病院のベッドは地域のもの

どうして黙っているのか？　それが今の若い人たちに言いたいことです。現在の制度では、自由に病院をつくることは許されていません。私が最初の病院をつくってすぐの昭和60年に第1次医療法改正があり、都道府県が地域医療計画を策定することになりました。医療圏ごとに病床数が設定され、それを超える場合には増床も新設も許可されなくなったのです。つまり、それ以降に医師になった人は勝手に病院をつくることはできないわけです。

地域の中でベッド数が決められているということは、そのベッドは病院のものでも病院長のものでもなく、地域のものです。要するに、地域のベッドをたまたまその病院に預けているというだけなのです。それならば、そのベッドを誰に任せるのが一番良いのかをもっと考えてはどうかと思うわけです。少なくとも、医療に適した人格と技術を持った人にやってもらったほうがいいですよね。

そういう考えがあれば、「うちの病院だからうちの勝手」という発想は出てこないはずなんです。大企業病のようになり組織が硬直化してしまった病院は、このベッドは社会的なものだという意識が薄く、働く人の意欲も低いことが多い。当然、経営もうまくいっていません。

赤字だったり評判が良くなかったりする病院があれば、コンテストをして一番いい人にやらせてみる。そういう制度をつくってくれ、金儲け主義の医療法人になんかやらせるな、と声をあげて市長のところへ談判に行くぐらいのことをしてもいいと私は思うのだけれども、今の若い人たちはおとなしいですね。

診療所をしていればいいとか、どこかに勤めていればいいとか言っても、勤めているのと自分で思うようにやるのとではフレキシビリティが全然違います。IT業界ならば、運と才覚で三木谷さんやホリエモンのように大きく広げていける可能性もあるのに、医療の世界はそれもできない閉鎖的な制度になっているのです。これが意欲のある若い医師の芽を摘んでいると思います。

世の中を変えていくのは、このような規制の枠に収まらない人たちです。自分から行かなければ、ただ待っていてもチャンスは来ません。本気でやろうと思ったらいろいろと経験していくことも大切ですし、そのためには短期目標と長期目標がないとダメです。ただ病院をつくって大きくしたいというだけでは、うまくいきませんからね。30代で何をして、40代で何をして、最終的には何をする、ということを大体でもいいから決めておく。それから、どこかに橋頭堡を築くこと。例えば、最初に人口10万人ぐらいの中小都市で100ベッド程度の病院を手に入れて、地域のための在宅医療も展開する。そのためには48時間働くというぐらいの覚悟は必要です。

病院経営を黒字化させるコツ

病院経営にもコツのようなものはありますか？　経営がうまくいかない原因はどこにあるのでしょうか。

まず、潰れそうな病院というのは特徴があって、行けばすぐにわかります。そういう病院はたいてい身売りするその月まで、院長とその一族で1億円ぐらいの給料を取っているのです。小さな会社だって調子が悪くなれば自分の給料は取らないし、場合によっては財産をつぎ込んででも会社を守ろうとするものですが、潰れる病院というのはそういう考えが全くないんですね。取れるだけ取って、いよいよもうダメだとなったときに身売りするわけです。

診療報酬は普通の医師が普通の病院で普通の治療を行えば、数パーセントの利益が出るようにつくってあります。ある診療行為でボロ儲けできるとわかればその項目の点数は下げられるし、損していると分かれば点数が上がる。だから病院が赤字というのは、普通のことをしていないだけなのです。

ダメな病院は新しい医療機器を買うときにも、１カ月のコストがいくらでどの程度ペイするかを計算し、どうやら儲かりそうだからこれを買おう、とそういうことをする。そして、せっかく買った高い機器をなんとかペイさせようと、必要のない人にまでそれを使おうとするのです。ところがそういうときは、「以心伝心」で患者さん側にもそれがわかってしまう。なんだか誘導されているな、と。そうなるとその患者さんはもう来なくなるでしょう。本来ならば患者さんのニーズがあるから機器を買うのが普通です。損する機器もあれば得する機器もある。けれどもトータルしてたいらになれば、それでいいわけなのです。

それから、患者さんを紹介されても「この人は認知症で徘徊があるから嫌だ」などと言って、楽な患者さんばかりを選んでいる病院もあります。そうすると急性期の病院が患者さんを紹介しようとしたときにも、「あそこへ頼んでも断られるから別の病院にしよう」ということになり、紹介患者さんも減っていきます。

潰れそうな病院というのは、パターンが非常に良く似ているのです。ですからこういうおかしなところを普通に戻せば、それだけであっという間に黒字になります。病院経営のコツと言っても、要は当たり前のことをやっていくだけなのです。患者さんを診て、その人が良くなって家に帰り、「あそこへ行ったら良くなった」という積み重ねです。それはシステマティックなロジックなどではなくて、もっと生々しいものなのです。

60床からのスタート

平成医療福祉グループは、どのようにしてここまで大きくなったのでしょうか？

まず、私が医師になったのは昭和42年です。ローテーションで病院に勤めたり研究したりした後、昭和59年に60床の病院をつくりました。急性期をやりたくないわけではなかったけれど、徳島県には急性期病院がもう山ほどありました。民間の小さい病院が急性期をやるのは難しい状況だったのです。それで、リハビリや慢性期を提供する病院にしました。地域医療計画ができたのは昭和60年ですが、病院をつくる前にはもうそれができることがわかっていましたので、その後の3年間でベッド数を210床まで増やしました。

次に病院をつくったのは淡路島です。こちらは過疎の地域で人が少なく、地域のベッド数に余裕がありました。病院がないのでつくってくれないかと、町から依頼が来たのです。当時の淡路島は土地も安かったし、60床から210床にした実績が既にあったので銀行がお金を貸してくれました。そうこうしているうちに調子が悪い病院を頼まれるようになり、これまでに20施設を引き受けてきました。現在持っている26施設のうち自分でつくったのは6つです。

この30年の間には大変な時期もありました。1年間にたくさんの病院を引き受けてしまって厳しくなったこともありましたし、1年ぐらい自分の給料を取っていないというようなことも2回ぐらいはありましたよ。

今後、さらなる規模の拡大もお考えですか？

結果的にここまで大きくなりましたけれども、病院の規模なんていうのは全く考えていません。生産的なことをすることに生きがいを感じていますから、一つずつの施設がその地域の役に立っていれば、もうそれで言うことなしだと思っています。

だいいち自分の給料ばかり良くても仕方ないんです。たくさんお金を残しても仕方がないし、使う分だけあればそれで十分。たくさんもらってもどうせ所得税で引かれてしまうのだから、それであれば内装を変えたりベッドを新しくしたり新しい機器を買ったりして、病院で患者さんのために使ったほうがいいわけです。病院が汚くて不便なのに利益率だけはいい、なんていうことは考えられませんよね。

病院がこのように大きくなってくると職員やその家族、地域住民を大勢巻き込むことになりますから、後継者を選ぶときにはやっぱり一番能力のある人に任せたいと考えます。家族経営だから家族にやらせないといけないなんていうことは全くありません。たまたま家族にそういう能力があればちょうどいいですけれども、能力がなければ息子にだって渡しませんよ。

一生は1回きりだから、いろんなこと、やりたいことをやったほうが得ですよね。仕事は楽しくないとダメです。私にとっては患者さんを診ているのが一番いい。いろいろとやってきたけれどもいまだに外来もしていますし、私はね、やっぱり臨床家だと思いますよ。

インタビュー / 田上 佑輔　文 / 木村 恵理