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「理想の医療」を見える化すると?〔2〕-タイの場合

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日本の地域と理想の医療像との関係を明らかにする、日本初の研究を行った井階友貴先生。同様の研究をタイ王国の都市部と農村部でも行うことになりました。日本とタイ、その違いは。

◆タイ王国でも同様の研究を実施

ちょうどこの研究の解析を進めていたとき、たまたま機会を頂戴し、タイ王国でも同様の研究を実施させていただけることとなりました。タイには「行ってみたいな~」とは思っていましたが、まさか仕事(研究)で行くことになるとは、夢にも思っていませんでした。しかも、今回お邪魔したのはコンケン県というタイ北東部の、通常は観光ではなかなか行かない地方都市です。中心地はタイらしい市場や寺院でにぎわうエリアなのですが、少し離れるとのどかな農村が広がっています。

今回、コンケン市中心部と、ドンヤン村という農村の2つの村で複数回インタビューをする機会を得て、日本での方法と同じ方法で(といってももちろん通訳を挟んで!)研究を実施しました。そして書き上げた論文が、「タイ王国における都市部および地方の住民の考える理想の医療:質的研究」です。

「タイ王国における都市部および地方の住民の考える理想の医療:質的研究」

Ikai T, Yamtree S, Takemoto T, Tamura T, Kanayama H, Sato K, Kusaka Y, Hayashi H, Terasawa H. Medical care ideals among urban and rural residents in Thailand: a qualitative study. Int J Equity Health. 2016 Jan 5;15(1):2. doi: 10.1186/s12939-015-0292-6.

◆タイ王国の医療の特徴

私もタイ王国の医療事情はこの研究を機に初めて触れたのですが、まず人口1000人当たりの医師数は、国全体で約0.3人であり、OECD諸国平均の約10分の1しかありません。しかも、都市部と地方で医師数に約5倍以上もの差があるのです。その代わりに、よくある病態に看護師が医療行為を行うという、日本には無い制度があります。また、国策で約100万人の保健ボランティアが養成されており、日本でいうところの民生委員さんのように、地域の巡回活動や相談業務を実施されています。

また、当時は「30バーツ制度」といって、1回の受診の自己負担額を一律30バーツとした制度が浸透し、皆保険となった状況でした。しかし、それでも住民たちはあまり病院にはかかろうとしません。インタビューの中でも、病院でどのような医療が提供されているのか知らないという方がほとんどで、日本よりもリテラシーが低い印象を持ちました。しかも、先行文献を探っていると、一般的には医療の利便性の悪い地方では利便性の良い都市部に比べてQOLなどの指標が悪くなるというのが一般的(私の日本で行った調査でも同様の回答でした)なのですが、タイでは同じ程度か、報告によっては地方の方が良いとするものすらあって、関心を持った次第です。

◆タイ国民の理想とする医療

結果、主要な5概念が存在すること分かりました。

①地域に見合った医療

②地域での生活の支援

③医療関係者を地域に感じる安心

④医療サービスに期待しない健康的な生活

⑤医療面の地域自治・地域奉仕の精神

興味深いことに、今回の2つの地域では、都市部と農村という違いは明確ながら、理想の医療には違いが認められませんでした。これは、タイでは医療の利便性によって評価指標が左右されないという先行文献を支持するところになるかと考えますが、その理由を考察してみると、概念にも表れているように、医療サービスの能力や手技に対する理想が少なく、医療サービスに頼らない健康的な生活を、地域のメンバーを家族と捉えながら、互いに支えながら送っているためと考えられました。もちろん、首都バンコクでは富裕層移住者専用の病院が存在するなど、概念が異なる可能性はありますが、確立した研究手法により実施した一研究結果として、本研究が次へとつながっていくことを期待しています。

井階先生(2)写真1
一緒に活動した日本/現地スタッフグループ〉

◆一連の研究を実施してみて

今回、もともとは自分の素朴かつ壮大なリサーチクエスチョンに答えを出すために始まった質的研究の展開でしたが、ただ単に答えを出せただけでなく、その後の活動に大きな影響を与える結果となりました。普段の臨床で、患者中心の医療を目指して患者さんの想いをできるだけ汲み取ろうと精いっぱい努力していたつもりでしたが、やはり医師―患者の関係の中からでは言いにくいこともあったようで、研究者―住民の関係の中で新たに知る患者・住民の思いがたくさんあり、ハッとさせられることが何度もありました。

最終的には、住民はさまざまな意味での「accessibility(アクセスのしやすさ)」を求めているのだと思います。住民にとって、医療は「難しい」「わからない。でも必要」「いつ必要になるかわからない」という状態です。誰しもどこかでこの漠然とした不安から逃れきれずにいて、その結果今回の一連の研究であぶり出された概念に昇華しているのだと痛感しています。今回の経験を経て、地域の中に入って行って住民の方と交流することに抵抗がなくなりましたし、地域主体の健康まちづくりが重要であると考え、取り組みに移すことにもなりました(こちらhttp://coffeedoctors.jp/doctors/2566/もご参照ください)。この報告が同様の悩みを抱える同士に何か伝わるものがあったり、各地の医療の根本的な改善に少しでも寄与できたりするのであれば、これ以上のことはありません。

「理想の医療」を見える化すると?〔1〕-日本の場合

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医師プロフィール

井階 友貴 総合診療医

福井大学医学部地域プライマリケア講座/高浜町国民健康保険和田診療所講師
ハーバード公衆衛生大学院 客員研究員
滋賀医科大学医学部卒、済生会滋賀県病院、「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動で有名な兵庫県立柏原病院を経て、高浜町国民健康保険和田診療所に勤務。2009年からは高浜町の寄附講座「地域プライマリケア講座」助教 兼 同診療所長として勤務、「たかはま地域医療サポーターの会」の立ち上げにかかわる。2012年より同講師。2014年よりハーバード公衆衛生大学院にて地域の絆と健康を醸成する活動を研究。住民、行政、医療者が三位一体となった理想の地域医療を追求し、医学教育、住民啓発に奮闘し、研修生や住民の地域医療に対する意識の変化を促している。

井階 友貴
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