病院外での心停止患者を救いたい
−心肺蘇生に興味を持ったきっかけを教えていただけますか?
群馬大学医学部を卒業し、どの科に入局しようかと悩んでいた頃、ちょうど東京大学医学部から循環器内科の永井良三先生が赴任されてきました。永井先生は非常に教育熱心で、その人柄に惹かれて循環器内科に入局することを決めました。
永井先生は教育のために、自らの広い人脈の中からさまざまな分野で活躍されている人を講演に呼び、多くの刺激を与えてくれていたんですね。その中に、当時、岩手医科大学循環器内科教授であった平盛勝彦先生がいました。この先生の講演が、心肺蘇生の普及をライフワークとするきっかになったのです。
平盛先生は講演で「皆、カテーテル治療の実践と技術向上に夢中になっているが、それで本当に人が救えているのか?心疾患で亡くなる人のほとんどは、病院にたどり着く前に亡くなっているということを知っているのか?」という質問を私たちに投げかけました。そして「カテーテルを使って治療している患者だけではなく、もっと病院の外にいる患者にも目を向けなさい。病院の外で心停止となっている患者を助ける心肺蘇生の普及も、循環器内科医の立派な仕事だ」とおっしゃったのです。
カテーテル治療は、「治療をしている」実感がものすごく味わえますし、研修医1,2年目は循環器内科の花形であるカテーテル治療に最も関心がある時期です。そんな時に平盛先生からこのようなことを言われて驚き、そこから心肺蘇生について調べ始めました。すると、心疾患による死亡の多くは病院の外で起こっていることが分かりました。急性心筋梗塞の病院での死亡率は数%と低いですが、心筋梗塞による死亡の半分以上は病院外で亡くなっているというデータがあったのです。このことに衝撃を受け、岩手の平盛先生の元で心肺蘇生の普及に努めたいと思いました。
そのことを永井先生に申し出ると、「心肺蘇生をやりたいならやってもいいが、ただ普及活動をやるだけではだめだ。情報発信をしっかりできるようになりなさい。そのためにはきちんと勉強をして、それからどこでやるのが心肺蘇生に関しての情報発信をするのにベストか考えなさい」と言われ、まずは群馬県で循環器医としての研さんを積みながら、患者さんの家族などに心肺蘇生の普及活動と勉強を始めていきました。
ACLSを救急医学会へ組み込む
−群馬県で心肺蘇生の普及活動を始められた石見先生。なぜ大阪へ移られたのですか?
群馬県内の病院で普及活動を始めたものの、正直あまりうまくいかなかったんですね。講習を受けてくれた人は「良かったね」と言ってくれますが、そもそも1回の講習に10人程度集まればいいほうで、一般市民が心肺蘇生にそこまで興味を持っているわけではありません。循環器内科の中でも、心肺蘇生はマイノリティで皆さんに関心を持ってもらうのは難しい実感がありました。
また、今となっては当たり前になっていますが、当時ちょうど救急救命士制度が始まったばかりの頃だったので、消防機関と医療機関側の連携も円滑にはいかなかったのです。そんなことを経験し「ここでコツコツやったとしても全国には広がりそうもない」と感じていました。
そう感じていた頃、大阪で「ウツタイン様式」という国際的に奨励されている院外心停止症例の記録方法を用いて、心停止のレジストリ研究が始まったことを学会の発表で知ったのです。「これに関われば心肺蘇生の効果も計ることができるし、インパクトのある情報発信もできるかもしれない!」と思い、大阪大学救急医学の大学院に所属し、研究に加わることにしました。行ってみて分かったのですが、大阪は救急医療の発祥の地であり、救急のネットワークも強固でした。そのため研究、情報発信とともに、もう一つの目的であった心肺蘇生の普及活動も始めました。
-大阪ではどのように心肺蘇生の普及を行っていったのですか?
当時米国にはACLS(Advanced Cardiovascular Life Support/二次救命処置)という高度な心肺蘇生を教えるトレーニングコースが当たり前のようにありましたが、対する日本は、そもそも心肺蘇生の体系的な指導法がなく、ようやく数名の日本人が米国から導入したものを教え始めたという状態でした。そのため私は一般市民に向けて普及活動をする前に、まずは医療者への普及が必要だと思い、日本でのACLSコースの立ち上げを考えました。
そのことを大学院の担当教授に進言したところ、大阪府下の救急センターから担当者を集めてくださり、大阪府医師会の協力も得て「ACLS大阪」を立ち上げることができました。これは時代の要請にもマッチしていたので、大阪を中心に急速な広がりを見せました。しばらくしてこの心肺蘇生研修コースを日本救急医学会全体での取り組みにすることになりました。
その結果、約3年で、ICLS(Immediate Cardiac Life Support)という日本救急医学会の認定コースができたのです。ICLSコースの立ち上げ、普及によって、日本の医療機関における心肺蘇生の体系的普及に大きな役割を果たすことが出来たと思います。
ただ自分の中での最終目標は、一般市民向けに心肺蘇生の普及をすることでしたので、ACLSコースが3,4年で軌道に乗ってきたところで、本来の目標を実現すべく「NPO法人大阪ライフサポート協会」を立ち上げたのです。この時は、ALCS大阪の取り組みを通じて得たネットワーク、仲間が財産となり、大阪府から府職員対象の講習会に予算を付けてもらえたりと、非常に幸運でしたね。
「心肺蘇生=胸骨圧迫」にしたい
-その後、「胸骨圧迫だけでも心肺蘇生の効果が十分ある」という研究結果を発表されました。そのデータを取るまでの経緯やその後について教えていただけますか?
大阪では、消防機関の協力のもと、ウツタイン様式によって病院外心停止のデータが蓄積されていきました。元々、市民による心肺蘇生の効果が最大の関心事だったので、心肺蘇生の種別の効果を検討してみました。
人工呼吸を含めて心肺蘇生は大好きで皆さんに広げたいと思っていましたが、他人に口をつけて人工呼吸を行うのは自分でも抵抗があるし、技術的にも広げることが難しいという実感がありました。蓄積されたデータを解析してみると人工呼吸を行わない胸骨圧迫(心臓マッサージ)だけの心肺蘇生でも同等の効果があることを示唆するデータが出たので、学会で発表をし、論文を作りはじめました。しかし、胸骨圧迫だけでもいいとうまく表現しきれず、貴重なデータを十分に活かしきれていないと感じていました。
そんな時に、大阪大学大学院でも指導して下さった平出敦先生(当時京都大学の医学教育センター教授)から京都大学で臨床研究者養成コースが立ち上がるとの話を教えていただき、このデータが役立てられると思い、入学したのです。そこで、胸骨圧迫だけの心肺蘇生でも十分効果があるというインパクトの大きい研究結果をまとめ、2007年に論文を出すことができました。
賛同いただくことも多かったですが、学会等で発表すると、反発を受けることもありました。医学の世界では約50年間「心肺蘇生は胸骨圧迫+人工呼吸」が当たり前でしたし、日本では歴史的に比較的人工呼吸を重視していたところもありました。「君が間違ったことを教えるから、市民が混乱するじゃないか」とか「人工呼吸を必要としている人を救えなくなってしまうので人工呼吸も教えなければならない」と強く言われることもありました。
ただ自分としては、何よりもできるだけ多くの市民に完璧でなくてもいいので心肺蘇生を行ってもらうことが重要で、胸骨圧迫だけの心肺蘇生は、人工呼吸を行う従来の心肺蘇生よりもずっと簡単で普及しやすいと考えていました。そのため、大阪のNPOで「PUSHプロジェクト」という胸骨圧迫だけの心肺蘇生の教育プログラムを作り、講習を始めたのです。
-この研究結果から2010年、心肺蘇生ガイドラインも変更されたのですよね?
そうです。このガイドラインの改定は大きなターニングポイントになったと思っています。私も学会で経験したとおり、インパクトのある論文が出ると、それに対する反響があります。
2010年の日本版ガイドライン改定の際に、私がそのセクションの取りまとめを行いました。もちろん「人工呼吸を教えなくなくなることによって、救えるはずだった人を救えなくなるのではないか」といった反対意見も数多くありましたが、議論を通して専門家のコンセンサスを得ることができました。そして、世界で初めて「心肺蘇生の普及を目的として、胸骨圧迫だけの心肺蘇生を教えてもよい」という内容で書くことができたのです。
それが消防機関や日本赤十字社などに浸透してきて、少しずつ心肺蘇生の教え方が変わってきています。2010年当時は、「胸骨圧迫だけの心肺蘇生を教えてもよい」とは書かれていなかった国際的な心肺蘇生のコンセンサスも2015年版で、「地域の実情に合わせて、胸骨圧迫だけの心肺蘇生を教えてもよい」という表現に変えることができました。
そして日本の2015年のガイドライン改定では、「呼吸の確認に迷ったらすぐに胸骨圧迫を始める」という内容を盛り込みました。今までは「呼吸の有無を確認して、呼吸が普段通りでなかったら心肺蘇生を始める」という記載でしたので、実際の心肺停止の現場では結局迷って何もできなかったという事例もありました。
そういった事例を減らし、「心肺蘇生の実践」がさらに広がっていくことが重要ですので、「心肺蘇生をするべきか否かは、迷って当たり前」「迷っていいから、迷った時には心肺蘇生、そしてAEDを使いましょう」というメッセージを入れました。
−少しずつ心肺蘇生が変化してきていますが、今後の目標としてはどのようなことをお考えですか?
まず、全ての人が心肺蘇生を行うことが出来る社会を目指したいと思っています。そのために、「基本的な心肺蘇生は胸骨圧迫だけとし、一定頻度で心停止に遭遇する人に対してオプションで人工呼吸追加する」という形に変えていったほうがいいのではないかと思っています。そのために、個人単位での心肺蘇生の種別効果だけでなく、地域・集団における普及の効果を含めて人工呼吸を行わない場合のメリット、デメリットを評価する臨床研究を進めていきたいと思います。
臨床研究はある意味、臨床の現場で実感していることを多くの人に納得してもらうための手段です。胸骨圧迫だけの心肺蘇生が普及したのも、救急現場で「胸骨圧迫だけでも助かっている」という実感があったからこそだと思っています。更なる心肺蘇生の普及を実現するために、この「実感」をさらに裏付け、「心肺蘇生は胸骨圧迫だけで効果あり」という研究結果をより強固なものとしていきたいと思います。
あとは、やはり心肺蘇生を一般市民の方も抵抗なくできる社会にするためには、学校教育に取り入れていくとこが重要だと考えています。そのため現在、学会や心肺蘇生の普及団体を取りまとめて文部科学省への働きかけを行い、小学校から心肺蘇生とAEDを学ぶよう教育指導要綱を改定することを目指しています。
中学校高等学校の学習指導要綱にも心肺蘇生やAEDの記載がありますが、実技を伴って習得することは必須になっていません。子どもの頃から心肺蘇生に触れていくことが、いざ目の前で人が倒れた時、即座に行動できるよう心理的ハードルを下げることにつながります。さらには心肺蘇生を学ぶことを通じて、技術だけでなく互助や共助の精神、自分自身に出来ることがあるとの実感など、多くのことも学ぶことが出来ます。多くの方に学校教育に心肺蘇生を導入することの意義を知っていただきたいと思います。
病院外で心停止になった方を救うためには、医師の力だけでなどうにもなりません。一般市民の方の協力が不可欠ですので、誰もが抵抗なく心肺蘇生をできる社会にすることで、一人でも多く心臓突然死を減らしていきたいです。
【PUSHプロジェクトがすべての人に贈るメッセージビデオ】
あなたにしか救えない命の記録:http://www.youtube.com/watch?v=g27OCXp0MRs
【PUSHプロジェクトホームページ】
あなたの胸骨圧迫と電気ショックで救える命がたくさんあります!http://osakalifesupport.jp/push/index.html
【NPO法人 大阪ライフサポート協会】
共に心肺蘇生を広げませんか?http://osakalifesupport.jp/osakalsa/