10代の2割はお腹の悩みを抱えている
記事
「小学校の男子トイレで、大便ブースにいるとからかわれるのが怖くて、腹痛の時はひたすら我慢する。本当に苦しい。」
「授業中にトイレに行きたいと言い出せない」
などといった10代患者の悩みを聞くことがあります。学校とトイレは密接であるにも関わらず、時代の変遷を経ても大きな変化はみられません。一方、学校の先生方と話をすると、過敏性腸症候群(IBS)を含めた、腹痛に困っている学生の割合が意外と多いことに驚かれます。
欧米の研究では、児童のIBS症状が家庭内、学校でのストレスや、虐待との関連が含まれていることが指摘されており、学校現場において、子供の腹部症状から何らかのSOSを汲み取るサインとして有用と言われはじめています。
IBSを訴える児童が、学校などで自由にトイレに行けないケースなどでは、症状が別のトラウマを作り悪循環に陥ることもあります。例えば、上記で述 べたケースや、模擬試験で長机の真ん中の席になった時に、トイレに自由に行けない恐怖で不安が増強してしまい全力が出せない、通学バスが恐怖で起きると腹痛がでる、などです。
今回は、中学〜高校生のうちがどの程度、おなかの症状で困っているのかを調べた疫学論文をご紹介します。
<対象>
コネチカット州の中学生(7年生、平均年齢12.6歳)高校生(10年生、平均年齢15.6歳)507名
<質問紙>
消化器症状質問紙、不安(STAI)、うつ(Children’s Depression Inventory)に関する質問紙
<結果>
・この1年間で腹痛を経験した→75%
・毎週腹痛が起こる→13-17%
・IBSに該当 中学生→8%, 高校生→17%
・この1年間に腹痛について病院を受診→8%
・IBS該当者の不安・うつスコア高値だった
この研究は1996年発表とやや古めではありますが、大方の割合は現在と変わらないと考えます。この論文では腹痛を有する学生が頭痛を有する割合が高かったとも述べており、不安・うつスコアとの関連も含めて、脳と腸の関連が疑われます。
なぜIBSを含めた機能性消化管疾患は若い人に発症しやすいのかについて、動物モデルなどを用いた研究が進んできています。若年者は神経の可塑性 (かそせい)が高いことにより、神経線維のシナプス分布や神経とホルモンのバランスが崩れ、それが戻らずに固定化しやすいなどとの説が言われています。ス トレス刺激と、記憶や情動をつかさどる海馬や、ネガティブな感情処理を行う扁桃体などが特に影響を受けやすいとされています。
言語化スキルや人生経験が少ない若年者にとって、周囲サポートを受けた情動処理は時に困難です。「腹痛」という症状は、もしかしたら心の身体化症状で、大人へのSOSかもしれません。
医師プロフィール
田中 由佳里 消化器内科
2006年新潟大学卒業、新潟大学消化器内科入局。機能性消化管疾患の研究のため、東北大学大学院に進学。世界基準作成委員会(ROME委員会)メンバーである福土審教授に師事。2013年大学院卒業・医学博士取得。現在は東北大学東北メディカル・メガバンク機構地域医療支援部門助教。被災地で地域医療支援を行うと同時に、ストレスと過敏性腸症候群の関連をテーマに研究に従事。この研究を通じて、お腹と上手く付き合えるヒントを紹介する「おなかハッカー」というサイトを運営。また患者の日常生活課題について多職種連携による解決を目指している。
【おなかハッカー】