市民性を醸成し、社会構造にアプローチする
―まずは、代表を務める認定NPO法人PIECES(ピーシーズ)の活動を教えてください。
PIECESは、「子どもの孤立」を防ぐために、多様な人たちの優しさがあふれる環境を子どものたちの周りに育む活動を展開してきました。その中心事業として2019年から取り組んでいるのが、「Citizenship for Children」という地域の子どもたちと関わる市民性醸成プログラムです。
もともとは2016年から約4年にわたり、「子どもたちに伴走する子どもが安全だと感じられる関係性」を紡ぐために、子どもたちと信頼関係を築いていく「人」を育成するコミュニティーユースワーカープログラムを展開してきました。その中で、子どもの生きる環境にある情報や機会、経験、ものなども人を通して生まれており、子どもの生きる環境に関わる市民一人ひとりの眼差しの大切さを痛感してきました。
プログラムと実際の子どもたちとの関わりの往復の中で、ひとりの市民として子どもと関わる上でのマインドセットや行動について学び、探求できる「Citizenship for Children」という約6カ月間の市民性を醸成するプログラムが育まれてきました。
ちなみに、私たちの考える「市民性」とは、何らかのイデオロギーや特定の価値観に自分が飲み込まれるのではなく、子ども、そしてこの社会に起きていることを見つめ、声を聞き、受け止め、その上で自分たちで考え、社会にはたらきかけていく態度や所作を指しています。
「コミュニティーユースワーカープログラム」を含めて、「Citizenship for Children」ではこれまで約60名超の人たちを育成してきました。彼ら彼女らは、全国各地域で多様な活動を行っています。例えば、茨城県水戸市では、コンビニエンスストアのオーナーさんがこのプログラムに参加して、子どもたちに学びの場としてコンビニを提供するなど、さまざまな創意工夫を凝らして、子どもたちの居場所づくりに取り組んでいます。
―PIECESの活動では、現在どのような課題感があるのでしょうか?
市民1人ひとりが社会を創っている――自分自身もこの社会に起こっていることに関わっているし、これから起こりうる未来にも関わっている。そう実感する環境があり、その先に人の行動があり、社会が変化していく。
このプロセスは明日結果が出るものではないからこそのハードルがあります。もちろん地域の中で活動する人が増え、安全な関わりや場が増える中で、子どもが安心して感情や願いを出すようになっていくという変化はあります。ただ、社会全体が大きなうねりとなって変化していくためには、もっと多くの人たちと共に変化していくことが必要になってきます。
子どもたちの紡ぐ物語を消費したり搾取したりしていないかを問い直し、構造的に何が起こっていて、それぞれの関わりによりどんな可能性が開けるのか、ということを発信していきたいです。
また私たちは、寄付も大切な社会への関わりだと考えていて、寄付をしてくださる方も、一緒に子どもの環境を育むパートナーだと思っています。そのためマンスリーサポーターの方を「PIECESメイト」と呼び、お互いに学び合い、エンパワメントしあっていきたいと思っています。
さまざまな形で市民性を発揮している人はたくさんいますが、メディアで取り上げられるのはごく少数。そういったまだまだ知られていない人たちのまなざしにも、光が当たっていくといいなと思います。
ダイナミックに社会構造を変えるために
―ところで、なぜ医師を目指されたのでしょうか?
幼少の頃、優しい保育園の先生が「毛虫である」という理由で毛虫を踏み潰すということが、なぜ起こるのかに関心を持っていました。その後戦争の本などを読むようになると、紛争がなぜ起こるのかや、そこに暮らす人、特に子どものことが気になるように――。また、その背景にある人の心や集団の心理、人の持つ暴力性のようなものなどにも関心を持つようになりました。こういったことから「人の心」や「子どもの生きる環境」へ関心を持つようになったのが、医師の道へとつながっていきました。
児童精神科医になるために、研修中は「小児科」からアプローチするか、「精神科」からアプローチするかは非常に悩んでいました。当時、何人かの先生に相談したところ、「心に関することを網羅的に学んでから、専門領域に入っていったほうがいい」というアドバイスをいただき、「精神科」を選びました。
初期研修先は東京にある独立行政法人 地域医療機能推進機構 社会保険中央総合病院(現在のJCHO山手メディカルセンター)。ここに決めた理由は、この病院はさまざまな生活環境の中で生きている方々にとっての受け皿になっていると聞いたからでした。
社会構造のほころびのしわ寄せを受けている方々が、退院して違う環境に帰っても、根本的な環境は変わっていないために、またしわ寄せを受ける。その方々の経験やまなざし、物事の捉え方や関心から、私が教わることもとてもたくさんありました。その後、大学病院を経て関連病院で精神科救急などに携わった時も変わらずそのような構造に対しての問いがありました。
―PIECESを立ち上げたきっかけは何ですか?
児童精神科医としての後期研修後、地域の精神保育福祉センターの子どもの精神保健部門で経験を積ませてもらいました。ここでは、保健福祉医療に関する困難な状況や複雑な状況にアプローチしていました。例えばネグレクトや虐待を受けて、頼れる人がいない、いてもアクセスが難しい状況の中で「家のことは誰にも言っちゃいけないかも。これは自分の責任なのかも。」と思っている子どもたちとも出会いました。
虐待やネグレクトは、子どもや家族の個別の問題ではなく、社会の問題です。例えば海外などの過激な組織がリクルーティングの対象とする方々の中に、孤立している子どもたちがいます。過激な組織に入る子どもがいることの責任は、その子どもたちやその家族というよりも、それを引き起こした社会の構造や、それを支える政治的な背景、政治の選択を含め間接的であれ関わっている私たち1人ひとりにあるともいえます。例えばこの過激派組織の話でいうと、そういった社会構造を変えていかない限りは、過激な組織の活動はなくなってはいきません。
日本の虐待もまさに同じ構造だと思います。自分の日々の選択や生活と、社会で起こっている虐待は、実は地続きでもあります。けれどそれは時として遠いことのように感じられたり、自分には関係のない、あるいは関わることができないこととして感じられたりすることがあります。
社会は生命のように複雑だからこそ、自分との関わりは、見えるようで見えないこともきっとたくさんあり、それはとても自然なことでもあると思います。だから、自分の所作とその複雑さがつながっていることを感じながら、市民1人ひとりの手によって継続的に社会を育み合うようなダイナミズムが生まれる仕組みを作っていけたらと思ったのが、PIECESを立ち上げた理由です。
グローバルなうねりを広げる活動も
―今後の展望について教えてください。
PIECESの代表としては、私たちが目指す「ひらかれたweの社会」を見つめて、起こっていることを受け取り、次世代にどのようなバトン渡して行くのかを、社会に働きかけていきたいと考えています。
そのためにもより多くの方々と空間や時代を超えて、これからの時代の市民性を広げていきたいと思っています。Citizenship for Childrenを基軸にしながら、先ほどお話した「PIECESメイト」や、2年前にアーティストさんや研究者さんと立ち上げ、現在PIECESと一般社団法人WholeUniverseとの共同事業になっているアートプロジェクト「Reframe Lab」など、さまざまな角度から世界の捉え方、関わり方を見つめなおしながら、この先に続くバトンを育んでいきたいです。
また日本に暮らす私たちは、気候変動や紛争などにも関与しています。このことは、そこにいる子どもたちの環境にも、この先生まれる子どもたちの環境にも関与しているということでもあります。だからこそ国内だけでなく、グローバルなうねりも創っていきたいと考えています。その1つとして昨年から、「トラウマ インフォームド ケア」の活動を、中東で活動するNGOと協働で進めています。
―最後に、今後の進路について悩んでいる若手医師の皆さん、メッセージをいただけますか?
進路について葛藤することや悩むことは、とても自然なことだと思います。その過程でさまざまな感情が生まれることも自然なことですし、その感情を感じることも、その人の持つ大切な力であり、リソースでもあると思います。
一方で悩んでいる時、時として私たちは、例えば「世界は四角い」との思いに囚われて、世界に三角や丸など他の捉え方があることに気づきづらくなったりします。そういう時は自分が信頼できる人や、安全に感情や願いを口にしていい関係の人、客観的に見守ってくれる人などに、話してみることが1つの解決策になるかもしれません。
また例えば「何に困っているか」がわかっている時と、「何に困っているかわからないけれど悩んでいる」時では、誰に何をどう相談するかが違うかもしれません。そのため頼り先が、複数あることも大切ではないかと思います。
もう1つは自分のストレングス・レジレリエンスにぜひ目を向けてみてください。さまざまな人からのアドバイスなどを受け止めながらも、自分がこれまでやってきたことを振り返ってみると、見落としているものや、見えてくるものがあるはずです。ストレングスは、必ずしもわかりやすい長所や才能だけではありません。自分の経験、その中で行ってきた対処、自分の奥にある願い、自分が当たり前にしていること、好奇心や関心など、見えないところにたくさん埋まっている宝物のようなもの。
私たちは、想像の中では自由です。一旦さまざまなことを置いておいて、自分のこれからについて自由に想像の羽を羽ばたかせてみると、気づかなかった自分の願いや可能性に出会うことがあります。ぜひ、自分の持つ豊かな想像力をどこまでも広げてみてください。
(取材・文/coFFee doctors編集部) 掲載日:2020年10月31日