臨床と研究、二足の草鞋を履く意
―1週間をどのようなスケジュールでお過ごしですか?
整形外科の中で脊椎、特に側弯症を専門分野とし、月曜日と金曜日に手術を、その間に外来をしています。整形外科の医局長をしているので、研修中の専攻医のプログラムの整備にも関わりながら、研究も続けています。
―臨床、研究、医局のマネジメントとお忙しいですね。
1日は24時間と限られていますから、自分の時間とのバランスもみながらですね。いまは研究に十分な時間を避けているかというと難しいところです。それでも外科医として臨床に関わっていると、研究しているだけでは得られない視点を持つことができます。これを研究に生かさなければいけない、という使命感があります。
側弯症の手術には8時間以上かかることもあります。1日がかりで、助けられる患者さんの数は1人。しかしこの視点を研究に活かし、良いアイデアを生むことができれば、多くの手術に少しずつ良い影響を与えられます。これは大切なことだと思っています。
―製薬会社のための啓もうプロジェクト、『ホワイトプレイヤー(http://whiteplayer.jp/)』の医療監修にも参加されています。各科のイケメンドクターが登場する漫画ですね。
先輩からの紹介でお話をいただき、お引き受けしました。漫画のキャラクターを薬の情報の啓もうに役立てようという試みです。
整形外科医は人数も多く、病院の中でも大所帯でキャラクターも際立っているのですが、一般の方の認識ではあまり目立っていません。美容整形(形成外科)と整形外科の区別もつかないのが現状です(笑)。少しでも整形外科のプレゼンスを、高めていけたらと思い協力しています。
整形外科学に見いだす面白さとロマン
—医師を目指したきっかけをお聞かせください。
医療ならば、アカデミズムの追究が直接人の役に立つと考え、魅力を感じ、医師になると決めました。父が整形外科医なのですが、自分の仕事を多く語る人ではありません。それでも父の存在は、深いところで影響しているように思います。
初期研修は、1年間外の病院、1年間は東京大学医学部附属病院に戻るというプログラムでした。1年目は日本赤十字社医療センターで、内科、外科など基本的なことを教えてもらいました。2年目に大学に戻り、整形外科などを学びました。その後、東京大学の整形外科の医局に入局。4年目の頃には脊椎を専門にしたいと考えるようになりました。
―脊椎のどこに魅力を感じたのでしょうか?
まず、整形外科は手術で人の生活の質を上げられる。悪いものを取り除くだけでなく、その人の機能を再建できる点が魅力です。骨を切ってまっすぐに治す大工のようなイメージがあるかもしれませんが、実は患者さんの日常生活動作を深く考察し、運動器の機能再建で現実的なゴールを設定する、非常に繊細な仕事をしています。
特に脊椎には、体を支える柱としての機能と、脳から末梢への指令の中継地点としての機能があるので、診断・治療には神経学的な側面もあり、どこからどう治すかの戦略的な複雑さもあります。手術は細かい作業が多く、整形外科の研修医の中でも苦手意識をもたれている方は多いのですが、ハマってしまうと非常に面白いです。
脊椎の中でも、さらに首、腰など専門が分かれます。私の専門は側弯症です。背骨が曲がり歩きにくくなってしまった方を、手術で歩きやすくできる。そこにロマンを感じます。
サイエンスの面からも、脊椎は、研究するのに面白いテーマです。二足歩行は、人間のユニークな機能であり、それを実現するために何が大事かを考える。
―2014年から2017年には、トロント大学に勤務されています。どのような経緯があったのでしょうか。
脊柱変形や側弯症の勉強をしたいと考え、短い期間で濃いトレーニングを受けられる施設を探す中で海外にも目が向きました。国際学会などでさまざまなビッグネームに話を聞き、後に師匠となるトロント大学の先生と出会いました。交渉の末、clinical fellowとして採用してもらいました。
トロントでは側弯症をはじめ、脊椎の診療と研究に明け暮れました。幸運にも私の師匠は卓越した手術の技術を持ち、それを私に余すところなく教えてくれましたが、今の時代、日本と海外で手術のスキルが大きく乖離することはあまりありません。むしろ圧倒的に違うのは、論理的な戦略の構成力や、カンファレンスでのプレゼン能力、コミュニケーション能力です。
色々な経緯があり2017年に帰国することになりましたが、帰国後に自分で驚いたのは、手術だけでなく、外来が上手くなったと実感できたことです。患者さんのニーズを的確に聞き出し、いまあるエビデンスを整理して患者さんに伝え、治療のオプションをわかりやすく提案するスキルが向上したのだと思います。
師匠の言葉で心に残っているものがあります。「整形外科手術の成功の定義とは何か。それは患者さんの期待を満たすことができるかどうかだ」というものです。たとえば癌専門の外科医の「成功」は、悪いところを完全に切り取って生命予後を延ばすことでしょう。整形外科のように生活の質の改善を目標とする外科医は、患者さんの期待に応えられるかどうかが大事です。
相手の期待が異常に高いと、手術が「成功」しても患者さんはハッピーになれません。逆に痛みさえ取れれば、と思っている患者さんには、必要以上に完全な矯正を施す必要もないわけです。それを防ぐために、あらかじめ相手の期待を正しく理解し、時にマネージしてあげることが大切なんです。「現状はこういったことを受け入れていかないといけないよ」とかですね。よく考えれば当たり前のことですが、それを教え、トレーニングしてくれました。
後輩が憧れる背中をみせたい、そのために
―いま課題に感じることは何ですか?
医局長として考えているのは、自分よりも若い世代に、どのような形で研究の面白さや重要性を伝えていくかということです。海外では、たくさん論文が発表されている。一方で日本からのアウトプットは減っていると言われています。その背景にある、日本と海外のシステムの違いを含めて考えることが大事だと思うのです。
北米では、人的、資金的、時間的なリソースが日本と桁違いであることを実感して研究してきました。日本で研究も臨床も同じようにやろうとすると、かなりの自己犠牲を強いられます。臨床後の夜間や週末を削らないと、研究ができない状況が続くとしたら、人生の大きな負担になってしまいます。
研究をしたいという後輩がいないわけではありません。しかし「あの人ずっと徹夜して家族との生活を犠牲にして活躍しているらしいけど、なんだか大変そう」と思われる姿では、これから若い世代のロールモデルにはなれないと考えます。ある程度の努力が必要なのは当然ですが、それに見合ったインセンティブがなければ、有能な人が離れていくのも当然で、これは非常にまずい状況だと考えています。これは収入の上昇かもしれないし、やりがいのある役職かもしれません。
同時に、論文を書くハードルや負担を下げることも考えないといけません。不慣れな先生も研究をはじめやすいように、研究テーマを一緒に考えてあげたり、英語で書くことに抵抗のある方のサポートをしたり。これは自分から働きかけていきたいです。
そして私自身も後輩のロールモデルとなるために、自分自身の生活の質を担保しつつ、質の高い成果を出し続けられるように、バランスよく活動していきたいです。
―今後、取り組んでいきたいことはありますか?
外科医が思いつく研究には、ニーズがあると思っています。医療の体制や社会の構造も含めてユニークな我が国だからこそ、思いつける研究や発信できるメッセージもあるはずです。それをできるだけ効率よく発信できるよう、皆で助け合っていきたいです。
私が今、難しい手術に挑戦でき、研究の環境も整っている大学病院で勤務させていただいていることには大きな意味があると思っています。「やはり大学はスーパースターが集まっている」「対外的なプレゼンスもよく、結果も出している」「自分の情熱のあるところにエネルギーをフォーカスすることができ、努力に見合ったインセンティブがあるのだ」と、若い方に憧れを持ってもらえるポジションにしていきたいです。
(インタビュー・北森 悦/文・塚田 史香)