高齢者医療の課題解決方法が分からない
―これまでのキャリアを教えていただけますか?
原点は、3年目の病棟での研修です。想像以上に80~90代の患者さんが多く入院されていました。高齢の方は、若い方のように全力投球で治療ができるわけではありませんし、良くなっても退院先の施設が見つかるまで社会的入院が続く―。一方で病院の管理部からは「なぜ退院できないんだ」とプレッシャーがかかってくる状態で、日本が高齢者医療に全然対応できていないことを目の当たりにしました。そして、高齢者の医療はこれでいいのだろうかという問題意識が芽生えたのです。
医療生協家庭医療学レジデンシー・東京の専門研修で家庭医療専門医を取得後、どうしたら日本の高齢者医療の課題を解決できるか、ずっと悩んでいましたね。孫大輔先生の研究室で研究したり、コミュニティデザインの勉強会を渡り歩いて外の世界からヒントが得られないかと探したりしていました。そこから、高齢者医療、介護には多様な人が関わるのに、医療機関の中だけで議論していても本質的な解決には至らないと考えるようになりました。
そんな時に介護業界をよくしたいと活動している「HEISEI KAIGO LEADERS」に出会いました。まずは私自身が、介護業界に飛び込むことで突破口が見つかるかもしれないと思い、イベント運営に関わることにしたのです。
―HEISEI KAIGO LEADERSの活動を続けてどうでしたか?
課題解決への突破口が開けたというよりは、自分の内的変化のほうが大きかったです。まず介護士と交流していくことで、介護側の視点が持てるようになりました。また、介護業界に関わらず他分野で活躍されている方をゲストにお招きして、話を聞けたことで、自分もさらに行動しなければいけないとの想いに駆られました。
それまでは、総合診療・家庭医療というレールがあり、そこに乗りながらアクションを起こすことしか考えていませんでした。しかし、2025年、2035年を迎えるスピード感に比べると、今の自分のスピード感は遅いということを、まざまざと突き付けられたように思います。そして、「多様なプレーヤーと協働して高齢者が幸せに暮らせる社会を実現する」という本当に自分がやりたいことは、自分で事業を起こさないとできないと思いました。そんな時に、メドピア株式会社の石見陽先生に出会い、開業という大きな一歩を踏み出すことになったのです。
診療・介護イベント・ビジネス-3本の軸
―それで2017年4月に在宅診療のクリニックを開設したのですね。
そうです。東京都三鷹市に「ぴあ訪問クリニック三鷹」を開設しました。また、HEISEI KAIGO LEADERSでの運営も続けており、さらにメドピアでの事業にも関わっているので、3足のわらじ状態ですね。
―3つの取り組みを同時に進めるのは、大変ではないですか?
確かに忙しいですし、辛くて苦しいこともたくさんあります。悔しすぎて眠れなかったこともありました。しかしどれもすごく勉強になりますし、大変なことがあっても自分のいまの姿勢を崩すことはないと思います。
クリニックの開設では、運営するにあたって決めなければいけないことや契約の多さに驚き、また、診療バッグや診療ルート、処方箋、診療報酬請求など今まで当然のように用意されていたものがあったおかげで、滞りなく診療ができていたことを痛感しました。ただ、自分でスムーズにクリニック運営ができるような仕組みを作っていくことは面白くもありますし、やりたいことを実現するために避けては通れないことだと思っています。
HEISEI KAIGO LEADERSのイベント運営は、正直続けていくのが難しいと思ったことはありました。しかし異業種の方と知り合えるので学びが多く、運営メンバーの協力も得ながらなんとか続けることができています。
メドピアでの活動は、自身も医師であり起業家でもある石見陽先生より「医師は、臨床・研究・教育の3本の柱から、これからは事業を創るという4本目の柱が大事」というお話を聞き、強く共感したことがきっかけではじまりました。医療専門職として欠けているビジネスの視点を補うのに絶好の機会を与えていただいています。決して医療をビジネスとして捉えているわけではありませんが、やはり医療機関を経営していくうえで、ビジネスの視点を理解することは重要な要素だと思っています。またメドピアでは、WEBディレクターやエンジニア、デザイナーなどと一緒に、実際に事業の企画から日々の泥臭い運用プロセスまで手足を動かして関わることができるので、MBA(経営学修士)などの座学とは違った学びがそこにはあります。
―具体的には、どのように3つのことを同時に進めているのですか?
電車の移動時間などちょっとした時間に、3つの活動のタスクを洗い出して並べて俯瞰し、優先順位を決めます。そして取り組む時間を区切り、時間毎に優先順位を踏まえてどのタスクに集中するのかを決めて取り組んでいます。
あとは、関わる理由を軸としてしっかり持つようにしています。軸を見失うとモチベーションの維持も困難になってくるので、訪問クリニックは自分がやりたいことだから、HEISEI KAIGO LEADERSは異業種の方と知り合えるから、メドピアはビジネス・経営視点を学べるから、という関わる理由を忘れないようにしています。
在宅医療を軸に、多面的展開を目指す
―今後の展望はどのように考えていますか?
私の目指すロールモデルは、もちろん石見陽先生もそうですが、在宅医療で言えば佐々木淳先生や武藤真祐先生です。在宅診療所を展開する一方で、電子カルテやオンライン診療の開発、行政との連携など、多角的視点を持ちながらいくつもの軸を持って取り組まれています。そのようなスケール感を目標にしています。
そのための第一歩として、まずは機能強化型在宅診療所を3拠点に増やしたいですね。そうすれば、複数の医師で交代制を取れるようになり、クリニックでは一人で出せる力の何倍もの力を発揮しつつ、多様なことに挑戦できるからです。そうすれば、佐々木先生や武藤先生のように多面的展開を実現する足がかりになるはずです。そして、まだ検討している段階ですが、メドピアの石見陽先生と一緒に医療ITと在宅の現場の融合も積極的に考えていければと思っています。
―最後に、若手医師へのキャリアを模索している医師へのメッセージをお願いします。
在宅医療は、既存のキャリアに対する考えからするとまだまだメジャーな選択肢ではなく、周囲から心配されることもあると思います。しかし視点を変えると、可能性が大いに広がっているとも言えます。
実際、私自身も患者さんに若手のフットワークの軽さが非常にありがたがられると感じています。また医療界では中堅くらいの年齢である佐々木先生や武藤先生が活躍されているという観点からも、在宅医療には若手の活躍のチャンスが広がっていると言えるのではないでしょうか。このやりがいに気付き、可能性を感じてもらい、一緒に活躍できる若手医師がさらに増えることを期待しています。