患者が来ないのは、精神科への偏見が原因ではない
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◆精神科医はアルコール依存症者の治療をきちんとしてきたのか?
一生涯のうちにアルコール依存症となる人は107万人いると言われています。現在依存症の人は推定58万人。そのうち専門科を受診している人は4万人です。
飲酒者のレイヤーは、ピラミッド状に下から正常飲酒者、依存症予備軍、依存症といます。精神科を受診している4万人は、頂点の依存症者のなかの4万人なので、最も重症と言えるでしょう。
精神科医は長年、その重症者のことを「中核群」と呼び治療にあたってきました。1日にアルコールを60グラム以上摂取する多量飲酒者が推定1000万人いる中で、そのたった4万人を治療していれば「自分たちの仕事はしている」という認識が広くあったのです。
言い換えれば、多くの治療可能な人を排除してきたということです。「アルコール依存症の人が軽症のうちに来てくれないのは、社会に精神科への偏見があるからだ」と、社会に責任転嫁する発言を多く耳にしますが、それは違うのではないでしょうか。精神科病院が、排他的な治療をしてきたことを認めないと、社会から受け入れられないと思います。
◆治療中断は家族のせい?
以前、こんな方がアルコール依存症の治療にやってきました。
山形県に生まれ酒造関係の家業を継ぎ、長年お酒は非常に身近な存在であった男性。約8年前、65歳の時に体調不良で内科に入院した際、アルコールの離脱症状と思われる、せん妄を発症。その3年後には、酔った状態で犬の散歩をしている最中に転んで骨折し入院。その時に、肝臓がん、胃がんが発見されました。働き出してから毎日4合ほど飲んでいたそうですが、どんどん摂取量は増え、この頃にはお酒を飲むばかりで食事はほとんど取っていなかったようです。その1年後に認知症の疑いもあり当院に来院しました。
入院してもらいお酒を抜いたところ、やはり認知症でした。このままお酒を飲み続けると体が参ってしまい死に至る可能性があることや、認知症が進行することを本人と奥さんに話しました。
すると奥さんは「お酒をやめさせたらかわいそうなので、この人には好きにお酒を飲ませます」と言うのです。試しに外泊をさせてみたら、やはり飲酒を放任され酔っ払って病院に帰ってきました。そんな状態でしたので、家族の納得のもとアルコール依存症治療プログラムを中断し退院することになりました。その後デイサービスなどを利用しても、酔っ払っているなどの理由で行けなくなったそうです。
当時はまだ私も経験が浅かったですし、奥さんから好きに飲ませると言われ「じゃあ好きにやってください」とも思いました。しかし、これを一重に奥さんのせいや、さらには社会から精神科が理解されていないから、治療中断などの問題が起こるのだと片づけてしまうのは、違うと思います。このような患者さんを一人でも減らすために、何ができるのかを考えるのが、精神科の役割なのでないでしょうか。私は、治療面と外部への発信の2本柱で取り組んでいます。
◆患者家族をサポートしてきたか?
一つは、患者家族にも診察を受けてもらうことです。家族もすでに健康を害していたり、うつや睡眠障害、不安症を発症していたりする場合が多いです。診察を通して自身の健康を回復するとともに信頼関係を築き、アルコール依存症などの知識をつけてもらうのです。イネイブラーとなってしまっている家族の考え方を徐々に変えていくことで、家族も患者本人も楽になる面が必ずあります。
患者本人も家族も医師との信頼関係ができてくると、家族や他人に言えなかったことを少しずつ話してくれるようになります。例えば、自分の子どもが自殺した話や、子どもの頃父親がアルコール依存症で虐待を受けていたこと、母親は父親のイネイブラーだったこと、息子が会社の金を横領して肩代わりしてやったことなど――。時には、患者と家族の担当医師を分け、時間をかけてしっかり関わるようにしています。
◆精神科医は地域に出て、啓蒙活動を行ってきたか?
もう一つは、啓蒙活動です。酒田市の健康福祉部健康課と協力し「酒田市心の健康づくり推進事業」の一環として、2012年から2015年まで「自殺予防」をテーマに、コミュニティセンターをローラー作戦で15回以上回り講演を行ってきました。
多くは地区の集まりである飲み会の前座で50~60分話すというものだったのですが、やはり最初のうちは、テーマも暗く、私も慣れていなかったので反応が悪かったです。面白がってもらうために自転車旅行の話を織り交ぜるなど、試行錯誤を繰り返していきました。
試しに他のテーマを織り交ぜてみたら、飲み会の前なのでアルコールの話には興味を示してくれたのです。やはり飲む人たちの集まりなので、アルコールによるがんのリスクなどは熱心に聞いてくれました。途中からはグループワークで巻き込んで面白おかしく展開していったところ、徐々に評判が良くなり、講演後の飲み会に誘われるほど関係性ができ、口コミで広がっていくようになりました。
2016年4月には200人以上が集まる大ホールで、酒田市食生活改善委員の方たちの年1回の会で依頼を受けて講演しました。4年前、講演をスタートした時には、参加者4,5人だったのが、内容の改善を繰り返し継続していったことで、一度に200人もの人に話を聞いてもらうことができたのです。
精神科医は今まで、必ずしもこのようなことをしてこなかったと思います。問題があると思っても、学会で発表するだけではだめです。医師1人でも、辛抱強く続ければ啓蒙活動はできます。社会からの偏見があるのであれば、それを払しょくする努力をしなければいけません。
◆地道に取り組めば、必ず患者の受診につながる
酒田市は人口約11万人です。そのため、口コミがどんどん広がりますし、私の講演を2度3度と聞いている方も出てきていて、保健師並みにしっかりとした助言をしてくれる方もいます。すると近所に少し心配な方がいると「いい先生だから、一度(山容病院に)行ってみろ」と言って、中には病院まで連れてきてくれる方もいます。要するに、サポーターのような方が増えているのです。
例えば、先程挙げた患者家族の周囲に、このような方がいて助言をしてくれれば、もう少し私からの話に耳を傾けてくれ治療を続けられたかもしれません。特別大きなことを一気にやらなくてもいいのです。地道に取り組み続ければ、必ず患者の受診につながります。
医師プロフィール
小林 和人 精神科
医療法人山容会理事長
東京大学医学部卒業。同大学付属病院にて研修後、福島県郡山市の針生ヶ丘病院に就職。平成20年に山容病院に就職。平成23年同病院院長に就任、平成26年より現職