泌尿器科から在宅診療へ
―在宅医療に進むまでのキャリアを教えていただけますか?
私は順天堂大学泌尿器科学講座に入局、5年間泌尿器科医として経験を積みました。ちょうど、私が入局した翌年に新医師臨床研修制度が始まったので、2年間後輩が入ってこなかったんです。そのため、最初の3年間は色々なことを経験させてもらい、かなり下積みを積めました。
その頃は地域医療の重要性に関心が集まり始めた時代。5年間大学病院にいたことで、徐々にもう少し地域に近いところでの医療をしたいと思い、自ら関連病院に転籍し泌尿器科を立ち上げ、一人診療部長として外来から手術、抗がん剤治療まで全てをこなしていました。その後、運よく緩和ケアを教えてもらえる環境があり、泌尿器科で緩和ケアも導入していきました。
ただ、徐々に長期入院が難しくなってきて、在宅医療に移行しようと思っても地域で在宅医療の体制が整っておらず、退院させたくても退院させられないという現状を目の当たりにしました。誰かがやらないといけない、しかも若くて体力がある医師のほうがいい―。そう思い、自ら在宅診療クリニックの開業を決意したのです。
―開業場所を宇都宮市にしたのはなぜですか?
自分で開業するということは、家庭にも影響が出ると思いましたし、一人で24時間365日対応していかなければならないので、何かあったときに妻の実家に子どもを預けられる環境がいいと思い、妻の実家に近い宇都宮市を選びました。
またリサーチしていく中で、宇都宮市周辺には自治医科大学附属病院や獨協医科大学病院、済生会宇都宮病院など大きな病院がありました。それらの病院は在宅医療を推進しようとしていたのですが、地域に在宅医療に取り組む医師があまり多くなく、連携が進んでいない状態でした。そのため在宅医療を推し進めやすい環境だと思ったのです。おかげさまで開業から2年あまり過ぎた現在、数名の非常勤医師と私で240名の患者さんを診ることができています。
手術と抗がん剤治療以外の治療は全てやる
―泌尿器科専門医として病院内で緩和ケアをやっていたとはいえ、在宅医療に飛び込むのは、なかなか勇気がいる決断だったのではないですか?
あまり、大きな決断をしたという感覚はありません。私は、がん治療の専門医が継続して緩和ケアをしていくべきと思っています。患者さん側から考えると、いくら医師と言えど信頼できる人は何人もいるわけではありません。治療がない段階になったら信頼関係が出来上がっている主治医からそのまま緩和ケアを受け、その人の手で最期を看取って欲しいと思うのは、ごく普通の感情だと思います。
また、患者さんはできる限り生きたいと思っています。それはごく自然の感情です。もし私が病気になっても、入院して病院で治してほしいと思うと思います。もちろん治療によるデメリットが大きい場合は除きますが、「治療がなくなったら在宅医療で緩和ケアを」という文化を、誰にでも押し付けることには無理があると考えています。
もちろん緩和ケアの文化が浸透していくことは重要なことですが、緩和ケアが必要な段階になって、緩和ケアの専門家が入ってくるのではなく、がん治療の専門医が「緩和ケアイズム」を持って治療からケアまで取り組んでいくべきだと思っています。
そして現状では、病院で治療を行う医師がその時間を割くことは難しいことも分かっています。そのため在宅医療に取り組む医師が、病院の専門医に近い立場で患者さんに接する必要があると思います。これまで私は病院内で手術から抗がん剤治療、そして治療が効かなくなったら最後は緩和ケアをして主治医として看取りまでしてきました。そんな自分だからこそ、がん治療の専門医に近い立場で在宅医療をできると考えたので、決意こそしましたが、大きな決断という意識はありませんでしたね。
―在宅医療に携わる医師が、病院と同じような治療もしていくということでしょうか?
そうです。私のクリニックでは、「手術と抗がん剤治療以外は、病院と同じ治療ができます」と言っています。当然、治療によるデメリットが大きくなるまで治療をやろうと言っているわけではありません。適切なところで止めなければいけませんが、主治医から一方的に「治療がないので、担当は緩和ケア医に変わります」と、看取りへ移行していく雰囲気を出すのは違うと考えています。ですから、自分はなるべく患者さんが「切り替わった」と感じないような環境をつくっていきたいのです。
患者さんはそれを求めて当院に来ます。実際には、ほとんど加療しないのですが、緩和ケアだけではない選択肢があることと、いつでも病院に入院できる環境があることで、患者さんの安心感は変わるのです。
逆に私から、治療を勧めて病院へ掛け合い、もう一度加療を行う場合もあります。元々の主治医のもとへ行くのが気まずい場合は、別の病院の医師に紹介することもあります。病院側は大抵の場合、「この治療ならもうすこし行けると思うのですが」と相談すると「そうだよね、やってみよっか」と提案を受け入れてくれますね。
専門医の新たな臨床現場に
―今後の展望はどのように描いていますか?
まだ医療者の中でも、在宅医療より病院での医療のほうが優れているという意識は消えていませんよね。まずやることは、先程言ったように手術と抗がん剤治療以外の治療を必要があれば提供し、その質を高めていく。そして、専門の泌尿器科の学会で「在宅医療はここまでできるんだ」とアピールしていかなければいけません。また、病院側から「あそこのクリニックは、在宅でこの治療までできるから頼もう」と言ってもらえるクリニックにしていきたいです。
これまで、医師が治療に専念できるような体制にするために、病棟看護師のようにしっかりと治療の知識がある看護師に入ってもらうようにしてきました。すると、専門医にとって新たな働く環境になると気付いたのです。
体力面やワークライフバランスを考えて、在宅医療に興味を持っている医師もいると思いますが、「看取るためだけに医師になったわけではない」と、心の片隅で思っている方も少なくないと思います。治療の知識があり、在宅医療を熟知した看護師がいれば、これまで専門的な治療に従事してきた医師もすぐ入って、在宅医療をすることができると思うのです。これまで治療経験豊富な医師が、在宅医療を進める―。まさにこれは私が思い描いている在宅医療です。このような「看護師×治療医」の在宅医療モデルを、宇都宮市で作っていきたいと思っています。
現在、非常勤で消化器外科専門医や糖尿病内科専門医、心臓外科専門医が入ってくれています。多様な専門医に入ってもらいながら、患者数を1000人といわず2000人くらいまで増やし、宇都宮モデルの在宅医療体制を整えていきたいですね。
(インタビュー/文:北森 悦)