総合内科と小児科、2つの専門医資格を持ちながら、指導医に向けて医学教育学プログラム(FCME)の提供を行う木村武司先生。「多忙な医療の現場で、指導医と研修医に行き違いや軋轢が生まれやすいのは、ある意味必然かもしれない。だが、医学教育を通じて、研修期間を双方にとって幸せで、お互いに成長できる環境にしたい」と語る木村先生に、現在の取り組みや、医学教育者という職務に就いた経緯などを伺いました。
◆想像力を持って研修医と向き合える指導医に
―現在の取り組みを教えてください。
名古屋大学医学部附属病院 卒後臨床研修・キャリア形成支援センター 病院助教として「現場で働く指導医のための医学教育学プログラム(FCME)」の副責任者を務めています。FCMEは、臨床の教育現場で起きている現象を分かりやすい言葉にして、講師から指導医へと伝えるサポーターの役割を担っています。学習者への関わり方やアプローチ方法など、さまざまな悩みを抱える指導医の先生たちに、異なる視点からアドバイスを行ない、気づきにつなげられる仕事にやりがいを感じています。
また、医学は理系的な分野ですが、教育には文系的な面白さもあります。なぜなら教育は「この病気にはこの薬が効く」と割り切れるものではなく、学習者と指導者のマッチングや、学習者側のコンディションなども習得に影響するものです。そういう部分も加味したうえで「どう教えたいのか」「どう関わると上手くいくのか」などを考えるためには、哲学や心理学、文化人類学、社会学の知見も必要ですよね。そこが非常に魅力なんです。
ただその一方で「臨床医として成長したい」という想いもあり、週1~2回は洛和会音羽病院で救急外来で、月1回は安房(あわ)地域医療センターでも臨床医を続けています。
―FCMEの強みはどういったところにあるのでしょうか?
診療科を横断して、それぞれの得意や特徴をお互いに提供し合えるところです。一般的に臨床での教育はブラックボックスといいますか、どのような実践がされているのかの情報が開かれていないことがほとんどです。でもそれぞれの指導医が「この教え方でいいのか?」と、悩みや苦労を抱いている。それを持ち寄ることで、知識の共有やつながりができ、ともに解決しようと議論ができる場になりえます。
そして、そこから現場に帰った指導医が、想像力を持って研修医と向き合えるようになれば、両者の間に起こりがちな軋轢が少しでも減るのではないでしょうか。医学教育を通じて、指導医と研修医両方にとって幸せで、それぞれに成長できる教育環境を提供していきたいと考えています。
◆医師でありながら文系への関心を開放できる
―なぜ、総合内科と小児科両方の専門医になられたんですか?
私はもともと小児科医を目指していて、2007年に福島県立医科大学を卒業後、東京医科大学霞ケ浦病院で初期研修を受けました。霞ケ浦病院は大学病院ながらも地域病院のような温かさがあり、手厚く面倒を見ていただきました。ですが、その最中に小児科が熱心な土浦協同病院で1カ月間研修を受ける機会があり「もっと厳しい環境で、量的な負荷を自分に課したほうがいいのでは」という疑問が生じてきたのです。また、小児科独特のローカルルールのようなものに課題も感じ「内科の勉強を続けながら、小児科医にもなりたい」という想いも生まれてきました。
ちょうどその頃、亀田総合病院が「内科・小児科複合プログラム」を実施していると知り、後期研修医として受け入れていただきました。このプログラムは、小児科と総合内科を中心に数カ月ごとにローテーションして研修を受け、当直や病棟、外来での診療も両方を並行して行うものでした。かなり大変でしたが、継続的に両方を見ることで「内科で行っている治療を小児科でも応用できないか」など、新しい視点を得ることができました。
その後、プログラムのディレクターを務めていた先生が安房地域医療センターに異動され「関連病院で内科と小児科、両方の診療を継続しながら一人前を目指したい」という想いから、私も同センターに入職しました。
―安房地域医療センターではどのような経験をされたのでしょうか?
安房地域医療センターは、亀田ファミリークリニック館山、亀田総合病院から定期的に研修医を受け入れたり、行き来することが多い病院で、指導内容の指示や段取りが自然に仕事になりました。だんだん自分が学ぶ立場から、一緒に教育を考えてコーディネートする立場に変わっていき、医学教育に関心が出てきたのです。
ですが教育について体系的に学んだことがなかったので「この教え方でいいのか、コーディネートでいいのか」という迷いが常にありました。これを払拭するために京都大学で「現場で働く指導医のための医学教育学プログラム(FCME)」を1年間受講することに。そしてこれが、私のキャリアのターニングポイントになったのです。
―臨床医から医学教育の分野へと舵を切られたということですか?
それまで研究には接点がほとんどありませんでした。しかし、FCMEのディレクターをされていて、現在は名古屋大学に在籍する錦織 宏先生が「医学教育に興味があるなら、それを研究したらいい」と背中を押してくださったのです。
私には目から鱗の発想で、そこから一念発起して錦織先生がいらっしゃった京都大学 医学教育・国際化推進センターの大学院に入学。当時、京都大学では医学教育研究について学びながら、それまで関わりが少なかった医学部生の教育の仕事や授業のアシスタントを経験しました。そこからお声がけいただき、京大病院の卒後臨床研修のポストに採用され、以後は卒後の教育に関わり続けているという経緯です。
実は、このキャリアチェンジには大きな理由がありました。というのも、私は医師ですが理系の人間ではなく、家族にも理系の人間はいません。興味や関心も文系的なものが多かったのですが、そこは封印して、臨床医という理系の世界に時間をかけて適応していこうと考えていました。ですが、医学教育学のプログラムに出会って、医師の知識と経験を活かしながら、文系への関心を開放して取り組めることに、非常にワクワクしたのです。とは言え、臨床医としてのスキルも持ち続けていきたいので、可能な限り今後も、臨床と教育の二足の草鞋を履き続けていきたいと考えています。
◆指導医と研修医、両方に有益な教育環境を
―最後に、キャリア形成に悩む若手医師に向けて、メッセージをお願いします。
毎日一生懸命働いていると「自分が見えている景色が広いようで意外にそうでもない」と振り返る時期が必ず訪れます。目の前の業務や、病院内でのキャリアプランも大切ですが、あまりにそれに執着すると、視野が狭くなってしまいます。それを一度手放し、思い切って離れてみて、全く違う学びをしたり、別のジャンルのことをやってみたり、長い休みをとってみるのも時にはいいのではないでしょうか。
無責任になれというわけではありませんが、限られた人生ですから、臨床でがんばる「理想のお医者さん像」に縛られすぎるのはもったいないのではないかと思います。もっと多くの視点を知り、多くの視点を持っている人と出会うことで、キャリアが大きく変わったり、驚くほど自分にヒットするキャリアが生まれることもあります。ぜひ「時には思い切って手放す」という意識を、心の隅にでも留めておいてください。それがあなたを助ける日が来るかもしれませんから。
(インタビュー・文/coFFeedoctors編集部)※掲載日:2022年11月8日