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健康で幸せに暮らすための医療のあり方を明らかにしたい

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記事

家庭医として王子生協病院で研鑽を積んできた密山要用先生。医師7年目の時に、キャリアチェンジを決意し、現在は医学教育学研究の側面から医療に関わっています。根底にある密山先生の想いとは――?

―現在、どのような取り組みをしているのですか?

私は現在、東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センター医学教育学部門で、「人が健康的で幸せに暮らしていくために、医療がどのように関わればいいか」という課題に対して、研究という方法で解決策を探っています。医学教育学の領域では量的研究だけではなく、「なぜ」「どのように」という問いの探索に適した質的研究も積極的に行われていて、それを中心に行っています。

具体的には、大きく2つの側面から研究を進めています。1つが「大都市のプライマリ・ケア」というテーマで、人の暮らしを支える医療専門家の教育や養成についての研究、もう1つが医療専門職と地域住民の協働による街づくりの事例調査です。

「大都市のプライマリ・ケア」のテーマでは、大都市でプライマリ・ケアを担う医師に必要なスキルをリスト化していこうとしています。いわゆるへき地でプライマリ・ケアを担う医師に必要なスキルは、イメージが湧きやすいと思います。ところが、大都市でプライマリ・ケアを担っている家庭医や総合診療医、さらには専門医を持っていて開業している専門科開業医の先生方が、どのようなスキルを持っているべきなのかは明確ではありません。そこで、大都市とへき地の両方で家庭医を経験された先生方にインタビューするなどの質的研究により明らかにしていこうとしています。

一方で医療者側から見ると、大都市は医師数が多いので患者さんは満足していると思われがちですが、必ずしもそうではありません。今後、患者さんや地域住民はどのような医師を求めているのか、どんな医師にかかりつけ医になってもらいたいか、なども調査していきたいと考えています。

もう1つの街づくりの事例調査では、文化人類学の分野で用いられるエスノグラフィーの手法を使って、島根県雲南市の取り組みを調査しています。雲南市では、住民の方と看護師さんたちが一緒にまちづくりを通した健康づくりに取り組んでいるので、それがどのように行われているのかを調査しています。実際に、地域住民と看護師さんたちのやりとりを観察したり、町の人がこの取り組みをどのように感じているのかインタビューしたりして、研究を進めていますね。

―それらの研究がメインの活動ということですね。

そうですね。他には仕事として、総合診療医の専門医認定施設での教育アドバイザーも行っています。月に1~2回病院に赴き、研修医の振り返りを一緒に行ったり、ポートフォリオ作成の指導をしたりしています。他にも研究や教育の合間をぬって、都市と地方計3カ所のクリニックで非常勤医師として外来や在宅診療も続けています。

―なぜ研究というアプローチをしているのですか?

もともと研究に進むつもりは全然なかったんです。研究に進むことになったのは、現在所属している研究室の講師・孫大輔先生からの言葉がきっかけです。

私は医師7年目の時に病院を辞めて、その街に住んでいる人が幸せで、結果的に健康になっていくような街づくりを、医療者として地域に入っていくことで取り組みたいと考えていました。地域の診療所で働きながら、個人的に医療者として街づくりに関わっていこうとしていたのです。そんな時期に孫先生から「それをテーマにして研究として取り組むことができるよ」と言われたのです。その言葉をきっかけに、研究も面白いかもしれないと思ったのです。

―なぜ医師7年目で病院を辞めようと考えていたのですか?

人が幸せに健康に暮らしていけるサポートをしたくて、家庭医を選択しました。ところが後期研修が終わる頃から、自分の医師としての仕事が「人が幸せに健康に暮らしていく」ことにつながっていることが見えづらくなってきていました。病院での日々の忙しさの中で見失っていたんです。

特に東京のような大都市では、困ったときに助けとなるご近所さんや町会などのコミュニティ機能が低下しています。また、家賃や生活費に加えて医療費や介護費など金銭的コストが高いなど、さまざまな要因で、安心して自分の住み慣れた場所で最期まで過ごすことが困難になってしまう方々とも出会います。そして、そのような問題を解決するために医師ができることは、本当に限られています。より「暮らしの場」の中に深く入っていきたい気持ちと、その中で医療という営みを客観的に見たいという気持ちの両方が生まれてきたように思います。

そのような経験をしていく中で、病院で医療を提供しながら、健康問題をきっかけにさまざまな問題が顕在化した状況に対して個別に関わるより、地域の人と人のつながりや街に眠る社会的資源を生かした街づくりに、医療の専門性を活かしながら関わり、その結果、健康で安心して暮らせる環境を街の人たちの手でつくる手伝いをしたほうがいいのではないかと思ったのです。そして、自分はそのような活動の方が、より自分を活かせると考えました。

―研究を通してどのようなことを実現したいですか?

「大都市のプライマリ・ケア」をテーマにした研究では、これからの日本の大都市における医療課題を見える化して、その中でプライマリ・ケアがどのような貢献をできるのかを、医療者―患者を超えて考えていくきっかけをつくっていければと思っています。雲南市での調査研究も同様に、これからの暮らしを守っていくために、住民と医療者がどのような関係性を築いていけばいいのかという問いを、「健康づくり活動」の領域へ投げかけられればと思っています。

臨床の現場には、優秀な医師がたくさんいます。私は研究を通して、彼らを影から支え、都市も地方も、人が幸せで健康に暮らしていける社会にしていけたらと思っています。

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医師プロフィール

密山 要用 家庭医

2008年山口大学医学部卒業。王子生協病院にて家庭医初期研修、後期研修修了。現在は、東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センター医学教育学部門に所属。

密山 要用
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