いわき市に血液内科医がいない
―どのようなきっかけで常磐病院の血液内科新設に関わろうと思ったのですか?
私は東日本大震災直後から週1回土曜日に非常勤の内科医として手伝いに行っていたんです。震災直後こそほとんど患者さんがいなかったのですが、震災の影響が徐々に収まってきてから、避難先から戻ってくる方々がどんどん増え、外来の患者さんが急増しました。
そんな状況の中で、ある白血病の患者さんに出会いました。血液内科である私に相談が来た段階では、すでに病状がかなり進行してしまっていました。それまで専門的に診てもらえていなかったのです。当時私はその日のうちに東京に帰らなければならず、すぐに専門医のいる病院に入院させようと紹介先を探したのですが、いわき市唯一の専門機関からは受け入れ困難との返答でした。
例えば消化器系や循環器系などと比べると、血液疾患に罹患する患者は多くないため、内科の中ではマイナーなサブスペシャリティと言われます。しかしその分、診療には専門的な知識が必要で、専門外の医師には手出しができない領域でもあり、この地域に必要な診療科としてやはり血液内科はあったほうがいいと、痛切に感じました。
そうは言っても、まさか自分で立ち上げるとは考えてもいませんでした。たまたま常磐病院のスタッフや関係者との食事会でそのようなことを言ったら、「常磐病院に血液内科を作ってみない?」と言われました。「その発想はなかった!」と思い、一つ返事で承諾しました。
―決断がとても速いですね。
もともと何もないところから作り上げるということは好きだったんです。そのためこちらに来たほうが、やりがいがあるのではと感じました。
卒後10年目では味わえない充実感
―新しい科の開設はどうでしたか?
即決したものの、やはり一度始めたら簡単にはやめられませんから結構な覚悟は必要でしたね。設備の整備、スタッフの教育、地域での認知度を高めること全てをゼロから組み立てていかなければいけません。
例えば設備に関しては、血液内科ができることで抗がん剤を多く扱うことになり、新たに電子カルテのシステムにレジメン機能を導入する必要がありました。また、血液内科特有の検体検査に対応してもらうため、外注検査会社とも何度も打ち合わせをして、検査の発注から結果の返却まで効率よく行えるようシステムも刷新しました。血液内科の治療に使う無菌室1室も入職半年前から準備をして、私が入職2カ月後完成しました。現在が患者さんが増えて1床では足りなくなってしまったため、新たに3床の増設を予定しています。
スタッフに関しては、これまでの常磐病院は内科、外科、泌尿器科、腎臓内科のみだったので、がん治療の経験が少ないスタッフがほとんどでした。そのため、がん治療の基礎から理解してもらうための勉強会を定期的に開いて、診療科をスタートさせながら並行してスタッフの知識向上にも取り組んでいます。
―ゼロからの立ち上げは、やはりすごく大きな決断ですよね。
確かに大きな決断でしたし覚悟も必要でしたが、やはりこの充実感には代え難いものがありますね。240床のうち半数が療養病棟という決して大きくない病院に1つの科を新設するのは、病院を作っているような感覚です。それにこのようなことは、なかなか医師10年目で経験できることではありません。
また、まだ始めて半年程度ですがすでに50名以上の血液疾患の初診患者さん(2016年10月時点)を診ているので、スキルアップにもつながりますね。
血液内科医の新たなキャリア形成法
―ところで、ご家族は一緒にいわき市に引っ越されたのですか?
いいえ、自宅は東京にあります。勤務日はいわき市にいて、休日は東京の自宅に帰るというスタイルです。当初は家族全員で引っ越すことを考えていましたが、子どもの性格や教育環境を考えて、私が“通勤”することにしました。東京からだと、常磐病院の最寄り駅であるJR常磐線湯本駅まで、乗り換えなしの特急で2時間半ほどです。
非常勤医として毎週通っていたこともありますが、片道2時間半ほどならちょっとした旅行気分を味わう感覚で、想像よりも大変ではないと思いますよ。
―今後取り組んでいきたいことはどのようなことですか?
「自分のようなキャリア形成の方法もある」と積極的に発信していくことです。そのために積極的に学術活動も行っています。地方に来てしまうと最新の情報にキャッチアップできなくなるのではないかと不安に思う方もいると思いますが、インターネットが充実している今、地方と都市部で医師が得られる情報の格差はほとんどありません。私が「地方はキャリア形成の環境として充実している」「モチベーション高く取り組めていて、勉強もできている」「論文発表も業績もこれだけ出せている」とアピールすることで、このような働き方を始める医師が増えていったらと考えています。
都市部でしか働いたことのない医師は、「医師不足の地方に行くと疲弊してしまうのではないか」と考えがちです。私自身もそう思っていましたが、実際来てみると、それは本人のバランスの取り方と、病院の方針次第でいかようにもなることが分かりました。地方の面白さを知らないだけで、都市部で力をもてあましている若手―中堅医師は大勢いるのではないかと思います。そういう方こそ、都市を一歩飛び出したキャリアアップの方法を視野に入れてほしいと思います。1つの診療科を新設することは決して簡単ではありませんが、とてもやりがいや充実感がありますよ。
(インタビュー・文 / 北森 悦)