近い将来訪れる多死社会により在宅医療の需要が高まる中、病気や障害があっても安心して自宅で最期まで過ごせる体制の整備が課題となっています。しかし24時間対応や看取り対応の困難さから、在宅医療を行う診療がなかなか増えていない現状があります。
在宅療養支援診療所の制度が2006年から、在宅医療に特化した診療所を展開している医療法人社団悠翔会。2015年12月10日に開催された法人主催のイベントの中で、在宅医療のパイオニアとも言える悠翔会が目指してきたこと、そして今後目指していくことについて、理事長の佐々木淳先生より報告されました。その内容をお伝えします。
ー悠翔会についてー
在宅医療にほぼ特化した医療法人で「機能強化型・在宅療養支援診療所」を東京近郊に現在9カ所展開している。法人全体で23名の常勤医師が勤務。365日24時間体制で、終末期や重症の患者、医療依存度の高い患者にも対応。2014年度は2,131名の在宅患者を診療し、その内401名を在宅で看取っている。
http://yushoukai.jp/
◆悠翔会これまで行ってきた取り組み
質の高い在宅医療とは
2006年に「在宅総合診療と確実な24時間対応」をキーワードに開業後、在宅の患者さんが病院に行かなくともさまざまな診療科を受診できるようにと診療科の充実に努めていた悠翔会。2010年には、24時間体制を確実なものとするために、「救急診療部」という当直医による制度をつくりました。
質の高い在宅医療を提供できる体制づくりを目指してきた佐々木先生たちですが、その中で在宅医療の質についての本質的な疑問が沸いてきたといいます。
「これまで『私たちはこういうことができるから、地域で使ってください』というプレゼンテーションをしてきました。しかし果たしてそれでいいのだろうか、地域の求めるものと違うものを押し付けて、その中で無理やり自分たちの事業を成り立たせるといるのではないか……という思いが出てきました。そこで、自分たちが『何ができるか』ではなくて、自分たちが地域で『何をすべきか』という視点を持たなければならない、という考えを持つようになりました。」
地域のニーズを探る
地域のニーズはどこにあるのかを探るため、悠翔会は積極的に地域に出て行く活動を始めました。その具体例として、足立区における「悠翔会在宅クリニック北千住」の取り組みが紹介されました。
北千住周辺は小規模の病院が数多くあることから、何かあった時にはどこかの病院がすぐに受け入れてくれるという環境にあるといいます。そういった背景や、ケアマネージャーの多くが末期の患者さんをみるのは大変だと感じていたこと、24時間体制で在宅医療を行っている診療所が少ないということなどから、この地域での在宅看取りは難しいと言われていたそうです。
そこでまずはケアマネージャーのための勉強会を定期的に開催しました。医療介護連携のための取り組みや、看取りや認知症についての実践的な学びの場を提供する他、病院から在宅にどのようにつなぐか、亡くなられた方への振り返りの活動などのケースカンファレンスを実施するなど。今もこの勉強会には毎回100~200名のケアマネージャーが参加されているそうです。
それ以外にもう一つ、地域で働いている一人ひとりが団体としてのつながりではなく、個人同士で仲良く挨拶できるような関係になろうと「足立カフェ」という場づくりも2年前より始めました。ここでは悠翔会在宅栄養部の管理栄養士が地域のヘルパーに介護食や嚥下食の作り方を教えるなどといった取り組みをしています。
このような取り組みを、クリニックを開業する1年前から地道に続けてきたところ、開業3年目には、亡くなられた患者さんのうち80%近くの方を在宅で看取ることができたそうです。
「こういった取り組みというのは地域ごとにニーズが違いますから、地域ごとに取り組んでいかなければなりません。」と佐々木先生は話されています。今後他の地域でも地域の方と関わる機会をつくっていくと語っていました。
◆悠翔会の今後と在宅医療全体の課題
在宅での看取りが難しい
来年度以降の悠翔会の取り組みについて語るにあたり、在宅医療全体の課題とその解決策についてもお話されました。
「2040年には年間の死亡者数が今よりも40万人増えるといわれています。そんな多死時代を迎える日本において大きな課題となっていることは、在宅医療が普及していないために、在宅で看取りが進んでいないということです。」
佐々木先生の報告によると、在宅療養診療所の届出をしている診療所は全国で1万2千件ありますが、そのうち100名以上の患者さんを診ている診療所は千件程度で、割合にすると0.2%しかないそうです。また、1万2千件のうち約半分は看取りを経験したことがなく、さらに看取りを経験したことがあるという診療所でも、年間1~3名程度という所が大半だそうです。そのため悠翔会のように一カ所で数十名から100名規模を看取るというのは非常にレアな存在であるとのことでした。
「24時間対応」を地域全体で支える仕組づくり
そこで、悠翔会は地域全体で看取り力を向上させることが必要と考え、「在宅医療を増やすために地域での役割分担をすること」と、「医師一人あたりの対応患者数を増やすこと」をその方策として掲げました。
「在宅医療の最大の参入障壁は、やはり緊急対応です。『24時間コールを持ち続けてください』と言われて『やります』と手をあげる人はほとんどいないと思います。実際にアンケートを行ってみると、緊急対応が一番負担になっているということがわかりました。そこからは『在宅での看取りは大変だし、何より自分の体力が心配である』というお医者さんたちの実情が見えます。開業医の平均年齢は58歳です。58歳で24時間コールを持つなんていうことをしたら、みんな過労死で死んでしまいます。ここをバックアップしないとやはり在宅医療は増えていかないんじゃないでしょうか。」
在宅医療を担っている病院や診療所の中で圧倒的に多いのは、医師が一人で外来をしているような町の個人クリニックとなります。そのようなところの緊急時対応を、悠翔会のような当直医制度を取り入れているクリニックが支援することができれば、在宅医療や看取りに取り組む医師はもっと増えるのではないか、と佐々木先生は提案されました。
診診連携の課題と解決策
しかし、診診連携には実は難しい壁があるといいます。
「診療所ごとの規模や診療圏の違い、認知症や緩和ケアなど専門領域の違い、熱が出たら往診するのか翌朝まで様子をみるのかといった診断基準の違い、カルテの相違による情報共有の困難さ、そして頼む頼まれるという人間関係の煩わしさ、自分が担当する患者さんを他人に任せることの不安や患者さんをとられてしまうかもしれないという不安……などといったさまざまな課題があります。」
その課題解決方法として、「仕組み化をすること」が挙げられました。例えば当直医の対応基準を標準化することに始まり、電話内容や診療内容の記録、電子カルテの共有、契約に基づくシステム化で人間関係の煩わしさを軽減することなどです。これらを仕組み化していくことで、悠翔会では7件の診療所と提携を組み、その結果318名もの在宅患者を診ることができるようになったといいます。
「診診連携をしたことで、まず看取りの数が増えました。これまで年間22人しか看取っていなかった診療所が3倍以上の76人を看取れるようになりましたし、何より看取りをやったことのない先生たちも看取りができるようになりました。そして反対に緊急コールが減りました。これまでは87人に1人がコールしていたのが、233人に1人になったのです。これは主治医の先生方が、夜間を当直の先生に任せると思うと昼間の診療の完成度を高めなければなりませんので、診療の質があがったということだと思います。患者さんの満足度も実は当直の先生が対応してくれるのが実は一番高いんですね。主治医が夜中に眠い目をこすり『行くのが嫌だな』と思いながら対応するのと、トレーニングされた当直医が対応するのとではやはり質が違います。そのため提携する先生方の満足度も非常に高いです。」
悠翔会が目指すこと
佐々木先生は、終末期にそれまでの主治医が往診できず、主治医が変わるということを問題視していました。通院困難になってもその先生が最期まで診てくれるという世の中をつくりたいと考え、悠翔会を立ち上げました。そしてその形態を普遍的なものとするために、現在は一般社団法人の設立をすすめているそうです。
今後、在宅医療専門クリニックとして、常勤医師一人ひとりが難易度の高い患者さんにきちんと対応できる力をつけることと、地域の他の先生方を休日夜間しっかりとバックアップすることを新たなミッションとして掲げ、地域での連携をさらに増やす取り組みをして行きたいと話されていました。
「自分たちのところに利益や患者を囲い込むのではなく、地域で、オープンで診ていく。そういう取り組みを提案していきたいと思います。」
(取材 / 左舘 梨江)