html
大切なのは体の仕組みを理解すること
ところで、私たちが心臓病にならないためにはどうしたらよいのでしょうか?
ご存知のように食事と運動は大事ですが、もっと大事なのはそのバランスです。体にいいからといって野菜だけを食べていてはダメだし、体がむくむからと水分を全く取らなければ脱水になってしまいます。体はシステムとバランスで動いているので、大きな船を動かすのと同じように、ほんの少しでも良いほうに舵を切れば、それが積み重なって大きな差になっていきます。ですから、常に少しだけ塩分を減らすように気をつけていれば血圧は下がっていくし、繰り返し起こしていた心不全も治まっていくのです。
ほかに、患者さんに知っておいてほしいことはありますか?
最適な治療を選択するためには、ご本人やご家族が医師と同じテーブルに着いて、一緒になって相談し合えるのが理想です。そのためには、患者さんやご家族にも病気のことを理解していただく必要がありますが、それにはまず体の仕組みを知っておいていただかなくてはなりません。体の仕組みを知り、なぜその治療が必要なのかがわかると、医師と患者さんが同じ方向を向いて、一緒に病気を治していくことができます。
例えば、血圧の高い患者さんが、ただ「塩分に気をつけてください」と言われても、なぜ気をつけなければいけないのかがわからないと、なかなか治療がうまくいきません。塩分は体に水をためるダムになります。体の中の水が増えるということは、血管の中の水も増えるということです。同じ道幅の血管に流れる水の量が増えれば、血圧が上がります。塩分は1gで300ccの水をためる、だから摂り過ぎるとよくないんだ、ということがわかれば「ああそうか、じゃあ塩分に気をつけよう」と、納得して治療に取り組むことができるようになるのです。
血圧の治療にしても、血圧の数値を下げるために行っていると思ってしまうと、少し下がった時点で「薬はもう飲まなくていいや」と治療をやめてしまう方もいます。でも血圧の薬を飲むのは、血圧の数値を下げるためではなく、臓器や脳の血管を守り、健康で幸せに生きていくためなんです。
こういったことを患者さんに理解してもらうのは意外に難しくて、よく悪戦苦闘しています。私たちはどうしてその治療が必要なのかを説明するようにしていますが、良い治療を行うためには患者さんのほうからも「それはどうしてですか?」という質問をしていくとよいかもしれません。
「わからない」ことが成長させてくれる
心臓病を専門にしようと思った理由は何ですか?
心臓病を専門に選んだのは、一番苦手だったからです。先輩に心臓はわからないと言ったら、「それをやりなさい。得意なものなんかしちゃいけない、不得意なものをしなさい」と言われて……。多分ふざけていたのだと思いますが、今となってはいいことを言ってくれたなと思います。わからないことがわかるようになるのは楽しくて、その後はわかるようになったぞ、ということの連続でした。勉強というのは学校で習うより、自分でやったほうが楽しくて身につくものです。
これまでを振り返ると、「わからない」ことが自分を導いてくれたように思います。わからないことがあったときはいつも周りに助けてくれる人がいて、成長の場を与えてくれました。東京ハートラボの参加者や治療に向き合う患者さんにも「わからない」ことを「わかる」ことに変えてもらえたら――。
どこまで成長しても悩みはなくなりません。小学生の悩みが消えても中学生の悩みがあるし、40歳になっても60歳になっても80歳になっても悩みはあります。だから、それを分け合える相手がいるかどうかがすごく大きいと思うんです。「まいったよ……」というときに「わかった、わかった」とか、時には「何やってんだ」と言ってくれるような仲間です。「チーム」ってそういうものなのかな、と思いますね。
インタビュー・文 / 木村 恵理