coFFee doctors – 記事記事

女性医師がキャリアを継続するために ”助けて”と言えるチカラ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 1

記事

 近年、出産、子育てをする女性医師が働きやすい環境を整えるために短時間勤務を導入するなど医師のワークライフバランス(仕事と生活の両立の方法)の多様化が進められています。しかし女性医師向けの体制が整っていたとしても、周囲の環境が変わらなければ、理解も得られないのが実情です。育児や介護などで働ける時間が限られている方々には「家庭の事情と言えども休みにくい」「早く帰れない」「申し訳ない」などといった葛藤が生じることがあります。
さまざまな事情を持つ人がより働きやすい環境となるためにどのようなことが必要か、ご自身も5人の子どもを持ちながら働きつつ、専門医や博士号を取得し留学もされてきた吉田穂波先生にお伺いしました。

「助ける」よりも「助けてもらう」を先に

 困っている人がまわりに「助けて」と言えるようになることが、働ける時間に限りがある人が働きやすくなるための一つの解決策になるのではないかと考えています。自分が助けるのが先ではなく、先にまわりに助けてもらうことで、「あの時助けてもらってありがたかったから、次は私が助ける」というサイクルをつくる、という考え方です。日々の仕事の中で、肩身が狭いと感じていることや、「こんなことで助けてもらって申し訳ない」と思っていること、また、時間は限られているけれども何か周囲に恩返しできることはないかと思っていること、限られた時間でも頑張って役に立ちたいと思っていることなどを周囲に伝えることで、様々なハンデを持つ医師が助け合い頼り合う仲間づくりにつながっていくのではないかと思います。

 人に助けてもらいたい時、どうしても「こんなことで助けを求めてはいけない」「私が我慢すればいい」といった考えがよぎって、助けを求めにくくなってしまうことがあります。それは、私たち日本人が小さい頃から「困っている人がいたら助けてあげなさい」と言われる一方で「人に迷惑をかけてはいけない」と言われて育ってきているからです。特に医療従事者や地域支援者のような、普段から人を助けることを生業としている場合、人を助けることに自分の存在価値を置いていることが多いため、自分が助けられることが苦手で、不安や無力感、罪悪感を感じてしまいます。

 しかし、実際に助けを求めてみると、「そんなに困ってたんだね」と、初めて気づいてもらえ、肩の力が抜け、気持ちが楽になることもあります。自分が頼られると嬉しいのと同じで、自分が頼った相手も、あなたに頼られて嬉しいのです。なぜなら、人に頼るということは、相手に対する信頼や評価の証だからです。

ですから、誰かに助けてもらった時には、助けてくれた相手に感謝と喜びと恩返しの気持ちを十分に伝えるだけでいいんです。「自分が人の役に立った」「感謝された」「喜ばれた」と思うだけで、相手を喜ばせ、健康状態を改善し、メンタル面にも良い影響があり、十分ご恩返しになっているということを知ると、少し気が楽になります。私もそうだったのですが、助けを求めるような切羽詰まった状況にいると、自分に対して否定的な状態になりがちです。その様な状態から、誰かに力を貸してもらっても申し訳なさを感じ、謝ってばかりで素直にありがとうと言えなかったり、自分の置かれた状況をますます辛く感じてしまったりすることがありました。そういう時にこそ、「すみません」ではなく心を込めて「ありがとう」と言うことで、自分も感謝の気持ちがより一層沸いてきますし、相手も嬉しいと思ってくれるものです。いつもニコニコしながら「ありがとう、ありがとう」と言ってくれているおばあちゃんが患者さんだったりすると、自然と何でも助けてあげたくなっちゃいますよね。

日本とアメリカの違い ―困ったときに声を上げる

 私自身、ハーバード大学に留学している時に経済面で苦労し、追い詰められた状況になりました。言葉もおぼつかず、医療制度や社会資源が分からない中、小さな子どもをたくさん連れた状態で、自分と家族の生活を守るため頻繁にまわりに助けを求めました。そうして助けてもらえた時に、貧乏留学生である私が大いに喜び感謝したことで、相手の方は大変喜んでくれたのです。その姿を見て、「助ける側の『人助けをしたい』という気持ちが満たされると、こんなにも嬉しいんだ」ということを頼る側として初めて実感し、みっともない、恥ずかしい、情けないと思っていた気持ちが吹き飛び、楽になりました。そして、これは、人に頼れなくなっている次世代の方々にも伝えていかなければと思いました。

 その経験をした時、米国にいたということも大きく影響したと思います。米国では「女性は良き妻、良き母親であるべき」という概念よりも「男性であっても女性であっても、自分がいかに幸せになるか」といった自分自身の意志を大切にしている文化のように感じられましたので、今まで「何てずうずうしくて身勝手なんだ」と思っていたようなことも「頼っていいんだ」と思えるようになりました。

 また、米国は宗教や文化、肌の色などに違いのある人たちが共に暮らしている多様性を持った社会ですので、できるだけ誤解を生まないため、つまりお互いの身の安全のためにも、良い人間関係をつくるコミュニケーションの方法を大学で教えていました。いつ銃で撃たれるかも分からないというような社会の中では、少しでも相手を傷つけたり侮辱したと思われたりしないような配慮が必要です。そのため、言いにくいことを伝える際にも相手のことを尊重しつつ、相手を喜ばせ、相手をねぎらうようなコミュニケーション方法(アサーティブ・コミュニケーション)が確立されているのを見て、助けてもらう時にも、そのようなコミュニケーションが大切だと思いました。

◆もしも苦しい状況に置かれたら

 誰にも相談できずに、じっと我慢し続けて、辛くなった経験はありませんか。自分の悩みを言い出せなかったのは、なぜですか。

もし今、とても苦しい状況に置かれている場合は、誰かに「あなただから、助けて欲しい」「信頼しているから、相談に乗って欲しい」と言ってみてください。そして、少しでも力になってもらった時には今よりもっと強く「ありがとう」「本当に助かった」「自分だけでは、乗り越えられなかった」と感謝の気持ちを伝え、「いつか必ず、ご恩返しをします」「ほかのことで、カバーします」「数年後に子どもの手が離れたら、今の10倍働きます(子育て中で当直を免除してもらった場合)」「先生が親の介護で大変な時には私が代わりに当直します(時短勤務にしてもらっている場合)」「私が先生の目の代わりになって添付書類や論文を読みます(上司が老眼の場合)」などと言ってみましょう。そして助けてもらったことで成長し、相手とのきずなを強め、いつか、誰かを助けてあげることのできる、そんな自分になりたいものですね。

(聞き手 / 左舘 梨江)

○「受援力ノススメ」
http://honami-yoshida.jimdo.com/受援力-について
(「受援力」についてわかりやすくまとめられたリーフレットはこちらからダウンロードできます。)

  • 1

医師プロフィール

吉田 穂波 産婦人科・公衆衛生

1998年三重大学医学部卒業。聖路加国際病院で臨床研修ののち、2004年名古屋大学医系大学院にて博士号を取得。その後、ドイツとイギリスで産婦人科及び総合診療の分野で臨床研修を行い、帰国後は女性の健康に特化した女性総合外来に携わった。2008年にハーバード公衆衛生大学院に留学し、公衆衛生修士号を取得。同大学院のリサーチフェローとして、少子化対策に関する政策研究に取り組む。帰国後、東日本大震災では妊産婦や乳幼児のケアを支援する活動に従事。現在、国立保健医療科学院において、研究者の育成、災害時の母子保健システムに関する研究、国の政策提言等に貢献している。4女1男の母。著書に、『「時間がない」から、なんでもできる!』(サンマーク出版)、『安心マタニティダイアリー』(永岡書店)がある。

↑