INTERVIEW
重要なレバーは、データとアナリティクス
東京大学医学部を卒業後、米国留学を経て、現在はマッキンゼーのコンサルタントとして活躍している反田篤志先生。世界中の人々の健康的な寿命を一人当たり平均6年程度延ばすことを目標に設立された「マッキンゼー・ヘルス・インスティテュート(MHI)」で日本のリーダーも務めています。反田先生のキャリアパスやMHIでの取り組み、そして未来へのビジョンについて伺いました。
やはり大きな影響を与えたのは、新型コロナウイルスのパンデミックです。特に近代社会で、これだけ健康が社会や経済に直接的な打撃を与えたことは初めてだったと思います。同時に、あれだけの速さでワクチンが開発されて世界中の人々に行き渡ったことも初めてでした。この経験があったからこそだと思いますが、健康を中心に据えたイノベーションやテクノロジーの形成が増えています。つまり企業でも、健康を一丁目一番地に置くことが重要視されつつあるのです。これが1つ目の背景です。
もう1つは、社会が豊かになり寿命が延びたにもかかわらず、人生の中で健康でない期間の割合があまり変わっていないという事実。これは社会にとっての大きな損失です。しかし健康な状態の期間がさらに延びれば、人々がより長く、より良い生活を送れるうえに、社会的参画が可能になることで労働生産性が向上し、より良い社会の実現につながっていくと考えています。
このような背景から、さまざまな組織と協働し、質の高い暮らしを享受できる期間を一人当たり平均6年程度延ばすことを目標(一部の国や地域ではそれ以上に延伸すると想定)に、健康の既成概念を問い直し、公共政策や事業活動の抜本的な変革をリードしていくため、2022年にフラッグシップのような位置付けでMHIを設立しました。
MHIでは、潜在的なインパクトがある7つの領域「脳の健康」「感染症」「健康で豊かな暮らし」「健康格差」「サステイナビリティと健康」「高齢化」「医療労働者の供給」を特定。それぞれの領域においての知見の創出に精力的に取り組んでいます。例えば労働者の健康に関する調査を行い、アクションを起こせるような知見を発表しています。また女性の健康に関するレポートでは、女性の健康格差をなくすことが経済的なベネフィットにつながるという知見を示しました。
ほかにも、フォーラムやさまざまな団体とのコラボレーションイベントを開催し、我々が持っている知見を提供したりしながら多様な対話を促進し、理解やアクションを促していく取り組みも行っています。特にアメリカを中心に実際の健康データを分析し、オープンデータとして公開することで、より多くの人々がアクセスできるようにもしてきました。
私はMHIの日本リーダーとして、日本の独自のインサイトをグローバルチームに伝えるほか、日本での知見創出におけるアンバサダーのような役割も担っています。また、さまざまな組織とコラボレーションする機会を探すことも私の役割です。
特に「高齢化」「健康で豊かな生活」「脳の健康」において、日本は世界から注目を集めています。まさに日本が高齢化先進国と言えるからです。
日本だけでなく世界各国で、これからさらに高齢人口の割合が高まる中で、どのようにして高齢者に労働を含めた社会参画を促すかが大きな課題になっています。できる限り高齢者が社会参画していくことは、労働生産性の改善やGDPの底上げにつながり、持続的かつ包摂的な成長を実現できます。また高齢者の社会参画は、高齢者自身の健康にも非常に良い影響を与えます。
日本は世界に先行して高齢化率が高く、緊急の課題です。そして課題があるからこそソリューションが出てくるので、日本は先進的に取り組むべきですし、日本からの知見発出が世界で求められているのです。
あとは公衆衛生の根幹とも言えますが、健康的な食習慣も注目されています。文化的な違いはあるものの、やはりそこを超えてどのような行動や日常的な活動を行っていけば、適正な体重管理を実現できるのかといった知見も期待されています。このような期待に応えるべく、日本のリーダーとしての役割を果たしていきたいですね。
1つ言えることは、マッキンゼーという一民間企業が社会的な貢献に取り組み、それをしっかり外に向けて発信していくこと自体に大きな意義があるということ。こういった活動の積み重ねが新たなつながりやコラボレーションを生み、MHI設立目的である健康的な長寿の実現につながっていくのではないかと考えています。
PROFILE
McKinsey & Company
反田 篤志
McKinsey & Companyパートナー
2007年、東京大学医学部を卒業。2009年に沖縄県立中部病院で初期研修修了。同年より米国Mount Sinai Beth Israel内科研修医、2012年よりMayo Clinic予防医学専修医、病院医学専修医、医学助教授を経験。2012年〜2013年にUniversity of Minnesota School of Public Healthで公衆衛生修士(MPH)を取得。2015年に帰国し現在に至る。