日本の医療レベルをアピールする
―現在、大阪市立大学を拠点にどのようなことに取り組んでいるのですか?
1つは、日本の臨床研究をさらに盛んにするべく、臨床研究の方法論や論文執筆の支援活動をOn the Job Trainingで行っています。特に臨床領域でキャリアを積みたい医師からのニーズが大きいです。
2つ目は、症例の疾患画像に関して臨床経過と合わせて時系列で学べる電子医学雑誌サイト「The Journal of Typical Medical Images and Videos(JTMIV)」を運営しています。2016年10月末の時点で約150症例で4万5千枚の静止画と303動画の診断データ(2016年10月現在)を投稿して頂いていて、医学生であれば無料で閲覧できます。
その他にも、健康保険組合を有する大企業の社員の生活習慣病をターゲットにした遠隔自由診療クリニックを開設したり、家庭用呼吸機能検査機器やVirtual Reality技術を応用したリハビリテーションプログラム等の医療機器開発のための会社をいくつか設立したりしています。
―同時にさまざまなことをなさっているのですね。
一見するとバラバラでどれもつながりがないと思われますが、全ての根底にあるのは「日本の医療レベルをさらに高め、世界にもっとアピールしたい」という思いです。
そう考えるようになった最初の入口は、初期研修の時でした。上司の勧めもあり日本心臓病学会が発行している「心臓」という雑誌に、症例発表の論文を投稿した時、査読者のものすごく深い洞察力に感銘を受けたんです。それから研究の世界に入っていきました。論文活動を通して自分の臨床医としての実力を上げられるのではと考え、初期研修の終わりから後期研修にかけて患者さんの診療に没頭し、よりよい治療のアイデアに関する論文執筆活動や発表に明け暮れていました。
そうして徐々に国際学会で発表する機会や責任著者として査読英文誌の編集者とのやり取りが増えてくると今度は、「日本の医療は比較的レベルが高い部分も多いのにそれを世界に十分アピールできていない人が多い」ということを強く感じるようになりました。日本の臨床研究に関する論文は主要英文誌への掲載数が世界ランキング20位未満と非常に低く、しかも年々低下傾向にあります。論文掲載数でいうと常に世界5位前後で推移している基礎研究とは対照的です。
そこで日本の臨床における医療レベルを世界にアピールし、さらなる発展に貢献していこうと考えたのです。その考えが、今、臨床研究に関する人材育成や教育、疾患診断画像集積サイトの運営や医療機器の開発等の活動につながっているわけです。そしてこのように今まで築かれてきた日本の医療のよい部分を世界にアピールし、若い世代に引き継いでいくことは、今までお世話になってきた先生方への恩返しにもなると思っています。
日本の強みと新たな取り組み
―具体的にどのように取り組まれているのですか?
私自身は臨床研究の支援活動を通じて査読英語論文を月平均1編のペースで執筆し、発表しています。
具体的な教育活動の1例として、医学生は教育現場で臨床研究の論文の書き方を教わる機会があまりないので、講義形式で伝えるメールマガジンの配信を行っています。現在の読者数は約1200名(2016年10月現在)。手前味噌で恐縮ですが、世界でも最も権威のある学会の1つであるAmerican Heart Association(AHA)において3度、それも非常に不利な日本の臨床データで若手研究員奨励賞を受賞したノウハウを皆に無料で公開していますので、是非登録して頂ければと思います。
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臨床研究の支援活動依頼のほどんどがメールマガジン読者からのもので、早い人で倫理審査の申請から論文投稿まで2カ月です。遅くとも半年以内には皆投稿までもっていけますので、臨床研究に限った話をすれば大学院で何年もかけてやる必要性は低いと思っています。臨床的なアイデアが素晴らしければ決して多くの患者さんのデータを集める必要はなく、例えば16例の患者さんのデータを用いた臨床研究でも原著論文として日本の循環器領域で最も権威のある雑誌(Circ J. 2016;80:1445-1451)に掲載されていますし、このようなことは決して珍しくありません。この研究は研究開始から論文受理までがわずか3ヵ月と異例の早さでしたが、論文作成を通じて臨床の奥深さやエビデンスの成り立ち等が学べますので、その面白さがさらにモチベーションアップに繋がりさらに多くの研究を世界で発表してくれるという正のサイクルに入ってくれれば最高です。
世界で通用する研究を行うには、テーマ選びが非常に重要だと思っています。コツは3つあります。
1.世界のトレンドを意識すること
2.ワールドニッチであること
3.日本の強みを生かすこと
この3つを意識しながら研究を行うことで世界で勝負できる可能性が飛躍的に高まります。
日本の強みは画像診断やバイオマーカーなどの検査データですから、これらを研究の題材とするのがいいと思いますし、日本でしか使われていない薬剤等はワールドニッチという条件を満たします。私が初めてAHAで受賞した演題では、観察研究のデータを無作為化割り付け試験の様に解析する傾向スコアマッチングという手法がトレンドであったためその手法を用いて心筋梗塞後の二次予防としてのアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)の効果を検証しました。心筋梗塞後の二次予防薬として日本ほどARBが処方されている国ありませんから、他国では検証しようがない演題だったのでワールドニッチな題材だったということです。
―画像診断が日本の強みなのですか?
はい、私が初めて米国の学会に参加した時、日本の画像診断の質の高さを知りました。このような日本の強みを世界でアピールする1つの方法論として、先ほどお話した疾患画を中心に症例の臨床経過を時系列で学べる電子医学雑誌サイト「The Journal of Typical Medical Images and Videos(JTMIV)」を作りました。2015年5月にβ版をリリースし、Advisory Board Memberとして88名の医師の協力を得ながらより使い勝手のよいシステムに作り直しながら運営を行っています。検査モダリティ毎の関連が学べたり、時系列を意識して疾患画像所見を学べるサイトは世界中を探してもJTMIVだけではないでしょうか。
JTMIVに集まった症例や画像データをもとに査読英文誌にすでに2編の論文が掲載されており、学術的な価値もすでに非常に高く評価して頂いています。今年中にさらに3編のJTMIVの症例を使った原著論文が査読英文誌に掲載される予定です。
この他にもさまざまな画像を投稿する意欲が高まるような仕組みを採用しており、掲載症例や画像コンテンツが増えることで勉強したい人がサイトに集まってきて、その中からさらに画像を投稿する人が出てくるという好循環が生まれることでサイトの規模がどんどん大きくなってくれればよいなと期待しています。自己学習のために画像診断関連の教科書を購入するにもそれなりの費用が掛かりますので、JTMIVのような学術的な疾患画像をシェアできるサイトが大きくなれば、多くの医療従事者に役立てて頂けるのではないかと考えています。
理解者を集め、批判を恐れない
―日本の医療を世界にアピールしていくというのが、原先生の大きな目的だと思いますが、これだけさまざまなことを同時にできるのはなぜでしょうか?
周りに良き理解者・協力者がいるおかげだと思います。例えば現在所属している大阪市立大学大学院医学研究科 循環器内科学講座の葭山稔教授はものすごく理解のある先生で非常に助けられています。本当にいつも自由にさせて頂いており、この場を借りて感謝申し上げたいと思います。
また、上司だけでなく友人や同僚にも大変恵まれ、アイデアを形にしたいと思った際にすぐに協力してくれる仲間が集まってくれる環境にあります。例えば、去年末に「Virtual Reality技術をリハビリテーションに応用したいな」と言ったら「ぜひやろう!僕は、VRコンテンツの作成会社に知り合いがいるよ」とか、「僕は興味がありそうな理学療法士を探してくるよ」、「僕は資金を出してくれそうなエンジェル投資家の知り合いにあたってみるよ」など、どんどん話が進み、あっという間にプロジェクトチームの実現にまで至りました。
こうやってサポートしてくれる人が周りに沢山いることは非常にありがいことですし、逆に私も必要とされれば是非恩返しさせて頂くようにしております。互助関係ができあがっているので、いくつものプロジェクトを同時進行させていても時間にはまだまだ余裕がありますし、体力的にも全然辛いと思ったことはないですね。
―最後に若手の医師へのメッセージをお願いします。
若い方々には批判を恐れず、好きなことや興味のあることにつき進んでほしいですね。医療分野に限ったことではありませんが、新しいことをしようとすると既得利権者や特に害を受けない人の中にも反対の声が生まれます。私は学術的な業績を積み上げる度に、新しいプロジェクトを立ち上げる毎に何度となく批判や足を引っ張られるような行為を受けてきました。しかし批判が生まれるということは、そこに議論が生まれるということで、そのような過程を通じて世の中はよくなって行くのだと考えています。そういう仕掛けをしていくことが、日本の医療レベルの向上のため、ひいては患者さんによりよい医療を届けるためには必要だと思うのです。