都立小児総合医療センターでの研修ののち、現在は都立多摩総合医療センター総合診療科で研修を受けている王謙之(おう けんの)先生。幅広く学ぶ理由は、医療を通じて、自身もその一人である在住外国人のサポートに関わりたいという信念にあります。王先生に、在住外国人への医療が抱える課題とその解決策、そして目指す未来についてお話いただきました。
◆小児科医として在住外国人医療の担い手になりたい
―現在の取り組みについて教えてください。
私は都立小児総合医療センターで小児科研修を受け、現在は都立多摩総合医療センター総合診療科で研修を受けています。自分のベースはあくまで小児科ですが、将来的に在住外国人のサポートに関わりたいと考え、内科を学び直しているところです。
もちろん在住外国人のニーズを満たすためには、さらに幅広い知識が必要ですから、整形内科や心療内科などの勉強もしたいと思っています。私のように研修する診療科が変わるのは、あまりスタンダードではありませんよね。ですが初期研修を受けた亀田総合病院は、みなさん多様な価値観を持ち、挑戦を許容してくれる環境でした。それが枠に囚われない発想を与えてくれたのだと思います。
とはいえ、在住外国人の方の支援方法については、現在模索中です。例えば、在住外国人に特化したクリニックというのも1つの形ですが、その場合の大きな課題の1つは、経営面だと思っています。つまり、在住外国人の方を診療する際、診療報酬は日本人の診療と同じですが、言葉や文化が異なる分、診療に時間と手間がかかるので、経営が難しくなるということです。これに対して、ICTなどを活用することで上手く対応できないかなどと考えています。
また別の形として、既存のNPOやNGOによる支援活動に携わる方法や、研究機関や大学で、社会学、疫学的な研究という立場で携わり問題を浮き上がらせ、解決策を提案する方法。またはビジネスで解決する形もあり得るかもしれません。
―医療分野以外の学びも必要になるのではないでしょうか?
その通りだと思います。これまでの臨床以外での経験も、非常に良い学びになっていますね。例えば、今も継続していますが、複数の臨床研究に関わらせていただいています。他にも初期研修医時代には、心肺蘇生に関するパンフレットを作り、院内で運用する機会がありました。一方で、医療関係者以外にも、IT関係や在住外国人支援で活躍されている方など、さまざまな方にお会いして、助言もいただいています。幅広くアイデアやアドバイスをいただき、集合知で新しい形を生み出していきたいのです。今後は機械学習の勉強をしたり、アプリ作りにも挑戦したりしていきたいと考えています。
―在住外国人の診療効率化に役立つアプリ開発を考えているのでしょうか?
それが実現できたらいいなとは思っていますね。他にも小児科、子育て分野でも、何かできることがあるのではと考えています。冒頭にもお話しましたが、私のベースは小児科。一方で、在住外国人医療をサポートしている小児科医は、まだあまりいらっしゃいません。ですから「小児科×在住外国人医療」で、何かできないかと考えています。
在住外国人の方が日本で子育てするのは非常に大変です。例えば保育園や幼稚園の入園の手続きに戸惑うこともあるでしょうし、日本のワクチン接種の種類や日程を把握するのも大変だと思います。そもそも日本人でも難しく感じませんか? 子どもの健康や生活に関わる困りごとに対して、医療や教育といった枠組みを超えて包括的にアプローチし、当事者ご家族や保育園、学校も、もう少しハッピーになれる方法を考えたいと思っています。
◆子どもとその親との関わりで感じたやりがい
―なぜ、小児科医を目指したのですか?
「何か専門技術を持った仕事に就いた方がいい」という親の薦めで医学部に入ったのがきっかけだったので、その選択に自分の強い意志はなかったというのが正直なところです。
ただ、大学に入学してからは医学の勉強が非常に面白く、結果的には合っていたのだと思います。小・中・高校で学ぶ内容は日常にあまり関係ありませんが、医療は将来の仕事に、身近な人の健康にもつながりますから。実感を伴った学びだったということが、大きかったのだと思います。
―学生時代、診療科についてはどのように考えていましたか?
特定の分野に偏らず全てに興味があるタイプでしたので、最初は総合内科、総合診療科に興味がありました。それで2016年に大学卒業後、総合診療科志望で初期研修をスタートしたのですが、途中で小児科に惹かれて……。
小児科に患者として来るお子さんを診察しながら遊んだり、親御さんと話して安心していただくことがとても好きでした。重症の治療をしたり手術をしたりというよりは、例えば救急外来に来られた、発熱したお子さんが心配でたまらないお母さんに「今の状態はこうだから、大丈夫そうですよ」などと経緯を説明してホッとしていただけることに、やりがいを感じていたのです。それで小児科医としての道を進むことを決めました。
―学生時代から、NPO活動にも積極的に関わられていたとお聞きしました。
在住外国人の方をサポートするNPO団体の活動に参加したり、クリニックで診療を見学させていただいていました。そうやって関わっていく中で、今まで見えなかったものが見えてきたのです。
ひとくちに在住外国人といっても、外交官から厳しい労働環境の下で働く方々まで、さまざまな方がいらっしゃいます。NPO団体の活動やクリニックの見学を通して、特に社会の表舞台とは異なる場所にいる方に会い、お話を聞くことでサポートを必要とされている方が大勢いることを知りました。また、日本に住んでいる外国人が困っているということがあまり世間では知られていない、ということも分かりました。実際、私自身も在住外国人の一人ですが、それまではあまり意識してなかったことでした。
このような経験をしたため、在住外国人の医療に携わりたいと思うようになったのです。
◆「人」対「人」として互いをみられる関係へ
―王先生の最終的なゴールはどのように思い描いていますか?
今はコロナ禍や戦争の影響もあり、在住外国人の多様性を許容する社会ではなくなってきている気がしています。具体的な方法はまだ考えていませんが、そこに何らかの形でアプローチし、多様な生き方をお互いに認め合える社会を目指せたらと思っています。
現代は、情報が経験に先行する時代です。テレビやネットやSNSの情報から「どこの国の人はうるさい」「〇〇人だから嫌い」といった先入観を持ってしまうこともあるかもしれません。でも間接的な情報で判断せず、そして「〇〇人」と一括りにせず、「人」対「人」としてお互いをみられるようになったらいいなと思います。当たり前ですが、同じ国の人でも、一人ひとりキャラクターは違いますから。私も個人レベルで物事を考えて、それぞれに合わせてサポートをしていければと思っています。
―一人ひとりに合わせたサポートをしていくとなると、マンパワーもかなり必要になってきそうですね。
そこが悩ましいところで、マンパワーによって、リーチできる範囲が狭まってしまう危険性もあります。ですから、みんなが共通して必要なところはパッケージを作って、その上で個別化といいますか、人と人との関わりを上乗せしたソリューション解決策を導き出し、さまざまな方と協力して実現できたらと思っています。その先に、日本に住んでいる方々全てが、医療へのアクセスギャップを感じなくなったり、心の距離が縮まったりする未来があるといいなと考えています。
―最後に、人と違った一歩を踏み出したいけれど、なかなか踏み出せないでいる読者に向けて、メッセージをお願いします。
人と違うことにチャレンジしてみることは、とてもオススメです。思ってもみない景色が見えてきますし「全てがつながっている」と感じることもありますよ。
私は今、小児科をある程度学び、内科も勉強し始めましたが「違い」よりは「共通点」が多く、2つの分野のつながりが見えることでスキルが増え、幅が広がるような相乗効果を感じています。1つの物事を深めていくのも非常に重要ですが、その一方で幅を広げて、その広げ方自体も人と違う方法に挑戦してみてください。既存の枠組みに囚われないでチャレンジすることは、非常に楽しいことです。迷ったら、とにかく始めてみてください。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2022年10月11日