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自分自身の“機能”を左右する“心”の状態

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記事

よりよく生きるために、「自分の心を大事にする」ことの重要性を伝えている、スポーツドクターの辻秀一先生。今回は、心の状態と人間の機能の関係性、そして自分自身の心の状態への向き合い方を教えてくださいます。

◆「ごきげん(フロー)」と「不きげん(ノンフロー)」

「ごきげん」と言うと、ウキウキ、ワクワク、楽しい状態でなければいけないと思われがちです。でも私が言う「ごきげん」とはもう少し幅広いものです。ゆらがず、とらわれず、余裕がある感じも「ごきげん」です。集中とリラックスが共存している感じも「ごきげん」です。反対に「不きげん」は、余裕がなくて焦っている感じ。何かにとらわれて集中力を失っていたり、心がざわついている感じも「不きげん」に入ります。

「ごきげん」か「不きげん」かは、心理学用語で「フロー」か「ノンフロー」か、と言い換えることができます。フロー、ノンフローという概念はシカゴ大学の心理学の教授だったチクセントミハイ博士が提唱したものです。博士は、人間は、何かに没頭しているときに抜群の集中力を発揮し、喜びに包まれると言っています。この心の状態がフローです。

みなさんも、何かに没頭しているうちに時間がたつのも忘れていた、という体験をしたことがあると思います。「ひとつの活動に深く没入しているので、ほかの何ものも問題とならなくなり、その経験それ自体が非常に楽しいので、純粋にそれをするということのために多くの時間や労力を費やすようになる心の状態」、それが、博士の言うところの「フロー」という状態です。

このフロー理論はスポーツやビジネスに応用され、画期的な成果をあげています。フローをもっと突きつめると「ゾーン」になります。スポーツをされている人だったら、聞いたり、経験したりしたことがあるかもしれません。ゾーンに入ると、何をやってもうまくいく気がして、不安も焦りもなく、気持ちが集中して、自分が持てる最大の能力が発揮できます。ゆらがず、とらわれず、「無」に近い状態です。

チクセントミハイ博士の提唱するフローや、スポーツの世界で語られるゾーンの概念は、私の言う「ごきげん」よりは、もう少し狭義の意味でつかわれている特別な心の状態です。最もフローな状態であるゾーンをいきなりめざすことは、とても難しいと言わざるをえません。スポーツ選手でも、「ゾーンに入らなきゃ」と思うあまりに、かえって心がゆらいでノンフローになっている選手がたくさんいます。

私はもう少し気楽な感覚でいいと思っています。チクセントミハイ博士の言うフローやスポーツの世界で言うゾーンまで行かなくても、「ごきげんっぽく」なればいい。もっと言えば、「不きげんっぽい」状態にあっても、わずかでも針が「ごきげんっぽい」のほうに振れるように切り換えられれば、立派に自分の心にフロー化を起こすことができたということになります。

◆「ごきげん」になると人間の機能は上がる

そしてここからがとても大切なのですが、フローに傾くと人間としての機能が上がり、ノンフローに傾くと機能が下がるという法則があります。フローを突きつめてゾーンに入れば、自分が持っている最大の信じられない力が出ますし、反対にノンフローが進んでしまって「鬱」になれば、自分の機能はほとんど発揮できません。つまり「ごきげんっぽい」ほうに針が傾けば傾くほどパフォーマンスの質は上がり、逆に「不きげんっぽい」に傾けば傾くほどパフォーマンスの質が下がるのです。

人間は常に「ごきげん」と「不きげん」の2つの心の状態の間で活動しています。「ごきげん」に傾いているときは自分の機能が高くなり、「不きげん」に傾いているときは機能が落ちていることに気づくのが重要なのです。

◆「ごきげん」の2つの価値

人間としての機能が上がることには、2つの価値があります。

ひとつは心理学的な意味合いで機能が上がることです。モチベーションが上がり、前向きになり、自分の能力がのびのびと発揮できるようになります。感覚で言うと、何か視野が広がる感じで、今まで気づかなかったことに気づいたり、何かうまくいきそうな気持ちになります。

もうひとつは医学的な意味合いで機能が上がる、つまり健康度合いがアップすることです。免疫の機能が上がって、体の調子もいい。感染症にもかかりにくいし、ガンや動脈硬化も進みにくくなるというようなことが起こります。

心の状態によって、機能が上がったり下がったりする身近な例をあげてみましょう。

あなたの目の前で電車の扉が閉まったとします。あなたは腹が立つでしょう。もう心は「不きげん」でいっぱいです。その状態で、次の電車を待つ間に本を読もうとしても、腹が立っているので内容があまり頭に入りません。それは、あなたがバカになったわけじゃない。人間としての機能が落ちているだけなのです。

さらに、あなたの前にたまたまお年寄りが立ちました。でも不きげんなときは席を譲りたくないもの。あなたは「どうしてわざわざ私の前に立つのよ」と思います。これも、あなたの性格が悪くなったわけではありません。心が「不きげん」だと自分の機能が落ちるので、席を譲るという質の高い行動ができなくなるのです。

このように、「ごきげん」か「不きげん」か、心の状態次第で自分の機能が変わり、行動にまで変化が起こるのです。

◆自分の心の状態に気づき、切り替えることが大切

そして、ここでひとつ注意点を申し上げておきます。とても大切なことです。

それは「ごきげん」がよくて「不きげん」が悪いと言っているのではないということです。「ごきげん」も「不きげん」も、ただの心の状態です。私はただ、人間の心の状態はこうなっていて、こういう法則がありますよ、と言っているだけです。あなたもこの法則の例外ではなく、この法則の中で生きているということを知ってもらえれば、まずはいいのです。

人間の心の状態は、ちょうど携帯電話のアンテナと同じだと私は思っています。アンテナには、1本、2本、3本のときや圏外のときがあります。どこかで圏外になっても、携帯電話が壊れているわけではありません。それは、携帯電話の状態のひとつです。

でもあなたは、圏外だと気づいたらどうするでしょうか?圏外じゃないところに移動するなど、何らかの行動を起こします。携帯電話だったらこのように対処できるのですが、自分の心の状態に置き換えるとどうでしょう。多くの人は「不きげん」という「圏外」になり、人としての機能が悪くなっても、そのままにしているのです。むしろ圏外であることにさえ気づけずに電話しようとしている。だから最適なアクションを起こすことができないのです。

そのため私は、「不きげん」をなくそうとか、いつも「ごきげん」でなきゃいけないと言っているのではなくて、心の状態に気づいて少しでも切り替えてほしいと思っているのです。そうすれば、心の状態をまず整えて、適切な行動をとることができるようになる。これが「心を大事にする」ということなのです。

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医師プロフィール

辻 秀一 スポーツドクター

エミネクロスメディカルクリニック
1961年東京都生まれ。北海道大学医学部卒業後、慶應義塾大学で内科研修を積む。同大スポーツ医学研究センターでスポーツ医学を学び、1986年、QOL向上のための活動実践の場としてエミネクロスメディカルセンター(現:(株)エミネクロス)を設立。1991年NPO法人エミネクロス・スポ-ツワールドを設立、代表理事に就任。2012年一般社団法人カルティベイティブ・スポーツクラブを設立。2013年より日本バスケットボール協会が立ち上げた新リーグNBDLのチーム、東京エクセレンスの代表をつとめる。日本体育協

辻 秀一
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