◆臨床も研究も全てはアスリートのために
―スポーツ眼科外来では、どのような診療を行っているのですか?
眼外傷の予防や治療、スポーツ選手のパフォーマンス向上のための視力矯正など、さまざまです。スポーツ愛好家から、国際大会に出場するようなアマチュアやプロの選手まで、患者さんが抱えるスポーツと眼に関する悩みに対応しています。
例えば、数十メートル先にあるわずか数センチの的を狙う射撃選手は視覚に関する感度が高く、普通の人が気付かないような乱視にとても敏感です。また、あるプロバスケットボール選手は、フィールドをよく見えるようにすると、電光掲示板の時計が見づらくなり、時計を見えるようにすると、フィールドが見えにくくなるため、調整が必要でした。
コンタクトレンズによる視力の矯正は、簡単にできるものではありません。練習や試合で、サイズや度数が少しずつ異なるレンズを試して、その中から自分に合ったレンズを選んでもらうなどして対応しています。
―視機能の研究には、どのような狙いがあるのですか?
スポーツを行う上で、動体視力や眼球運動などの視機能が果たす役割が大きいことは以前から指摘されています。しかし、どのような視機能がスポーツのどの部分に影響しているのかまでは、いまだ解明されていません。それが分かれば、視機能を高めるトレーニング法を開発し、選手のパフォーマンス向上に役立てることができます。
視機能の研究を始めたのは、10数年前の米国留学がきっかけでした。現地では早くから研究が行われ、視機能を高めるためのさまざまなトレーニングが実践されていましたが、見学してみると、そのトレーニング法に必ずしも科学的根拠がないことが分かりました。以来、スポーツと視覚の関係に科学的根拠を見出し、選手を視覚面からサポートしたいと、動体視力と眼球運動に着目して研究を続けています。
―視機能研究の手応えは得られてきていますか?
これまでスポーツ時の視機能は、①静止視力②縦方向動体視力③横方向動体視力④コントラスト感度⑤眼球運動⑥深視力⑦瞬間視⑧眼と手の協調性―の8項目から測定・評価されてきました。しかし、検査そのものの有用性が検証されたことはありませんでした。昨年、スポーツ健康科学研究科との共同研究で、その有用性を確認し、剣道選手に必要な視機能の評価が、静止視力・瞬間視・眼と手の協調性の3項目である、と明らかにできたのは収穫でした。
競技にはそれぞれ特性があり、求められる視機能は異なります。さらに研究が進めば、競技種目別に必要な検査項目を設定して、それに合わせた視機能トレーニング法を開発することも可能になるでしょう。本研究はその第一歩になったと思います。
◆折々の人との出会いで進路を決めた医師人生
―眼科医になるきっかけを作った、けがについて教えてください。
大学1年生の時、ラグビーの試合中に右眼に大けがをして網膜剥離を起こし、失明の危機にさらされました。先生方の懸命な治療のおかげで、視力を失わずに済みましたが、今も右の眼球には、シリコンのバンドが巻かれています。
実のところ、このけがをするまでは産科に進もうと思っていて、眼科は全く考えていませんでした。しかし眼科の先生方に助けられたことで「眼科医になって自分と同じような状況にある人を助けていかなければ」と思い、眼科に進むことを決めたのです。
―内科の認定医や麻酔科の標榜医の資格を取ったのはなぜですか?
私はもともと社交的なので、周囲の勧めもあり眼科医としてある程度研鑽を積んだら、早めに開業することを考えていました。眼科は、高齢の患者さんの占める割合が多い科なので、開業したら、来院中の患者さんが突然意識を失うなどのアクシデントが起こる可能性も十分に考えられます。万一に備え、眼科医になる前に内科を学んでおこうと思いました。
当時は、研修医制度が導入される前だったので、東京近辺の内科の医局あてに何通も手紙を書いて、受け入れてもらえるところを探しました。それが千葉大学の第二内科でした。
その後麻酔科に進んだのは、帝京大学出身だった内科時代の友人から熱心な勧めがあったからです。当時、帝京大学医学部附属市原病院の麻酔科には、森田茂穂教授(故人)から学ぼうとたくさんの医師が集まっていました。友人が言うんです。「麻酔科の標榜医の資格を取ってから、眼科に行った方がいいんじゃないか。とにかく一度、森田先生に会ってみろ」と。
森田先生はとてもスケールが大きな方でした。初対面の私に、「なぜ麻酔科で学ぶのか」と聞くこともなく、いきなり先生が好きな勝海舟の話を延々とするんです。そして行きつけの店に私を連れて行き、カラオケでさんざん歌った後、別れ際に「工藤、君は4月からうちに来るんだろう」と聞くんですよ。その時悟りました。この先生はただ者じゃない。ここで学べということだな、と。
森田先生からは、知識や技術以上に、「どう生きたいか」「好きなことを見つけ、一生懸命取り組むことの重要性」など、たくさんのことを教えていただきました。もうお亡くなりになられましたが、今も変わらず師と仰ぎ、森田先生の教えはいつも私の心の支えとなっています。
―入局先に順天堂大学医学部眼科学講座を選んだのはなぜですか?
医学部時代から交流があった、東京女子医科大学眼科教授の宮永嘉隆先生から「順天堂大学にはスポーツ健康科学部もあるので、眼とスポーツの関係から医療を行えるのではないか」とアドバイスを受けたからです。なぜ先生と交流があったかというと、医学生の時に先生が基礎研究を長年行った末に眼科の臨床に転向されたことを、ある記事で知って手紙を送ったからでした。眼科医になる前に寄り道をして内科を学ぼうとしていた自身の姿と重なり、先生の記事に励まされたのです。その宮永先生から、当時順天堂大学眼科教授であった金井淳先生(現 名誉教授)をご紹介していただきました。
◆医師としてどう生きるのかを先人たちから学ぼう
―順天堂大学医学部のベストチューター賞に選ばれたそうですね。今後、教育面で力を入れたいことはありますか?
医師としてどう生きたいのか、どのようにして医療に携わっていきたいのか、学生がより大きな視点を持てるよう読書を勧めていて、今後も続けていきたいと考えています。
何を専攻しようか、どこの病院で研修を受けようか、気にする学生は多いです。しかし、そんなことは大した問題ではありません。自分は何が好きで、何をしたいのかが一番大事で、それを見つけるための努力をしてほしいのです。自分の小さな人生経験から考えられることなど、たかが知れています。何百何千年も人間が悩み、考えて、得た結論が書物として残されているのですから、書物を通じて先人たちから学ぶべき。彼らはどのように考えて、どのように実践してきたのかを知り、自分の医師人生について考えてほしいと思います。
そして自分が好きなことや、挑戦したいことが見つかれば、その条件がかなう科や研修先を選べばいい。そう伝えるようにしています。
―お薦めの本を教えてください。
全人的な医療をしたい、患者さんの立場になって考えたい人には、ウィリアム・オスラー医師の『平静の心』を紹介します。今は医学の知識や技術がなく、何もできない自分にもどかしさを感じている人には、カウンセリングの大家であるカール・ロジャーズの非指示的カウンセリングに関する本を読んで、臨床医に必要な傾聴の姿勢を臨床実習などで実践するよう勧めます。社会学者であるマルティン・ブーバーの『我と汝』は、医師と患者さんの関係性を考えるうえで大変役立ちます。
―未来の医療界を担う若手医師にメッセージをお願いします。
人との出会いやご縁を大切にしてください。世の中は、人との関わり合いで成り立つものなので、道は人を介して開かれます。たくさんの人に会って、話を聞いて、体験する中で、自分がこれだと思うものを見つけてほしいと思います。
私もいろいろな先生方に育てられてきました。だから後輩の皆さんには、私たちが受けた以上の教育を提供したいし、経験したことを伝えたい。何でも質問してほしいし、迷ったり悩んだりしたときは、遠慮なく相談してほしい。若者の特権は、がむしゃらになれること。何でも聞いていいこと。真剣に向かってくる人には全力で応えたいと思っています。
人生の中で起こる出来事のひとつひとつには意味がある、と思っています。無関係のように見えても、ふとした瞬間につながることはよくあります。でもそれは、ひとつひとつの出会いを大切にしなければ起こるものではありません。
患者さんに対しても同じです。ひとりひとりの患者さんに真摯に医療を行っていけば、その積み重ねで、皆さんの医療の知識や技術も向上していきます。患者さんを含めて、目の前のひとつひとつの出会いを大切にすることを肝に銘じてほしいと思います。
(インタビュー・文 / coFFeedoctors編集部) 掲載日:2022年3月22日