医師9年目の平野貴大先生は地元・青森県で、メタファシリテーションを活用した地域づくりに挑戦しています。現在の活動にたどり着くまでには、多くの試行錯誤があったという平野先生。どのような過程を経てきたのか、どんな課題感のもと今の活動をされているのか伺いました。
◆暮らしと医療・介護の分断に危機感を覚えた
―現在はどのような活動をされているのですか?
現在は、下北半島最北端の大間町にある大間病院の院長を務めています。同時に、メタファシリテーションという手法を土台に、青森県をフィールドに地域づくりに関連する活動を行っています。例えば、メタファシリテーションを活用できる人を増やすために講演会を行ったり、地域の方々に直接インタビューしてメタファシリテーションを実践する勉強会を行ったりしています。
メタファシリテーションとは、NPO法人ムラノミライが開発した発展途上国の地域開発手法の1つです。当事者に事実のみを質問していく対話を基礎に、何に困っているのか、何が必要なのかを知るとともに当事者にも自分たちが必要としていることに気付いてもらい、当事者主体で活動を組み立てていく方法論です。地域づくりをしたいと思って試行錯誤を繰り返し、2017年に、この手法を開発し実践されているムラのミライに出会えました。
メタファシリテーション:http://muranomirai.org/metafacilitation
―地域づくりを始めるようになった背景には、どのような課題を感じていたのですか?
もともと学生時代、研修医の頃に体験した地域医療実習や研修を通して、地域の高齢化・人口減少とそれに伴う医療資源の減少を、身を持って感じていました。そして、今のままの供給体制では絶対にもたないとも感じていました。
そのような背景の中、医療という文脈ではなく、地域おこしのために山間部の集落に移り住み、事業を始めた浪人時代の友人のもとへ遊びに行ったことがありました。まず驚いたのが、3日程滞在している間、車椅子に乗る高齢者も見なかったし、寝たきりの高齢者もいなかったこと。また、友人から「この集落を紹介するときに『この集落には、おばあちゃんたちが8人います』というんだよね。でも実際には9人いる。なぜ9人と言わないのかというと、その1人は全然会わなくて、どんな人かも分からないから紹介しようがない」という話を聞いたのです。その1人は、デイサービスやショートステイに行っていることが多いとのこと。そのため、同じ集落に住んでいる人たちが会う機会は全然ありませんでした。生活者の視点から地域をみたことで、日常生活と医療・介護が分断されていることを初めて実感しました。
医療の発展に伴い、質の高い医療が安定して供給できるようになりました。一方で医療が専門化したことにより、暮らしと医療の乖離が生じているのではないかと感じています。今後、人口減少と医療資源の減少が進み、供給体制が崩れていくと、取り残される人たちが必ず出てきます。そのことに危機感を覚えたのです。
そして、住民が少しでも医療・介護に触れ、医療・介護が身近であることが大事だと思いました。そこから、住民の暮らしに医療・介護を自然な形で溶け込ませた地域をつくりたいと思うようになりました。
初期研修医の頃からそのように考え始め、地域づくりをしようとしてさまざまな活動をしてきました。メタファシリテーションという方法論が、地域づくりの手法として自分の中で一番しっくり来ているように感じています。
◆メタファシリテーションにたどり着くまでの試行錯誤
-医療・介護を暮らしに溶け込ませたいと活動を始めた平野先生。いくつもの試行錯誤を繰り返したとのことですが、どのような過程がありましたか?
もともと医学生時代にワークショップの面白さを知り、ワークショップを何か活用できないかと考えていたのです。そして研修医2年目の2013年に、コミュニティデザインの講演を聞き、ワークショップを通じてコミュニティデザインを行うことで自分の感じていた課題を解決できるのではないかと思いました。
研修医として青森に赴任後まず、多職種連携に興味を持って活動している方々とのつながりを作ろうと考えました。ところが、「どこにいるかが分からない」という日々が続きました。そこで、多職種連携をしている方々が興味を持ちそうな方を講師に招いて講演会を開催しました。開催前は10人くらい集まればいいかなと思っていたのですが、なんと30人近くの参加者が集まったのです。これをきっかけに、多職種の方々との勉強会の機会をもつようになりました。
そこで集まった方の中の1人が、青森県内で地域づくりをしている人のことを住民に知ってもらうために「青森サミット」を開催したらどうかと提案。青森サミットに参加した住民が医療・介護に興味を持って活動を始めてくれることを期待し、この活動に参加させていただきました。多職種の人とつながり地域づくりに関する情報を発信していくことで、専門職の方々とのつながりはどんどん広がっていき、その方々のアクションにはつながっていきました。そして住民の中にも医療・介護のことに興味を持ち、普段行っている活動に加えて、新たな行動を起こす方も増えてきました。ただ、今まで活動してこなかった人が地域の課題に気づき行動を始めることを促すことはできず、日々その方法はないかを探していたのです。
その後2017年に、たまたま友人からもらった発展途上国の地域開発に関する本を読んでみたら、まさに自分が直面している課題と同じことが書かれていたんです。そしてメタファシリテーションを知りました。
-メタファシリテーションという手法にたどり着くまでの約5年、さまざまな取り組みをされたんですね。
今振り返ると、手法にこだわりすぎていたり、現実と理想のギャップに気づいていなかったりとさまざまな試行錯誤があったように感じています。私の課題感としてはさっき言った通り、医療・介護と日々の暮らしが分断しすぎていて、今後そのことによる弊害が起きることでしたが、住民の方々は、今の生活の中でさほど困っていません。当事者である住民の方々が困っていないのに、自律的な活動をさせようと思っても当然できませんし、共感も得られません。
-医療現場でどのようにメタファシリテーションを活用しているのでしょうか?
実際に地域という現場で、住民が気づき行動を変えるような活動としての成果は、まだあまり出てきていません。情報を集め、どこに介入すべきかを検討している段階です。メタファシリテーションを学んだことで、地域づくりの全体像を学ぶことができたため「早く行動変容を起こさなければ」という焦りが消えたように感じます。
ただ、地域づくりに直接は関係ありませんが、専門職を対象としたワークショップなどを行う際、どのような質問をすればいいのか、どのようにしたら当事者意識がでるのかなど、より実践的なワークショップを企画できるようになりました。また、生活習慣病の行動変容を外来で行う際にメタファシリテーションを用いることで、患者さんが自分で自分の生活習慣に気づき行動を変えるお手伝いができている実感があります。住民一人ひとりの行動変容の積み重ねも地域をつくることにつながりますので、こちらの方でも頑張っていきたいと考えています。
◆住民が自身の暮らしを考えられるように
―今後の展望はどのように描いていますか?
引き続き、青森県をフィールドにしながらメタファシリテーションを軸に、医療・介護が日々の暮らしに溶け込むような地域づくりに関わる活動を続けていこうと考えています。また、医療・介護が日々の暮らしに溶け込むような手段として地域づくり以外の方法がないかも模索していきたいと考えています。
(インタビュー・文/北森 悦)※掲載日:2020年8月11日