北海道で働きながら国際支援のスキルを積む
―地域医療国際保健支援センターでのプログラム内容を具体的に教えていただけますか?
はい。医師と看護師が対象のプログラムを数種類ずつ用意しています。医師向けのプログラムで目玉にしているのは、1年ないし2年かけて余市病院とタイの大学・病院の両方で研修を受けられる「地域医療医師研修プログラム」です。このプログラムでは、1年のうち9カ月は余市病院、3カ月はタイで研修を積みます。
余市病院では、外来・病棟・救急外来全てを網羅しながら救急蘇生から緩和ケアまで内科医、総合診療科医として研鑽します。タイではマヒドン大学とタイ・ミャンマー国境付近の病院で、診療・往診・フィールドワークを行います。そのため、海外での医療保健でキャリアを積んでいきたい方にとって、1歩を踏み出せる場となります。
2年コースの場合には、2年目の両国滞在期間は1年目と同様ですが、プログラム内容は修了後のキャリアを考えて個別に作成しています。
他には、海外留学で培った経験やスキルは地域医療で活かしやすいので、留学経験のある医師の受け入れもしています。あとは、1カ月から研修可能なポイントを絞ったスキルアッププログラムや、新専門医制度の地域医療研修受け入れ、医学生の受け入れも実施していますね。
研修中、余市病院勤務期間は余市病院の規定に基づいた給与を受け取ることができます。また、状況に応じて食事完備の宿舎を利用することも可能なので、食住の心配なく研修に集中できると思います。
―看護師向けのプログラムはどのようなものを用意しているのですか?
看護師向けでは、医師と同じ地域医療研修プログラムに訪問看護研修を加えたプログラム、救急医療と在宅医療両方の研修で包括的に地域医療を経験できる「地域丸ごとプログラム」、外部機関でも地域医療と国際保健両方を経験できる研修プログラムがあるのですが、その地域医療枠の受け入れを行っています。
地域医療国際支援センター:http://cicmt.com/
―そのようなプログラムを展開している森先生自身はどのような働き方をされているのですか?
私は、1年のうち3カ月間はタイのマヒドン大学熱帯医学部の非常勤講師という立場で消化管原虫の研究を続けています。残りの9カ月は余市病院で内科医として、病棟から外来まで全ての患者さんを診ています。
課題と課題のマッチング
―どのような経緯で余市病院に地域医療国際支援センターを立ち上げることになったのですか?
私は、2010年に熱帯医学の研修や教育で有名なタイのマヒドン大学熱帯医学部大学院に入学。現在も非常勤講師という形で感染症の研究に携わっています。研究を続けていくにあたって課題となったことや、同じく現地にいた日本人との関わりの中で考えたこと、そして北海道余市町が抱えていた課題がうまくマッチングして設立に至りました。
―森先生が課題として感じていたことはどのようなことだったのですか?
私が当時直面した課題は、海外留学の資金調達と、臨床から離れ続けていることへの抵抗感があったこと。
先進国の大学に留学する場合は、奨学金が受け取れる可能性が高まりますが、途上国の大学への留学や国際保健活動は、ほとんどの場合が自分の貯金を切り崩して行くことになります。ですから定期的に帰国して、数カ月間日本の医療機関に勤務し貯金し、また途上国に戻るというスタイルが主流だと思います。
私は運よく余市病院に出会えたので1年の1/4はタイへ、残りの3/4は余市病院で働くことができています。ところが留学仲間の中には一時帰国、あるいは途上国でのキャリアを終えて日本の医療機関で再び働きたいと思っていても、うまく勤務先が見つからず悩んでいる人が少なくありませんでした。
そこで、同時期にタイに留学していた仲間とFacebookページで「ここの病院は海外留学に対する理解がある」「ここの病院の仕事量はこれくらいで給料はこれくらい」と、お互いに知っている情報を共有していました。時には実際に勤務先が決まる例もあり、かつ、紹介した先の医療機関からの評判が良かったんです。そこで日本と海外を行ったり来たりしながら働けるように、日本での働く場の提供をサポートできるのではと考えていました。
―では、余市病院ではどのようなことが課題だったのでしょうか?
余市病院の課題は、圧倒的な医師不足です。余市町は北海道西部にある積丹半島の付け根、北後志(きたしりべし)という地域にあります。人口は約2万人、診療範囲内には3万5千人を抱えています。有床病院は余市病院ともう1医療機関しかなく、病床数は合わせて約350床です。札幌市から車でわずか1時間程度の距離しか離れていないのですが、10万人当たりの医師数は168人なので、医師数が最も少ない埼玉県と同程度です。
特に内科医が少なく、内科医不在の時期もあったほどです。院長は北海道中に内科医募集を呼びかけましたが、なかなか医師は来なかったそうです。北海道外から探すのも上手くいかず――。そこで院長は、友人が海外支援をしながら日本と海外を行ったり来たりしているのを見て、「そのような医師を集めて年間数カ月ごと働いてもらえば、医師不足の解消につながるのではないか」と考えていたそうです。
国際保健に携わっている医師からすると、まさにそのような働き方ができるのは理想的です。私が余市病院で働き始めてから院長の考えを伺い、お互いの意見が一致したことから地域医療国際保健支援センター設立の準備が始まりました。
共通項が多い国際医療と地域医療
―働きながら国内外で研修プログラムを受けられたり、海外留学者にとって日本での勤務先が確保できたりするのは、まさに森先生のように地域医療、国際保健どちらにも興味がある医療者にとっては魅力的ですね。
私自身はその両方に興味を持ってキャリアを開拓してきて、今のような働き方ができるシステムをつくってきました。そして、国際医療保健と地域医療は非常に親和性が高いと思っています。ところが、そのことがなかなか認識されていないようにも感じます。
例えば国際医療や国際保健に従事する人たち自身もそのことに気付いておらず、「途上国に行くこと=日本でのキャリアの中断」と捉えている場合があります。また地域の医療機関側も、今後再び途上国に行く可能性のある人たちを雇うことに消極的な面があります。これらが、国際支援経験者が日本での働き口を見つけにくい要因の1つになっていると思います。しかし実際には余市町を例にとると、深刻な人材不足で保健活動にまで手が回っていないので、途上国で保健活動に従事していた人を即戦力として採用しました。
国際医療や国際保健で得たスキルは、地域医療で活きてきます。つまり、途上国で国際支援に従事することは、決して日本でのキャリアの分断ではありません。また逆も然りです。
そうやって日本と途上国を行ったり来たりしながら、徐々に自分に向いているキャリア、行ったり来たりするのが向いているのか、途上国滞在型が向いているのか、研究が向いているのか、あるいは日本の地域医療が向いているのかなどを見極めていけばいいのではないでしょうか。一概に国際医療・国際保健と言っても、その働き方は多様でいいと思います。そして私自身は、それらに興味のある方が気軽に壁を乗り越え多様なキャリアを積めるよう、余市病院での地域医療国際支援センターをさらに発展させていきたいと思います。