経済産業省で医療・福祉機器産業の振興に携わる藤原崇志先生。医療行政中枢の厚生労働省ではなく、経済産業省への医師の出向はきわめて珍しいケースです。しかも、もともと出向の話があったわけではなく「あらゆるつてを頼って自分で門を叩きました」と藤原先生は笑います。そこまでして経済産業省に“志願”した背景にはどんな思いがあったのでしょうか。そして、経済産業省の立場から藤原先生が展望する医療産業の未来とは?
◆医療産業の振興をサポートする医系技官
―まず、藤原先生の経済産業省での業務内容について教えてください。
「医療・福祉機器産業室」という部署で、医療機器や福祉機器の開発に関する企業・事業者の相談に対応しています。
医療機器と言ってもさまざまあるのですが、近年では内閣府の「Society5.0」にも示されているように、医療・ヘルスケア領域におけるIoTやビッグデータ活用が期待されています。中でも「プログラム医療機器」と言われるスマートフォンやスマートウォッチで動作し、疾病の診断や治療、予防などの医療行為を支援するプログラムが、今後の成長産業として注目されています。Apple Watchで不整脈を検出するアプリや、医療系ITベンチャーのCureApp(キュア・アップ)が開発したニコチン依存症治療用アプリなどがその一例です。
これらのプログラム医療機器の分野では、スタートアップから大企業までさまざまな技術開発が進められていますが、医療機器に該当するかどうかの見極めが難しいところがあります。そこを審査し規制する官庁は厚生労働省ですが、経済産業省では適正な競争を促し産業を振興する立場から、企業側の相談に乗り、アドバイスを行います。その“相談窓口”が現在の私の役割ですね。
―厚生労働省や地方自治体に医系技官として出向する例はありますが、経済産業省に医師が出向するのは珍しいですね。
そうですね。私の知るかぎり前例がなく、もちろん前任もいないので、着任当初は何をしてよいか分からなくて(笑)。とりあえずさまざまな企業のヒアリングや、厚生労働省をはじめ他省庁との意見交換に同席させてもらうところからスタートしました。
企業から持ち込まれる相談の多くが、例えば臨床研究法に関すること、医療機器の適応外使用に関すること、医療費控除の対象になるかどうかかなど、専門的な内容です。その際に、部署内で唯一の医療従事者という自分の知見を活かすことができるので、少しずつ存在感を出せているかなと感じているところです。
◆知人を頼って経産省の門を開く?
―出向の話は、経済産業省側から声がかかったのですか?それとも公募があったのですか?
いえ、まったく(笑)。たまたま経済産業省にいる高校時代の同級生から紹介してもらったり、これまでお世話になった先生や知り合いを頼ったりと、地道にコネクションをたどっていきました。その結果、倉敷中央病院に籍を置いた行政事務研修という形で、経済産業省側が受入れポストを用意してくれたのです。
―そもそも、前例のない経済産業省になぜ出向しようと思ったのですか?
私自身のこれまでのキャリアにも関連するのですが、耳鼻科医として臨床に携わる傍ら、日本医療機能評価機構のEBM普及推進事業(Minds)で診療ガイドラインの評価に関わったり、所属する倉敷中央病院内の臨床研究支援センターでは臨床研究の支援や倫理審査を行っていました。その中で感じていたのは、優れた学術研究の成果を社会に還元するためには、それを持続的に回していくシステムがなければいけないということ。そこから、マクロの政策立案や制度づくりを担っている行政の仕事に漠然と興味を持つようになりました。
行政の中でも、経済原理の枠組みの中で持続的なシステムを構築しようとしている経済産業省が、学術研究に近い領域をメインにしている厚生労働省よりも自分の興味に近いものを感じました。あとは「経済産業省の医師」というのは単純に珍しいですし、自分のキャリアとしてもおもしろいなと(笑)。
―実際に経済産業省に来てみて、その魅力ややりがいをどう感じていますか?
私自身がずっと研究しているテーマに、「医療の質の均てん化」があります。その意味で、医療という専門的な領域が、スマートウォッチやスマートスピーカーなどの形で、身近な生活の中に溶け込んでいく未来にはもともと興味を持っていたので、そこに行政の立場から携わることができる今の業務にはやりがいを感じています。
また、経済産業省は厚生労働省と異なり医療に関する規制当局というわけではありません。ただ、規制に関する省庁ではない代わりに制約も少ないので、企業とも比較的フラットに付き合うことができますし、アドバイスも自由にできます。
逆にいうと企業側にとっても気軽に相談がしやすい相手なので、会社の規模の大小にかかわらず、初歩的なものから複雑なものまであらゆる相談が持ち込まれます。そういう懐の広さが経済産業省のおもしろいところですね。
◆医師も自由にキャリアの幅を広げよう
―経済産業省の任期は2022年3月で満了します。この経験を、今後のキャリアにどう活かしていきたいと考えていますか?
現在は中央省庁という視座が少し高いところから医療産業の動向を眺めているところですが、その後はそこで得られた視座を活かして、何らかの形で医療産業の振興や、それを通じたよりよい医療の提供に貢献していきたいと思っています。
医療系のベンチャーに参画するのか、それとも地域の中で産業的な視点を持って医師として働くのか――。明確なビジョンがあるわけではありませんが、この経済産業省での業務を経験したことで、今後の自分のキャリアが広がっていくことを見せたいという思いが強いですね。
―読者の中にも、行政で働くことや、ビジネスの領域で働くことに興味を持っている方がいると思います。藤原先生からメッセージをお願いします。
今後も医療政策の中核を担っていくのはもちろん厚生労働省ですが、医療費が膨張し、保険診療のシステムが不安視される中で、医療産業の振興という形で医療の質向上にアプローチする経済産業省の役割はますます重要になっていきます。そこに興味を持つ医師が増えることを期待しています。
また、これからはパラレルキャリアも徐々に当たり前になっていくので、医師も一本のキャリア軸にこだわる必要はないのかなと思っています。私自身もさまざまな研究活動をしていたことで、経済産業省の扉を開くことができました。特にビジネスのフィールドで、医師をやりながら起業する、あるいはスタートアップに参画して起業家をサポートするなど、医師が自由にキャリアの幅を広げていく世の中になっていくとおもしろいですね。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2021年10月5日