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公衆衛生だけでなく公共政策も。複合的な活動で社会を良くする

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健康の社会的決定要因(SDH)を軸に人々の健康に関わりたいと考えている佐々木暁洋先生。専門医を取得後、進学した先は公共政策を学ぶ大学院でした。「悩んだ末」の選択だったそうですが、どのような想いから、公衆衛生ではなく公共政策を学ぶことを選んだのでしょうか? そして現在は、公衆衛生を学ぶためにバーミンガム大学公衆衛生大学院へ進学中。このようなキャリア選択の背景を伺いました。

◆公衆衛生ではなく公共政策を学ぶ

―現在、イギリスに留学中の佐々木先生。どのようなことに取り組まれているのですか?

2023年夏からイギリスのバーミンガム大学公衆衛生大学院で学んでいます。初期研修中に健康の社会的決定要因(SDH)という言葉を知ってから、公衆衛生大学院への留学には漠然とした憧れがありました。

ただ、なかなか思い切りがつかなったりタイミングが合わなかったりして、留学の機会をつかめずにいました。救急専門医・集中治療専門医を取得してキャリア的に一区切りした2022年4月、悩んだ末に公共政策を学ぶために政策研究大学院大学 公共政策プログラム医療政策コースに進学。学び始めてから「臨床から離れている今年のうちでなければ留学の準備はできない」と考えるようになり、思い切って2023年にイギリスの公衆衛生大学院へ行こうと決めました。

―なぜ公衆衛生を学びたいと思ったのですか?

公衆衛生への興味・関心は何段階か経て増してきました。

最初は、学生時代の地域医療実習で訪問診療のクリニックに行ったこと。訪問診療の移動中、車内で先生がパワーポイントを使ってさまざまな講義をしてくださったんです。在宅医療や家庭医療の臨床的な内容だけでなく、今後の人口動態や医療制度の話、医療財政の見込み、今の医療が抱えている課題などーー。このような内容は考えたことがなかったので非常に印象的で、その後も心に引っかかっていました。

初期研修や救急科での後期研修中には、眼の前の患者さんの「日常」を考慮しないままに診療しているだけでいいのだろうか、と思うようになっていきました。そんな時に健康の社会的決定要因(SDH)という言葉と出会い、これを起点に社会にアプローチする方法を模索するように。

研究領域では貧困が健康状態の悪化につながることや、孤独と自殺率の相関性があることのデータが出ていたり、現場では貧困や孤独の状態にある患者さんを適切な行政サービスにつなげたりされています。ですが、もっと根本的にさらに上流にアプローチするには、生活保護行政や経済政策のあり方といった社会の構造的な部分まで議論しなければ解決しないのではないか、と感じたのです。それで悩んだ末に、公衆衛生ではなくあえて公共政策大学院に進学しました。

◆医師の肩書は簡単に捨てられないし、捨てる必要もない

―より上流へのアプローチをするため、公衆衛生ではなく公共政策を学ぶことにしたのですね。

政策研究大学院大学への進学を検討していた2021年夏頃は、コロナ第5波の真っ只中で、医師もさまざまな意見をSNSで発信していました。それらを見ている中で、徐々に「意見を発信するだけでなく、もう一歩踏み込んで、相手の行動変容も促せるような形で伝えられるようになりたい」と思ったんです。

そう考えると、医学の分野に留まっていては不十分で、経済学者や行政官と同じ言語を使って話せるようにならなければいけないと考えました。それで公衆衛生ではなく、公共政策を学ぼうと決めたんです。

―公共政策を学んでみて、一番印象に残っていることはどのようなことですか?

医師が地域に出ていく時によく「医師の肩書を脱ぐことが大事」と言われるかと思います。ですが公共政策を学んでみて、医師の肩書は簡単には捨てられないし捨てる必要もないと思いました。

公共政策大学院に入る時、私は医師としてではなく一学生として勉強したいと思って入学しました。しかし同級生たちは、医療政策や健康に関する私の意見を「医師の発言」と認識するんです。医師の属性は簡単には捨てられないと自覚させられました。

もう1つ印象的だったのは、医療業界では語り尽くされて当たり前だと思っていることが、他の業界の人たちには全然当たり前ではないということ。例えば過労死ラインを超える働き方をなぜ続けるのか、医局制度の良い点・悪い点など、医療界ではすでに語りつくされているようなことでも、あえて出ていって話すことにも、意味があるのだと気付かされたのです。

それで、医師の肩書は簡単には捨てられないし捨てる必要もないと思ったのです。同時に、やはり「医師が発言している」と思われることの責任の重さも感じました。そして、どこまで突き詰めるかは未知数ですが、医療制度や公衆衛生の最低限の知識を持っていないと、公共政策分野で活動していくにも不十分だと思うようにーー。それで、1年前にはあえて選ばなかった公衆衛生も学ぼうと決めて今に至ります。

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佐々木 暁洋 先生の人生曲線

医師プロフィール

佐々木 暁洋 救急医

2015年に東京医科歯科大学医学部を卒業。八戸市立市民病院で初期研修、同院救命救急センターで後期研修。2019年4月から亀田総合病院救命救急科で後期研修修了。亀田総合病院救命救急科、安房地域医療センター救急センター長を経て、2022年4月より政策研究大学院大学公共政策プログラム医療政策コース。2023年よりイギリスのバーミンガム大学公衆衛生大学院へ進学。

佐々木 暁洋
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