離島医療の質的研究をすすめる
―現在は東京都内にある診療所に勤務されながら、東京慈恵会医科大学大学院で離島医療の研究に取り組んでいると伺いました。
そうです。東京都小金井市にあるむさし小金井診療所に勤務しながら、東京慈恵会医科大学大学院で離島医療の質を評価・検証するための研究に取り組んでいます。
研究の1つは、離島の診療所が地理的に自然と、大病院へのゲートキーパー役になっていることを示す研究です。私が3年間勤務していた沖縄県伊平屋(いへや)島の診療所から、大病院へ紹介・入院した患者数を算出。すると、診療所の受診者数は多いのですが、大病院への紹介や救急受診、入院は過去に行われた全国規模な調査より少ない結果が出ました。それは、島の医師がプライマリケア医として機能している1つの目安になると考え、論文を投稿しています。さらにこの研究に普遍性を持たせるため、15離島で同時にデータを集め、大病院への紹介や救急受診、入院を分析しています。
また、単にゲートキーパーとしてトリアージしているからだけではなく、幅広い症状の治療や慢性疾患の定期診察、夜間・土日の診療を同一医師が行っていることが紹介・入院の少なさにつながっているのではと考えています。そこで8離島の先生方に協力を得ながら、65歳以上の方を対象にしたアンケートと、プライマリケアの質を評価するスコアシートをもとに、質の点数化を行い検証しようとしています。
―なぜ、離島医療についての研究を進めようと思ったのですか?
3年間の研修で、沖縄県の離島医療に携わってきました。そこで、離島医は限られた資源で最善を尽くすために、島の住民の方や行政の方と連携し、質の高い医療とケアを提供していると感じてきました。それを第三者に対して客観的に示したいというのが一つです。
もう1つは、離島で医師がやりがいを持って医療を提供できていることをアピールすることで、「離島医療に携わりたい」という若手の医師を増やしたいからです。モチベーション高く離島医療に携わろうとする若い医師が来ることは、島の住民の方にとっても望ましいのではないかと考えたからです。
ITも駆使し、子どもからお年寄りまで幅広い住民を診る
―東京都出身の金子先生。なぜ離島医療に憧れたのでしょうか?
大学5年生の時に、小笠原諸島の離島に旅行で行き、診療所も見学させてもらったことがきっかけです。大学を卒業したら長期休暇をなかなか取れないだろうと思い、子どもの頃に一度家族旅行で訪れ、楽しかった記憶が残っていた小笠原村に行きました。
ちょうど自分の進路についても考えていた時期で、私は「精神科に入局しよう」と、漠然と考えていましたが、まずは身体全体を一通り診られるようにしておいたほうがいいとも考えていました。そのような折に、小笠原村の診療所も見学させてもらったんです。
当時、小笠原村の診療所に勤務されていたのは、長年勤めているベテランの先生と、自治医科大学から派遣されていた医師4,5年目の先生が働いていました。その若い先生が一人でも内科や小児科、産婦人科など、どんな患者さんでも診ていました。自分とあまり歳が変わらないのにテキパキと診療されている姿に、感銘を受けたのです。
限られた資源の中でも医師としてやりがいを感じながら働いている姿を見て、「私も離島医療に携わってみたい」と思い、研修先として沖縄県立中部病院を選び、「島医者養成プログラム」に進むことに決めました。
―伊平屋島ではどのようなことに取り組まれてきたのですか?
伊平屋島には3年間いましたが、1年目は医学的知識を増やすことと、診療所の業務の効率化がメインでしたね。
沖縄県立中部病院にいる時には、定期外来の必要な患者さんを受け持つことが少なかったですし、外来診療を完全に一人で切り盛りすることもありませんでした。そのため、離島に赴任して初めて全てを一人で行う環境となったので、文字通り手探り状態でのスタートでした。診療の頼りは、ほとんど患者さんのカルテのみ。患者さんに次の予約をしてもらう時には、「いつも○カ月ごとに来ています」と教えてもらうことも多々ありました。
1年が過ぎると、日が経つほどに島の課題が見えてきて、他業種の方や行政の方、時には島の外部の方とも連携してさまざまなことに取り組んでいきました。
例えば医療における経済的負担を軽減するため、行政の方に本島で受診する妊婦健診の往復船代や、任意接種の一部のワクチン代に助成金を出す提案を進めてもらいました。伊平屋島には、4,5人子どもがいる世帯が珍しくなく、子どもや妊婦さんが多かったんです。
また高齢者に関わる問題もありました。300名近くいた高齢者の多くが、島で最期を迎えたいという思いを持っていました。ところが、介護が必要な方が入所できる小規模多機能型施設の定員は、わずか20名。需要と供給のバランスがあっていませんでした。施設の定員数を増やすわけにもいかず、入所を待つ高齢者に対する在宅ケアの必要性が浮き彫りになっていました。
そこで、入所を待つ高齢者の自宅に理学療法士の方と訪問し、理学療法士の方に室内の段差など危険な場所を指摘してもらって改善することで、高齢者が自宅でも安心して過ごせる環境づくりに力を入れました。
他には飲酒・喫煙者が多かったので、アルコール依存症治療や禁煙外来にも取り組みましたね。沖縄本島で精力的にアルコール依存症治療を行っている先生のご厚意で、インターネット電話のスカイプで依存症が気になっている方の相談に乗ってもらい、実際に本島に行っての治療につなげることができました。あとは、禁煙外来を始めたことで、高血圧気味だけれども普段は診療所に来ない方が、禁煙外来が終わっても高血圧予防の治療を継続してくれている例もありました。
―年齢や疾患に関係なく、さまざまなことに取り組まれていますね。
そうですね。あとは、島の住民の方にとっても便利になるかと思いICTを利用した血圧計を試験導入しました。オムロン株式会社の血圧計で、自宅に置いてもらって血圧を測ると、数値が自動的に診療所に送信されるシステムです。そして、その血圧計を使った感想を住民の方にインタビューしました。すると、興味深いことが分かりました。
高齢の方で特に女性で真面目な方だと、血圧計を「借りている」こと自体に抵抗があることが分かったんです。「人から物を借りていると助けを受けている気がして嫌だから返したい」という意見をもらいました。私としては便利でいいものだと思い導入したのですが、さまざまな考えの方がいることを知り、一方的に便利だと決めつけて物事を進めるべきではないことに気づかされ、とても勉強になりました。
「プライマリケア医」としての基礎は離島にあり
―離島で働く醍醐味はどんなところにあると考えていらっしゃいますか?
中国の言葉で「小医は病を癒し、中医は病人を癒し、大医は国を癒す」という言葉があって、その全てが離島には揃っている点です。
「病」は多種多様です。子どもから高齢者まで幅広い年齢層の方が診療所に来ますし、症状もハブに噛まれたり子どもが転んでけがをしたりするものから、不登校で学校に行きたくないなど精神的なものまであります。
また、患者さん本人だけでなくその家族も診ていますし、患者さんと診療所の外でも会うので、生活がまるごと分かります。道端でばったり会い、「こないだの風邪薬全然効かなかったよ」と言われて、治療の効果が直接分かることもしばしばあります。医師一人で責任は重いですが、治療の効果がダイレクトに分かり、自分の勉強につながるので、医師として大きく成長できる環境です。
さらには、コミュニティの人数が少ないのでお互いに顔の見える関係になりやすく、他業種の方との連携が取りやすいです。役所で人事異動があっても、新しく着任した人のことも前から知っていることが多いので、円滑なコミュニケーションが取れますし、取り組みの効果も見やすいです。大きな都市で他業種連携を行うための基礎力が身に着くと思うのです。
ですから、最初に言ったように私は、一人でも多くの若い医師に来てもらうべく、離島医療の魅力を、研究を通して伝えていきたいのです。