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よりよく生きるための技術

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皆さんは、「ライフスキル」という言葉をご存知でしょうか。「よりよく生きる」ために必要な技術として、世界保健機関(WHO)が定義した言葉です。車を運転したり、料理を作ったりするのも技術ですが、ストレス社会と言われ、多くの人が幸せを感じづらくなっている現代においては、よりよく生きるために自分の心をマネジメントする技術が必要とされています。その「ライフスキル」について、スポーツ心理学の辻先生が解説します。

 

こんにちは。ごきげんいかがですか?

世界保健機関(WHO)は、1993年に「ライフスキル」という概念を打ち出しました。「個人が日常生活の欲求や難しい問題に対して効果的に対処できるように、適応的、前向きに行動するために必要な能力」と定義されていますが、簡単に言うと、「よりよく生きるための技術」ということです。

この概念をより具体化したメソッドを、私はスポーツドクターとして、約20年間にわたって多くの方にお伝えしてきました。私がお伝えしている「辻メソッド」は、自分の心のあり方は自分でつくるという心のマネジメントの方法に特徴があります。心をマネジメントするということは、いつも自分の心の状態に目を向け、心を大事にして生きるということです。

冒頭で、私は「ごきげんいかがですか?」とおたずねしました。「ごきげん」とは気分、すなわち「心のあり方」です。

何気なく交わされるこの挨拶ですが、みなさんは自分の「ごきげん」について1日のうち、どれだけ関心を払っているでしょうか。自分が今、どんな心の状態でいるかなど答えられる人はきっと少ないはずです。その証拠に、たいていの人が先ほどの質問に対して「まあまあ」とか「ぼちぼち」とか曖昧に答えていますよね。「最高にごきげんです!」と答える人はあんまりいないのではないでしょうか。

不思議だと思いませんか?

これは、私たちが日常生活の中で、自分の「ごきげん」に無関心であり、いろんなものに大事な自分の「ごきげん」を「持っていかれて」生きてしまっているということを表しているのだと思います。私がお伝えしたいことを一言で言うならば、これまでの生き方に加えて「もっと自分の心やきげんを大事にする生き方があるんだよ」ということです。

「心を大事にする」と言うと必ず、「じゃあ、結果はどうでもいいんですか」とか「心なんて怪しい」と言う人がいますが、私がメンタル・トレーニングしているアスリートは、結果を追求している人々ばかりです。勝負の世界に生きる彼らにとって、結果が大事であるということを、私は痛いほどわかっています。そのため、私は心だけでいいということを言っているのではありません。結果が大事だからこそ、「心を大事にする道」も歩いたほうがいいですよとお伝えしたいのです。

スポーツ選手がいい結果を出すために、身体のトレーニングと同じくらい「心を整える」ことに注意を払っているのはなぜでしょうか。

それは、心のあり方が私たちの行動に大きな影響を与えるということを、彼らが体感としてよく知っているからです。みなさんはこんな経験をしたことがないでしょうか。心が元気で健康なとき、体もよく動いたとか、ごきげんなときに正しい判断ができたとか。これまで無意識ではあっても、体感としては知っているはずです。いい判断ができたとき、何かに没頭できたとき、問題をうまく解決できたとき……。そんなときに、私たちは無意識にライフスキルを使っているのです。

心が行動に影響するということを科学で証明することは、少し難しいでしょう。科学の世界では、心=脳であるという考え方がありますが、私は、心と脳は別のものだととらえています。端的に言うと、心は「感情の表れとしての状態」を、脳はその「状態を生み出す機能を持っている器官」であるという考え方です。

例えば、そこに花が咲いているとします。赤い花だとか、チューリップだとか、誰がこんなところに植えたのだろうとかを判断したり考えたりするのは脳です。そして、その脳の働きを受けて、感動だとか、幸せだとか、ありがたいなどといった心の状態が生じるというわけです。つまり、「心の状態」は脳がつくりだしているということです。

しかし、私たちの心の状態、すなわち感情は、数値化することができません、「うれしい」という感情があったとしても、どのくらい「うれしい」のかということを測る技術がないのです。さらに困ったことに、その「うれしい」の中身が、人によってさまざまであるという問題もあります。例えばAさんは、飛び上がるほど興奮しているときに「うれしい」と表現しているのかもしれないし、一方Bさんは、穏やかに幸せを感じているときに「うれしい」と表現しているのかもしれないのです。そして、心が影響を与えるのは、「行動の内容」よりも、「行動の質」であることが多く、これもまた数値化や定量化が難しいのです。

少し話がややこしくなってしまったかもしれませんが、それだけ私たちの心と行動の関係は、「見える化」しにくく、なかなか科学のメスが入れられないという現状なのです。もう少し科学が進歩すれば、心を数値化する技術が生まれ、心と脳や、心と体の関係をもっと解明できるのかもしれません。

しかし、たとえ今科学の力が及ばなくても、私たちは心というものが見えなくても存在しているということを知っています。そして実際の体感や体験を通して、心と脳と体はつながっているということも、たくさんの人が感じ取っているはずです。

このように、心が行動に影響を与えるのであれば、よりよく生きるためには、よりよい心の状態でいることが大切だということもおわかりいただけると思います。

この「よい心の状態」を自分でつくる方法が、私の提唱するライフスキルなのです。

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医師プロフィール

辻 秀一 スポーツドクター

エミネクロスメディカルクリニック
1961年東京都生まれ。北海道大学医学部卒業後、慶應義塾大学で内科研修を積む。同大スポーツ医学研究センターでスポーツ医学を学び、1986年、QOL向上のための活動実践の場としてエミネクロスメディカルセンター(現:(株)エミネクロス)を設立。1991年NPO法人エミネクロス・スポ-ツワールドを設立、代表理事に就任。2012年一般社団法人カルティベイティブ・スポーツクラブを設立。2013年より日本バスケットボール協会が立ち上げた新リーグNBDLのチーム、東京エクセレンスの代表をつとめる。日本体育協会公認スポーツドクター、日本医師会公認スポーツドクター、日本医師会認定産業医

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